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ポリッシャー!  作者: 昼熊
2章

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3話

 この学園は、きちんと掃除しているな。床の隅や窓枠にも埃が残っていない。口煩い姑のような感想だが、これは職業病のようなものだから勘弁してほしい。

 床や窓を見ると汚れていないかチェックをするのも、床面積から割り出した清掃の金額を計算してしまうのも癖になってしまっている。もっとも今は清掃の仕事中なので、場違いな考えではないだろう。


「ソウさん、そこ終ったら次は階段清掃に回ってください」


 同僚の言葉に振り返ると、女性にしては高身長なメイラが見下ろしていた。長い髪を作業の邪魔にならないように後ろで束ねている。最近ポニーテールの人を見かけなくなったので、ポニーテール好きとしては嬉しい。


 服装は同じように下は作業服のズボンなのだが、上の作業服は脱ぎ、袖をベルトのようにして腰に巻いている。白のシャツ一枚で働いているが寒くないのだろうか。この世界の季節は春らしいのだが、薄着一枚では少し肌寒いだろうに。

 その格好のせいで上半身の体つきが良く分かるのだが、かなり凶悪な女性の武器を所有していらっしゃる。


 メイラを見ていると目のやり場に困るな。仕事に集中しよう。しゃがんで廊下隅の汚れを手持ちの清掃道具で擦り落とし、納得できるぐらい綺麗になったので雑巾で拭きとり立ち上がった。

 メイラは逆に見上げる状態になったのが少し不満だったのだろうか、不機嫌になったように見える。目鼻立ちがはっきりしているので、感情が顔に出やすく見ていて分かりやすい。


「何か悔しいな。私より大きいなんて」


「身長だけは人並み以上なので、両親に感謝です」


 年齢は二十前後だろうか。自分より若いはずだが、仕事場では先輩にあたるので言葉遣いは気を付けなければ。

 当たり前のことだが俺は新入りなので、ここの清掃員は全員先輩にあたる。だけど、年上の清掃員は殆どいないと思う。見た目だけでの判断なので憶測にすぎないが。良く知らない女性に「幾つですか?」と訊くほど常識のない男ではないつもりだ。


「でも、この時期にその年齢でここに来るなんて変わっているわよね」


「たまたま学園長と知り合いで、職を失って困っていたところを拾ってもらいました」


 予め用意しておいた模範解答を口にし、モップとバケツを持ち上げ階段へと向かう。

 途中で何度も女生徒たちとすれ違ったが、全員が律儀に会釈をしてくれる。それも、ただ礼儀として規則的にやっているのではなく、感謝の気持ちが込められているように感じるのは都合のいい勘違いなのだろうか。


「ここの生徒は礼儀正しいですね。ただの清掃員相手に挨拶もしっかりしている」


「え、何言ってるのソウさん。清掃員といえば憧れの職業じゃない。私もなるのにどれだけ苦労したことか。でも、この憧れの作業服に袖を通した瞬間に今までの苦労が吹き飛んだのを覚えてる!」


 立派な部分を更に強調するかのように胸を張る。

 無意識にそこへ視線が集中しそうになるが、今、大事なのはそこじゃない。

 清掃員が憧れの職業? あり得ないだろ。ポリッシャーやバキュームを動かしていると、子供たちが物珍しそうに寄ってくることはあったが、憧れや尊敬の目で見られたことなど一度もない。


「清掃員って人気ありますね」


「ソウさんって変な事ばかり言うね。当たり前じゃないの。勇者ソウジがやっていた職業なのよ、皆の憧れになるに決まっているでしょ」


 いつの間にかメイラの言葉が敬語では無くなっている。無理して丁寧に話そうと頑張ってくれていたようだが、あきらめたのか自然に口調が戻ったのか。


 しかし、俺の妄想日記がこんなところにまで影響を及ぼしているとは。この世界の人々には申し訳ないが、清掃業を営んでいた俺としては理想の世界になっている。

 そういや、理事長から提示された毎月の給料は驚くほど高額だった。それは、勇者としての活躍も含めてだと思っていたのだが、実は清掃員として貰える一般的な金額だったのだろうか。毎年、依頼料が下がり続けている向こうの世界とは、まさに別世界。



