第二十四話 今日は災難続き
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書き込みいただいたことには、活動報告の方でふれていますのでそちらでどうぞ!
「連れて逃げよう……!」
震えを含んだ声がひっそりと、小さく響く。
ルーメリナは逡巡したものの、少年を連れて逃げるという選択を決断した。
すぐに助けを呼べるか分からない状態でおいてくのは危険すぎる。あんなに近くに魔鳥が居るのだ、今にも殺されてしまうであろう近距離に。
なぜ直ぐに判断できなかったんだとしか言えない。身を隠している木の茂みに座り込んだままの
状態で、ルーメリナは後悔をにじませながら歯噛みする。
私は何を迷ってたんだろう、連れて逃げるしか助けられるわけないじゃないか!
ぐっと手を握りこみ、そう心の中でルーメリナは自分自身を叱咤した。
自分の判断力の無さを再確認させられることになったルーメリナだが、決めたことは曲げない性分だ。別にヒーローを気取る気も無い、そんな力が自分にない事くらい自身が一番分かっている。力があったら隠れて尻込みする必要もないのだ。
だいたい助けを呼ぶにも、ルーメリナの足ではどのくらいかかるか分かったものではない。ルーメリナの運動神経は、周囲から鈍くさいと言われる程度しかない。
ただ目の前であの少年が死んでしまったら目覚めが悪すぎる。
ここで見捨てて自分だけ逃げるだなんて、そこまで良心を捨てたつもりはないのだ。
それにもう一つ決断理由がある。ここにいるという事は貴族の子。自分より高位だった場合見ぬふりして逃げたら後で、見捨てた自身に何がふりかかるか分かったもんじゃない。下手したら家ごと抹殺だ。逃げたい気持ちはもちろんだが、わが身はかわいい。
ルーメリナも貴族。
貴族の縦社会は厳しいことはしっかり理解していた。この先の人生を考えて、そして自分の良心の安寧のために。現実主義者のルーメリナは色々な要因もあるが、少年を見捨てることが出来なかった。
見捨てられない、それならば選ぶ道は一択しかない。
ぐっと握りこんだ手を開き地面へ着く、少し震えている足にぐっと力を入れる。
「大丈夫……、私にだってこれくらいやれるんだからっ」
たおす必要はない、少年を引っ張って逃げるだけ。この屋敷には今強者がそろっているんだからそこまで走るだけだ。
そう目をぎゅっとつぶり言い聞かせるようにつぶやく。ルーメリナは覚悟を決めた。座り込んでいた身を隠していた木の茂みから飛び出る様に少年へ向けて走り……。
「!?」
……走りだそうと目を開けた時、それは目の前にいた。
接近に気付けないほど静かに、それもさっきからそこにいたかのように現われたそれは、羽ばたきの音すら立てず直ぐ目前に浮遊している。
『小娘、先ほど私の姿を見ただろう?』
ルーメリナは目の前に現れた少年のすぐ近くにいたはずの魔鳥を見て、悲鳴すら上げられず思わずザザッと後ずさる。顔色はいっきに血が引き、真っ青だ。
嘘でしょ!? この鳥しゃべった!?
動物は高レベルの魔力を持つものしか知的能力がなく、意思疎通ができないという事実を知っているルーメリナは極度の緊張と、驚きが急激に高まったせいか突然目の前が暗転した。
フラリと仰向けに倒れこむ最中、目を真ん丸に見開き、慌ててルーメリナへと駆け寄ってくる綺麗な少年が見えた気がした。
++++++
ふと、目の前が明るくなる。
柔らかに流れる風と、周囲に広がる緑は自分の好きなものだ。あまりの心地よさに回復した意識が闇に戻ろうと、またしても微睡み始めるが、それを許さない音がすぐ真横から響いていた。
『全く、人間は貧弱で困る』
「コクロなにしてるのさ」
『……なんだ? これは我が悪いのか?』
「人間は弱いんでしょ? 弱い者いじめはいけないよ?」
『むむ……』
納得できん、そうむっすりと反論する魔鳥。それを少年は困った顔で諌めている。
子供に諌められる魔鳥、いささか珍し過ぎる組み合わせと状況。
覚醒しきれない意識と、ぼやける視界に目覚めたくないと言う気持ちが、ふつふつと湧き上がってくる。
どうやら時間は長くないものの気絶していたようだ。状況に混乱して気絶できるほどの女の子らしい神経を持っていたらしいルーメリナは、そんな自身にすこし驚きを感じつつ疑問が脳内に溢れ出る。
「(いったいなんなの、というよりあの魔鳥ありえない。喋った、喋ったよ? 幻聴じゃなかったよ。ホントに何なの? 今日は災難との相性抜群な日なんだろうか。それとも私、何か悪い事したっけ? 教授が大切に育ててた薬草勝手に使ったから? それとも教授の楽しみにとっておいた最高級ワイン勝手に飲んだから? ワインの代わりに身体のこと考えて健康茶(激苦)入れておいてあげたのに。 それともそれとも教授の頭のことバカにしたから? 若禿ってからかったから、教授の呪いか? 育毛剤(自作)をあげたのになんて心の狭い大人なんだ)……学校帰ったら脱毛剤作ってみようかな」
