1話
壁に沿って造られた、らせん状の階段を下へと進む。
この世界へと召喚された塔に隠し通路があったのも驚きだが、この階段どこまで続いているのか。下り始めて五分は過ぎている。光る棒を持ち先頭に立って下り続けているが、まだ底は見えない。
「暗いねー寒いねー。シャムは大丈夫?」
「うん、ミュルちゃん。大丈夫だよ」
「子供は風の子ですからね。学生は元気が一番!」
一人で来たかったのだが、おまけが三人ついてきた。学園長と交渉中に二人が入ってきて、私たちも行きたいと学園長に迫ったのだ。危険だから断るだろうと黙って眺めていたら、あっさり同行を認めてこの状態になった。
「学園長、まだ着かないのかい」
二人きりのとき以外は、乱暴な口調が出ないように心掛けなければ。さすがに勇者だと知っている二人の前だとはいえ、言動には細心の注意を払おう。仮にも学園最高権力者である学園長には、それなりの敬意をもって接しているように見せておかないとな。
「もう、そろそろ着きますよ。皆さんハンカチとお弁当は忘れていませんかー」
遠足じゃねえよ。思わず、ツッコミを入れそうになる。
こっちを見て、ニヤリと笑う横顔――こいつ誘ってやがったな。
「ハンカチあるけど、お弁当もってきてないよ!」
ミュル、真に受けなくていいから。
「大丈夫、準備してきた」
……あるんだ。だけど、こんなところで弁当食べても美味しくないと思うよシャムレイ。
「はーい、到着でーす」
やっと、この施設の底に着いたようだ。大暴れした上の部屋と同じ大きさの地下室。地上から真っ直ぐ、筒状の建物をここまで伸ばしたようだ。周囲の壁には八つの鉄扉がある。その中の一つの扉に歩み寄ると、学園長は鍵を取出し鍵穴に差し込む。
「よっこらせっと。この扉重くて……困ったものです、よっと」
扉がゆっくりと開いていく。鉄扉の軋む音が腹に響いてくる。
「ふー、さて、この先になります。大丈夫だとは思いますが、油断はしないでください」
扉から一人通れるかどうかの細い通路があり、数歩進むと少し大きな空間に出た。八畳ぐらいはありそうな石壁に囲まれた部屋。大きな鉄格子を挟んで、向こう側にゼフルーがいた。
椅子、机、ベッドが揃っている。部屋の隅に壁で隔てられた個室らしきものがあるが、あれはおそらくトイレだろう。シンプルながらも囚人としては悪くない部屋だ。
こちらに背を向けベッドに寝転がっていたゼフルーが、体を半回転させ向き直る。
「誰が来たかと思えば、じじいと、オッサン勇者と、ガキ二人か」
この状態でも口の悪さは継続中か。自分の立場がわかっていながら、強がってみせている。いい根性している――微かに体が震えてなければ完璧だったのだけど。魔族とはいえ少女なのだから怯えて当たり前だよな。
「勇者殿が貴方に訊きたいことがあるそうですよ」
「はっ、人間ごときに素直に答えると思っているのか?」
虚勢を張ってはいるが魔力が使えない今、力は年相応の女の子と何ら変わりない。
この地下には強力な結界が何重にも張られていて、誰もが魔力を一切使えなくなるそうだ。実際、俺も試しに収納している何かを解放して取り出そうとしてみたのだが、何も起こらなかった。
「やれやれ、無理に聞き出す方法なんて、幾らでもあるのだよ?」
昨日鏡の前で練習してきた残忍そうに見える表情を作る。
「勇者が、何をしようって言うんだ? 正義の味方様が拷問できるの? こわーい」
「できるよ」
即答した俺の言葉に、おどけた態度を取っていたゼフルーが凍りついた。
「できるよ」
もう一度、はっきりと言葉にした。
ミュルとシャムレイが何か言おうと一歩踏み出そうとした気配を感じ、右手を横に伸ばし制した。口にはしないが何が言いたいか理解してくれたようで、黙って踏みとどまってくれたようだ。
「でも、俺もそんなことはしたくないからね。素直に話してくれるなら何もしないさ」
一転、優しく見える微笑を浮かべる。これも昨日の晩、何度も鏡の前で練習してきた。口の端が痙攣するほどやり込んだので、それっぽくは見えるだろう。
