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ポリッシャー!  作者: 昼熊
2章

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2話

 清掃の仕事で、この絨毯を洗う依頼を受けたら緊張するだろうな。足裏から伝わってくる踏み心地だけで、この部屋に敷き詰められた絨毯の高級さがうかがえる。

 部屋自体はさほど大きくもなくインテリアもシンプルで必要最低限の物しか揃っていない。だが、どの家具も年代と気品が感じられる。以前、元請けの手伝いで行ったことがある大企業の社長室に似ている。


 その部屋の窓際に一人の男が座っている。顔だけで判断するなら四十代ぐらいだろうか。一見穏やかそうに見えるが、眼光の鋭さが半端ない。口元は微笑んではいるが目が一切笑っていない。


「よくいらっしゃいました。勇者ソウジ殿」


 男は白髪交じりの髪を右手で軽く撫で、立ち上がると頭を下げた。

 この男が学園長か。痩せ形で頼りなさそうに見えるが、第一印象だけで判断すると痛い目にあいそうだ。ここは地球ではない。魔族といい自分の今まで培ってきた常識や憶測で決めつけないようにしよう。


「シャムレイ、ミュル、ご苦労だったね。勇者殿と話があるので、しばらく席を外してもらえるかな」


 二人は顔を見合わせ何か呟いた後に学園長に向き直り、深々と頭を下げ部屋を出ていった。


「さて、勇者殿。私に訊きたいことがあるのでは」


 もちろん、質問は幾つもある。


「まず、あの本を召喚して翻訳したのはあんたか?」


 この男には丁寧な口調で接しなくてもいいはずだ――俺の予想が当たっているなら。

 男がにやりと笑う。心底、楽しそうに見えるのは気のせいではなさそうだ。


「その通りです。おかげさまでベストセラー作家の仲間入りをさせて頂きました。勇者殿のおかげで印税生活をエンジョイさせていただいています」


 やはり、こいつが妄想日記を広めた元凶か……軽く殺意が湧くがここは抑えこめ俺。もっと重要な質問がある。


「となると、何処まで俺の事を知っている」


 回答により今後の方針が決まる。


「もちろん、全部知っていますよ」


 笑みが完全に消え、真剣な表情の学園長がいた。


「あなたが普通の人だということも。あの書物が妄想を書き留めただけの日記だということも全て理解しています」


 ――知っているのか。それなら余計に疑問が募る。


「何故、俺を勇者に仕立て上げた? それに、日記に書いた力が何で使える? それにここは何処だ」


「やれやれ、質問の多いお方だ。どれから話しましょうか。まず、すべての始まりから語ることにしましょう」


 肩をすくめ、頭を振ると、やれやれという身振り。舞台の役者がやりそうな大げさな演技にしか見えない。


「あの子たちに聴いたかもしれませんが、二十年前、私は勇者召喚を試みました。ですが、それは失敗に終わり……代わりに一冊の書物が現れたのです」


 二十年前、やはり時間の流れが違うのか。俺がこの妄想日記を書いたのは約十年前。そこを、たずねたところで異世界なのだから、と言われてしまえばそれまでだな。


「それが、俺の日記だったと」


「はい。当時はそれが何なのかも理解できませんでした。ですが、その書物の材質が見たこともない素材だったので、何か貴重な物である可能性が高いと独自に調べ上げたのですよ」


 大きくため息をつく。いちいち動作が大げさだ。


「大変苦労しました。ただでさえ見たこともない言語の上に同じ文字でも形が異なっていたり、言葉の流れや統一性がなかったりと、完全に解読するまで十年の月日が流れたのです」


 悪かったな、字が汚くて。


「それでも何とか解読を終えたときの失望感が分かりますか。途中までは伝説の勇者の手記で、勇者を召喚する手掛かりになると信じていたのですが、どうも内容が胡散臭いというか――はっきり言ってしまえば、ご都合主義過ぎたのです」


 そりゃ中学生が書いた妄想だからな。


「挿絵も丁寧に描かれていたのですが、幼さと未熟さが見えました。それに、ノートの端や所々に『ここはもっとカッコよく』『敵が弱すぎる、もっと強さを強調すること』『ヒロインの可愛さが足りない』メモ書きがありましたからね……」


 額に手を当て、大きく肩を落とした。その仕草は大げさに見えないのは当時の苦労が本物だったからだろうか。勝手に期待して勝手に絶望しただけの話で、俺が悪いわけではないはずなのだが――申し訳ない気持ちになるな。


