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プロローグ
「こんなはずではなかった!」
薄暗い部屋に男の悲痛な叫びが木霊する。
「私は十年もの歳月を、このようなモノの為に費やしたというのか!」
髪を掻きむしり、古ぼけた机の上に乱雑に重ねられていた書物や道具一式を叩き落とした。地面には万年筆や羊皮紙が散らばり、倒れたインク瓶からこぼれた液体が床を黒く染める。
「認めぬ、認めぬぞ! 全てが無為だったなど断じて認めぬ!」
頭を抱えていた両手を大きく振り上げ、机に叩きつけた。
肩を震わせ、その場に崩れ落ちる男の顔は絶望で染まっていた。男は黙って視線を横へと向ける。自分が叩き落とした無数の物たちに半ば埋もれかけている――それを凝視した。
それの表紙には、ある文字が描かれている。
この国の言葉ではないその文字を理解できる人がいるなら、こう読めただろう。
『黒の書(笑)』