 この魔法学園校舎の造りは、殆ど元の世界と変わらないので清掃もやりやすい。半年に一回、定期の仕事で私立高校の校舎内清掃があったので、要領よくやれるはずだ。

 階段を一段一段、洗剤を付けたブラシで丁寧に擦る。階段の清掃は踊り場以外ポリッシャーが回せないから、基本手作業になる。


 階段は床用の洗剤とブラシで洗うよりも、ハクリを薄めた液体でやった方が早いのだけど、この世界に剥離剤はあるのだろうか。ワックスがあるのだから剥離剤もありそうなものだが、後で倉庫を調べてみるか。あるのなら清掃がかなり楽になるのに。ただ、剥離剤を塗った後は時間が経つと、ワックスが溶けて足元が滑りやすくなるので、通行禁止の看板立てておいた方がいいな。


 いや、まてよ。別にこの世界になくても剥離剤なら何とかなるか。この世界での自分の立ち位置を忘れすぎだな、俺は。

 清掃のやり方について思案していると、不意に元気な声が響いた。


「ゆ、じゃない。ソウさん。お疲れ様です。今、お仕事中のようですね、頑張ってください!」


 顔を確認しなくてもわかる、この声はミュルだな。


「ソウさん……ファイト」


 姿は見えていないが、きっとミュルの背後に隠れているのだろうな、シャムレイは。

 あれから、シャムレイは俺に慣れてきたらしく照れてどもったりする話し方はしなくなった。その代わり、感情の起伏がないような話し方になったので不思議度が上がった。


「ありがとう。二人は授業終わりかい」


 手を止め、体を起こす。もう二、三段で階段が終るところまで進んでいたので、最後まで終わらせたかったが、彼女たちを無視するわけにもいかない。

 声は階段上部から聞こえたので顔をそちらの方へ向ける。踊り場で元気に手を振るミュルと、その陰から小さく手を振るシャムレイがいた。

 まず彼女たちに言わなければならないことがある。


「スカートの中が見えそうだよ」


 慌ててスカートを抑えている。顔が真っ赤だな。初々しくて可愛らしい反応だ。友人のアイツだったら見られたところで気にもしないのだろうな。いや、「タダで見られたと思うなよ。さあ、昼飯を奢れ」なんて言ってきそうだ。


「いきなり痴漢行為で退職かー」


「メイラさん。無職は勘弁してください。ほんと」


 この場から離れていたメイラがいつの間にか戻ってきていたようだ。


「あ、メイラさん! お久しぶりです」


 明るく挨拶するミュルの隣で軽く頭を下げるだけのシャムレイ。二人ともメイラと知り合いのようだ。


「二人はいつも一緒ね。あなたたち、ソウさんと知り合いなの?」


「はい、ソウさんは、頼れるお父さんのような存在ですから!」


「うん」


 ……お父さん。お父さんか。せめて、年の離れた兄さんにしてもらえませんか。年齢的に父はあり得ない歳の差なのだから。


「へー、ソウさんモテモテだね。お邪魔したら悪いから私は退散しようかなー。使った清掃道具は掃除用具置き場に片付けておくから、ソウさんはゆっくり戻ってきたらいいからね。お疲れ様」


 両手に掃除道具を抱え、鼻歌交じりに走り去っていく。

 変に気を使ってくれたようだが、冗談とはいえ知らない人が聞いたら勘違いされそうだ。


「ソウさん。未だに言いにくいですね」


「うん、勇者様の方がいい」


 階段を駆け下り側にまで寄って、周囲を気にしながら囁く二人。


「それは仕方ないよ。学園長の指示だからね」


 学園長が取り決めたルールの一つ。勇者であることを黙っておく。偽名として宗治ではなく、ソウと名乗る。これは身の安全を考え、正体をばらさない方が良いだろうと判断した――ことになっているが、それは二人を納得させるための詭弁だ。本当の理由は……酷いものだ。


 あの時の、学園長との話し合いは誰にも聞かせたくない。


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