「もうね、分かります? 十年分の苦労が徒労だったと分かった時の気持ちが」


 なんか……ごめん。


「ですが、同時期に私は、この世界の魔法についてある仮説を立てていまして。こう見えて私は若くして、この世界でトップの魔法使いでしたからね。昼間は仕事をこなし夜は翻訳と魔力を上げる訓練と勉学に励む、天才でありながら努力も惜しまないというミスターパーフェクトマンでしたから」


 完全に自慢話へと移行している。正直鬱陶しいが、そこをつっこむと話の脱線具合が悪化しそうなのでスルーしておこう。

 自慢げに胸を逸らした状態で、ちら、ちらっとこちらを見ている。無視するのが正解だったようだな。


「こほんっ。その仮説というのが――この世界の魔力の強さは本来の素質だけではなく想いが関係しているのではないかということです」


「思い? よく分からないな」


「そうでしょうね。分かりやすく説明しますと。生まれ持った魔力を仮に数値に変換して、魔力が百ある人がいたとしましょう。この人は百の威力がある魔法が使えるわけです。ですが、想い――言い換えるなら、心の強さによってこの威力が上下されるわけです」


 心が魔力の源か……どこぞで聞いたことがある設定だが、少し疑問がある。


「想いが魔力の増幅器になっているのか? 心が強ければ百の魔力が百二十にもなると」


 学園長が掌に拳を打ち下ろし、少し驚いた顔でこちらを見ている。


「おー、そうですね。もっとも増えるだけではなく減りもするのですが。心が強ければ本来の魔力以上の威力が出せ、心が弱ければ威力は落ちる。百二十の力を引き出せる者もいれば五十ぐらいの力しか出せない者もいるわけです」


 なるほど。あれ、そうなると……。


「じゃあ、気が強いものほど力が上がる?」


「それが間違いではないのですよ。魔族に会われたようですが、魔族の性格をどう思いましたか?」


「気が強くて人を見下している、情緒不安定で貧乳」


 キモイおっさん呼ばわりしたのだ、これぐらい言っても許されるだろう。


「貧乳は関係ありませんが、魔族はだいたいが気が強く自信過剰です。でも、それが人よりも強い理由の一つなのです。魔力の資質でいえば、確かに人間よりも魔族の方がはるかに上です。ですが、人間が束になっても抗えないほどの差は本来ないのですよ。あの自信過剰な性格が魔力を増幅させているのです」


「……なら、人側も自信持てばいいのでは? この理屈がわかっているなら対処方法はあるんじゃないか。それを国民に公表して心を強くする訓練や、心理カウンセリングをしてみるとか」


 表情豊かだった学園長の顔から感情が消えた。そして、すぐに大きくため息をつき顔を伏せた。


「それが困ったことに、この魔法の仕組みを理解した者は――魔力を失ってしまうのですよ。本当に困ったものですね、はははは」


 乾いた笑いが室内に響く。背を向けているので表情は分からない。


「じゃあ、あんたは魔力を……」


「はい、失いました。どういう理屈なのかは未だ核心にはたどり着いていません。心が魔力に左右すると理解することにより、無意識のうちに心で魔力が制御できなくなるのか。まあ、仮説をどう立てたところで力は戻らなかったのですが」


 この国で一番の魔法使いだった者が、ある日、突然力を失うというのはどのような気持ちなのだろうか。理解どころか想像すらできない絶望感だったことだろう。


「故に、魔法に心が作用するという事実を知るものは、この国では私と勇者殿だけとなります。おっと、話が長くなりすぎましたね。どちらかというと、ここまでは前置きなのですよ。心が想いの力が魔力を変化させると言いましたよね。心は本人だけの問題ですが、他人からの想いの力も魔力に関わってくるのです」


「んー、つまり、この人強いと想われたら、その人が強くなるってことか?」


 またも少し驚いた表情を浮かべている。


「勇者殿は意外と頭がよろしいようで」


 褒めてないよな。


「本人の心で左右される魔力の増幅に比べたら、他人の想いによる魔力の変動など微々たるものですが、それでも確実に魔力に影響を与えます。そして他人からの思いによる増幅は純粋に、その人の魔力総量に継ぎ足されます。例えば名門出の魔法使いは周囲から、この家系なら強力な魔力を所有していると想い込まれています。それが、当人に魔力を与えるわけです。百人に強いだろうなと想われたところで、魔力がほんの少し増えるかどうかですけれど」


