2話
「訊きたいことがあるんだろ。言ってみろよ」
不貞腐れたように顔をそむけて、ぶっきら棒に話してはいるが、言葉の響きに棘が無くなった気がする。
「話してくれるのは嬉しいけど、いいのかい? 君の立場が危うくなるのじゃ」
「はっ、どうせ私はもう用無しさ。あんたらに処刑されるのが早いか、あいつらが処分に来るのが早いかの差だよ。それに、ゼリオロスに義理立てするいわれも無いからな。もうどうでもいいさ。何でも答えてやるよ」
嘘をついている――わけではないようだ。完全に諦めて開き直ったのかもしれない。
「じゃあ、遠慮なくまず一つ目の質問。ゼフルーのこと教えてくれるかい。どんな生活をしてきたのか、何が好きなのか。何でもいいから聞かせてほしいな」
意表を突かれたらしく口をぽかんと開けて、こちらを凝視している。
「はあ? 何言ってんだあんた。私の事知ってどうすんだよ。敵の勢力とか、計画とか聞くべきだろう!」
「あれ、何でも答えてくれるのじゃなかったのかい?」
「……そんなのを訊いて、どうすんだよ。楽しくもないぞ」
何でだろうな。彼女を見ていると姪っ子を思い出してしまう。俺には年の離れた兄がいる。その兄には子供が二人いるのだが、両方女の子で長女の方が赤ん坊の次女に嫉妬する時がある。
生まれたばかりの赤ん坊にみんなが注目するので寂しいらしく、でも自分は長女なので平気なふりをして構ってほしい気持ちを我慢している。それを見かねて俺が色々、長女に今日あった事や長女自身の事をたずねると本当に嬉しそうに話してくれるのだ。
そんな姪っ子とゼフルーの姿が重なる。俺の思い違いかもしれないが、彼女は長女と同じように実は話を訊いてほしがっているのではないか。
「本当に面白くもない話だぞ……いいのか」
「もちろん」
ゼフルーは、ゆっくりと息を吐いた。そして、淡々と自分のことを話し始めた。
彼女は魔族としては落ちこぼれらしい。物心ついた頃には既に親は無く、魔族とはいえ子供一人が生きぬくのは厳しい。それで、仕方なく知り合いの元を渡り歩く生活をしていた。実力主義の魔族の世界では何処に行っても肩身が狭く、いつも虐げられていたそうだ。
行き場を失った彼女をゼリオロスが拾ったそうだが、それも優しさや憐みの心ではなく、本人曰く、
「暇つぶしの為に拾ってやったのだ。せいぜい、俺の玩具として励んでくれよ」
とのことだった。実際、ろくでもない生活環境だったが、他に行く場がない彼女は必死に耐え忍んでいた。
この国に潜むように命令されたのも、ゼフルーに飽きたゼリオロスが、体のいい厄介払いがしたかっただけ。力のない魔族が傍にいることすら許せなくなったらしい。
でもそれはゼフルーにとって渡りに船だった。特別任務として与えられた百人将という意味のない肩書。この場所から離れられるという喜び。そして、手柄を上げて見返してやるという野望。その思いを胸に魔法学園へやってきた。
「その結果がこれだ。やはり私は落ちこぼれだな……」
感情を込めずに話す姿が哀愁を誘う。
「この国で重要な情報も掴めず、主要人物を誰一人倒すこともなく捕まっただけ。そして、魔族を裏切ろうとしている。本物の役立たずだ」
俺は鉄格子の隙間から手を入れ、無言でゼフルーの頭を撫でた。
「な、何すんだ。お、お前、何で涙ぐんでんだよ……」
三十歳に近づくと涙もろくなるのだよ。大人になったら、キミもわかる。昔なら鼻で笑っていたような、くだらないお涙ちょうだいのドラマを観てもやばくなる。嘘だと分かっているのに、泣きそうになる。涙腺緩くなりすぎだろ。
ゼフルーは文句を言いながらも手を払おうとはせずに、俯いたまま撫でられ続けていた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。ゼフルーが再び話し始めた。
「あんたたちが知りたい情報は、魔族側の規模だろ? この国を狙っている魔族軍の面子は私を除いて二名だよ」
「えっ、二人! 魔族はたった二人しかいないのかい?」
「ああ、少ないと思うだろ。そもそも、本国の魔族軍は別として、魔族は群れるのを嫌がる。少数の精鋭による圧倒的な力の差で滅ぼすのが基本の戦略だからな」
メイラたちが魔族に会ったことがないと言っていたのも、ようやく理解できた。それだけの数しかいないのであれば、魔族に遭遇したことがないのも納得だ。それに、もし魔族と会った者がいたとしても生き残れた者がいるかどうか。