安易すぎるアメとムチ作戦だが、ゼフルーには効き目があったようだ。せわしなく視線を泳がせている。魔族としての誇りと身の安全を量りにかけているのだろうか。天秤は身の安全に傾いているようだが。ここで、もうひと押ししておくか。
「直ぐに決断できないよね。よかったらこれでも食べて、ゆっくり考えてくれたらいいよ。学園前の人気店らしくて、女性ばかりで購入するのに勇気がいってね」
照れたように頬を掻く。実際かなり恥ずかしかった。鉄格子の隙間を通し、白い紙の箱に入ったケーキを差し入れた。牢内部の床にそっと置き警戒されないように少し離れる。
「じゃあ、扉の向こうにしばらくいるから、気が変わったら声かけて」
返事を待たずに皆を連れて部屋から出た。後ろ手でそっと扉を閉める。
そして、素早く扉に隠されていた監視用の隠し窓を全員で覗き込んだ。予め学園長に隠し窓の存在は聞いていたので、初めから相手の心を揺さぶるような尋問をして様子を見るという計画だった。全ては予定通り。
「あ、興味ないふりしながら、視線がケーキの箱から離れてない。すっごく、迷っているみたい。無理しないで食べちゃえばいいのにっ」
ミュルもうちょっと小声で話そうね。相手に聞こえたら、おしまいだから。
「勇者様、ケーキ何買ったのだろう」
シャムレイがぼそっと呟く。
「ミルクレープとチーズケーキだよ。一つは、あの店の一番人気らしくて、フルーゼに化けていた時も良く食べていたという情報があったからね」
ちなみに情報源はメッツ。
一つだけしか買わないのは気まずかったのでチーズケーキも買ったのだが、それは完全に自分の好み。ゼフルーが食べなかったら持って帰って食べる予定にしている。
「おー、周りを確認していますね。辺りを見回して、ケーキの箱を手に取りましたよ! 今、白い箱を……開けたー」
学園長が楽しそうに実況している。
「しかめっ面が、笑顔になりました。ああいう、表情は魔族も人間も変わりないのですが……残念ですね」
心からの言葉だろう。魔族との争いを聞いて真っ先に思ったのが、交渉はできないのかということだ。言葉も通じる相手なのだから、話し合って解決することが可能なのでは? そう思いはしたが口にはしなかった。
何年、いや、何十年も魔族と争いを続けているのだ。交渉を試みたこともあるだろう。話し合いもしてきたはずだ。それでも、どうにもならなかった。だからこそ俺が召喚された。勇者召喚は最後の手段を取るしか無かったという証拠のようなものだ。
「あっ、手づかみでミルクレープ取り出した! 大きな口を開けて……うわぁ、美味しそう。いいなー」
ミュルの唾を飲み込む音が聞こえた。
「私も食べたい」
「二人とも後でケーキ食べに行こうか」
羨ましそうにしている二人を見ていると、自然と口に出てしまっていた。
勢いよく振り向いた二人が口を揃えて、元気に「うんっ」と応えた。そして同時に口を押え、そっと監視穴を覗く。どうやら、ゼフルーは食べるのに夢中で今の声は聞こえていなかったようだ。
「おっ、食べ終わってからのチーズケーキもいくようですよ。女性の甘いものは別腹とはよく言ったものです」
あっさりと二つ完食して満足したらしく、ベッドに寝転んだ。
かなり、気分が和らいだように見える。計画通りにいってはいるが、このまま満足して寝ないだろうな。
天井を見上げ、何かを呟いているが距離があるので聞き取ることができない。寝返りをうち、こちらに背を向けた。あ、また仰向けになった。今度はこっちを向いた。
ゼフルーはベッドの上で落ち着きなく体勢を何度も変えている。かなり迷走しているな。しばらく観察を続けていたのだが、まだ答えが出ないようなので、みんなを促し扉の前からそっと立ち去ろうとした。
「勇者! いるんだろ! あんただけに話がある」
ご指名ですか。どういう結論に達したにしろ、踏ん切りはついたようだな。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。みんなはここで待っていて」
「頑張って!」
「ファイト」
「おたっしゃでー」
みんな大げさだな。手を振らなくてもいいって。学園長はハンカチまで振っている。縁起でもない、今生の別れじゃないのだから。