 それぐらいの差なら問題はなさそうだ。


「ただ、我々にだけ作用してくれるならまだしも、マイナスの要素もあるわけです。この世界の人々は、魔族は人間よりも強い存在だと強く想い込んでいます。その想いが魔族に更なる力を与えている悪循環が発生しているのです」


 そう簡単なものじゃないわけか。強いだろうなという軽い想いと、強いに決まっていると信じきっている想い。これだけでも想いの力の差はかけ離れているだろう。それに付け加え、信じている者の人数が違いすぎる。世界中の強い想い込みは、どれだけ魔族に力を与えているのか。


「そこで私は考えたのです!」


 いきなりテンションが上がった。真面目な話の流れだったから驚くだろ。


「だとしたら、逆に、国中の人々が強さに憧れを抱くような勇者を創り出すことができたら、その勇者に選ばれた者はとてつもない力を発揮できるのではないかと!」


 あー、オチが見えた。


「そんな時に目の前に理想の勇者像があったわけです! 異世界の者であれば、とんでもない設定や能力も強引に納得させられますからね。そこで私はこの日記を翻訳し誤字脱字を無くし分かりやすいように文章を再編集して、小説として売り出したのです!」


 余計な事を……俺の意志を完全無視で話が進んでいるよな。


「過剰な宣伝とサクラも功を奏し、大ヒット」


 おい、倫理的に駄目な単語が聞こえた気がしたぞ。


「この国どころか近隣諸国の人々にまでその名が知れ渡るほどの知名度を得た現状。今、この瞬間を逃すべきではないと、生徒たちの中で魔力が強く、誰よりも勇者殿の存在を信じ渇望している者を選び、召喚の儀式を執り行ったわけなのです」


 これも勇者を召喚したいという一途な想いの力で増幅された結果なわけか。


「なるほど。ここに召喚された理由もいきさつもわかった。俺が力を使えるのは、小説を読み勇者ならこういう技が使える、こんな力があると想い込んでいる多くの人々の想いの力によって、それが具現化されたわけだ」


 天を仰ぎ両手を大きく広げ、ぴたりと動きを止める。そして俺に向き直ると拍手をした。


「おーブラボーですよ、勇者様。物分かりの良いお方で助かりました」


 合わせた手をゆっくりと離し、その両手を下ろし膝の上に添えた。


「勇者よ、改めてお願いしたいのです。この国を救っていただけませんか。私の大切な生徒たちや国民が暮らす、この世界を助けてほしいのです。もちろん、お礼もさせてもらいます。この国の物なら何でもお持ち帰りいただいて結構です」


 深々と頭を下げたその姿に、用意していた文句を飲み込んだ。


「分かったよ。どこまで期待に応えられるか分からないけど、やるだけはやってみるさ」


 この学園長の掌で踊らされているのは承知の上で申し出を受けることにした。この場面で嫌だとか、理不尽だ、等と駄々をこねる程、幼くはない。表向きだけでも快く了承し、相手に好印象を与えておくべきだ。見知らぬ地での、今後の生活を考えるなら従うべきだろう。

 それに、召喚したあの子たちの期待にも応えたい。


 ――あとは、期待と計算もある。勇者と呼ばれる立場なら、ここで待っている生活は夢と希望とロマンに満ち溢れているに決まっている。

 月末の給料支払いや、父の残したローンに頭を抱える日々から離れることもできる。二十半ばで男一人の寂しい日常に別れを告げ、ようやく幸せを掴めるかもしれない!


 事が終れば元の世界に帰れるはずだから、それまでやるべきことはやり遂げ、プライベートは楽しんでも罰は当たらないはずだ。残してきた社員のことは気になるが、焦ってみたところでどうしようもない。こういう異世界召喚物の定番としては、こちらで何十年過ごそうと元の世界では時間が止まっている。そういう風に相場が決まっている。信じているぞ、王道の設定!


 学園長の言っていた、魔法の国にある物を何でも貰っていいという条件も惹かれる。魔法の品を何か一つ持って帰るだけでも、億万長者になれるのでは。


「ありがとうございます勇者ソウジよ! では、ここで暮らすことになる勇者様に守って頂きたい幾つかの決まりと、こちらからの依頼を訊いていただけますか?」


 今日から勇者であることを意識し、できる限り優雅に見えるよう頷いてみせた。


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