「だが、そいつらが問題だ。一人は本国の魔族軍で十名しかいない将軍の一人だった、ゼリオロス」
将軍クラスか。どれほどの実力の持ち主なのだろう。
「もう一人が、ある意味ゼリオロスより厄介な存在だ。魔物召喚を得意とする、ゼリオロスの妻マースリン。最悪の夫婦だよ」
夫婦仲むつまじい事で。夫婦共通の目標が最悪だが。
「二人の強力な魔族が敵か」
「それと、無数の魔物がいるぞ。私が知る限りでもマースリンが同時に使役できる数は、小型魔獣が五十体以上。中型が十体ぐらい。大型が五体はいた。これほどまでの数を操れる魔族は他に例を見ない。魔物使いのスペシャリストと読んでも過言ないぐらいだ」
魔物か。以前倒したオオカミのような魔物が大型だろうから、増えてなければ大型はあと四体。中型は町内パトロール中に何度か襲ってきた顔のない白い人型のことか。小型はまだ遭遇していないはずだ。中型はメイラたち四人レベルの実力があれば、一対一で勝てるレベルだった。大型も何人かでかかれば問題はないだろう。そこから考えると、小型はただの兵士でも複数でかかれば、やれる相手だと思われる。
ポリッシャーが使える清掃員精鋭部隊はメイラの他にも、あと九名いるらしい。他にもルイスたち三人組と近い実力の清掃員部隊がいるはず。それにいざとなれば学生とはいえ、ここは魔法学園。魔法使いの卵や魔法使いである教員もいる。敵が全軍で襲いかかってきたとしても魔物だけなら、俺が手を貸さなくても何とかなりそうだ――学生が戦うのは本当に最後の手段であって、戦わずに済めばそれが一番なのだが。
そうなると、やはり俺で魔族をどうにかしなくてはならない。将軍クラスか……想像がつかないな。具体的な目安があれば対策も練れるが、ゼフルーは詳しく知っているのだろうか。
「ゼリオロス――は戦っている姿を殆ど見たことがない。性格は最悪の一言。自信過剰で自分と嫁以外を見下しているようなヤツだよ。魔族から見ても最低な野郎だ。一度、本国から視察に来た魔族をわざと怒らせた事があったが、その時は一瞬で相手を消滅させていた」
彼女には似合わない低い声の迫力に身震いしそうになる。ゼリオロスの名を口にしたときに浮かんだ、あの表情。目はつり上がり、強く噛みしめた口元がぎしぎしと音を立てていた。怒りなんて言葉では生温い程の憎悪を感じる。
彼女は言葉で言い表せないほど、酷い待遇を受けてきたのか。身の上話の内容が全てではないのだろう……。
最悪な性格に魔族を一撃で葬れる力か。未だに自分の実力がどれ程あるのか掴めていないが、これは普通に戦えば苦戦は否めない。戦うとなると策が必要か。
「マースリンは引きこもりだな。私は会うどころか、声を聴いたことすらない。ゼリオロスでさえ、滅多に顔を見せてくれないそうだ。そもそも、戦いで前に出ることは無く、魔物に戦わせているだけなので当人の戦闘力は不明。この国にいる魔物は全てマースリンが呼び出した。あれ程の魔物を使役しているのだから、魔力は相当のものだとは思うのだけど」
「会ったことないのか。って、夫婦なのにゼリオロスでも滅多に顔合わせないって、それは夫婦なのか?」
「ゼリオロスが一方的に惚れているだけだからな。結婚の条件がマースリンが会いたくないときは会わないで放っておく。ってことらしいぞ」
ほんの少しだけ、その部分だけは、ゼリオロスに同情したくなるな。先に惚れた者が負けとはよく言ったもんだ。
夫婦生活はさておき、マースリンを倒したら魔物は全て消滅するのだろうか? 魔力で使役しているのだから、普通に考えるなら魔物は消えるはずだが……確証がないので判断できないな。最悪の場合、制御がとれなくなった魔物が暴れ出す恐れがある。
マースリンを先に倒した方が楽そうだが、姿を現すのは最後の最後だろう。となれば、ゼリオロスを先にやるしかないのか。
ヤツをおびき出し、策にはめて実力を出し切れない状態に持ち込み倒すしかないな。勇者の発想としてはどうかと思うが、現実は厳しい――後で学園長と相談して対策を考えよう。
「この話を聞いても、お前は戦う気なのか? 人として確かにお前は強い。だが、ゼリオロスに勝てるとは思えない」
敵だった相手を心配してくれるのか。最初の印象は最悪だったが、この子も本当は悪い子じゃないようだ。魔族の価値観としては悪い子なのかもしれないが。
「戦うよ。洗浄勇者だからね」
自信満々に笑ってみせた。