教授覚えてろよこのヤロウ。
思わず口から零れ落ちた言葉。それは一部の人からしたら悲鳴を上げて逃げ惑うであろう、危険な色を宿していた。この少女は人より変わった思考と、子供らしさと、大人びた思考が混ざり合っていて不思議な子だと有名だ。
学園に帰ったらやるべきことを決めたルーメリナは、ふと二つの視線が自身に向けられているのに気付いた。
いや、気付いてしまった。
やはりこの状況での現実逃避は、なかなか難易度が高いようだ。
助けようとした少年、そして高レベルかもしれない魔鳥の一人と一匹の目が、しっかりとルーメリナを視界にとらえていた。
少年らしい丸い瞳に映る自分の姿に、ルーメリナは頬を引き攣らせる。少年は見たところ5~6歳くらいのずいぶんと綺麗な少年だった。
この屋敷に来ていることから考えて貴族のご子息なのは間違いない。自分よりよほどか弱く、守ってあげたいと思わせる様な細いからだ。
しかし、魔鳥との仲良さげな様子から見て守られているだけのお坊ちゃんではなさそうである。
甘やかされて育った貴族のボンボンに、魔鳥と仲良くするなんて度胸があるわけがない。いくら相手の生き物が自分に敵意を持っていなかったとしても、悲鳴を上げて逃げることが目に見えている。
その、悲鳴を上げて逃げるであろうボンボンに、現在のルーメリナは親近感を感じてしまっていた。
悲鳴は上げたくても今さら上げられないから、仲間にはなれないが。
ヘビに睨まれた蛙とはこのような状態のことを言うのか、納得した。ことわざの通り身動きすらできないくらい体が固まってしまったが、脳内だけは特別でフル回転していた。
体の動きとしては反映できていなくとも、思考は止まらない。
視点はどこにも定まっておらず、目が回らないのかと心配になるほど瞳が忙しなく動き回っている。状況の理解と現状の打破を求めていたが、それは現実逃避を始めている一部の別の思考に呑まれているようだ。
いくら普通の子よりもルーメリナが大人よりの精神をしていても、人生経験の少なさは否めない。混乱からどうしても脱出できずにいた。
それどころかルーメリナは変な方向へと思考が空回り始めていた。
少年はかなりの高位貴族かもしれない。身なりもそうだが、暗くてしっかりと見えないものの装飾品がかなりついている。
さすが公爵家のパーティーといったところか。この幼さで品の良さげな様子、しっかりと教育が行き届いてる証拠だ。本当に襲われていたとしたら一人で逃げなくてよかった。しかしこの現状では、先ほどは見なかったことにして逃げておくのが正解だったのかもしれない。
この一匹と一人のやり取りを聞いたかぎりでは、襲われていた訳では無いの確定だろう。
戦闘能力のないルーメリナは、高レベルの魔鳥を目前にして平気でいられるほど神経は図太くなかったらしい。気絶したのも、体が震えているのがその証拠。
元はと言えば両親が私を呼び寄せなければこんなことに巻き込まれなかったのに。それに今夜は月夜草の花が開く予定だから薬草園に泊まり込む予定だったのに。
にしても綺麗な子だ。髪もさらさら、なんて羨ましい私ねこ毛だからすごく憧れる。色も綺麗なんだろうなー、暗くて見えないのが残念。
私もこれくらい綺麗に生まれてたら人生変わっちゃったり?
って、いやいやいや! そんなことに感心してる場合じゃないよね自分!?
混乱する中でも、頭の一部は冷静な所がそれを生かして一つの結論にたどり着いた。
知能の高い魔は大小問わず、魔物退治を生業にする者達、しかもそれなりの実力者が大人数で挑まなけ」れば勝てる見込みが無いと言われている。
そんな魔物相手にできることなど一つ。
ルーメリナは倒れていた体の上半身をスッと上げ、起き上がる。そのまま流れるように正座の体制をとると、魔鳥の方へ向き直る。そして首がよく見える様に首を垂れる。
その顔には、何もかも覚ったかの様な微笑さえ浮かべている
「……ヤルならなるべく痛くないようにお願いします」
「えっ!? いやいや、お姉さんそんな事しないですよ!」
『フム、人間のわりに潔い』
「感心するところじゃないよ、それ!!」
せめて痛く無い様に一息でお願いします。
そうお願いしながら首を差し出す以外に何をすれと!?
私は平凡中の特に平凡な一般人なんだから!!
ルーメリナは自身の運動神経の無さを自覚していたし、許容をはるかに超えた突然の事態に脳がすぐさま対応できるほどできはよくない。要するに大混乱中だった。
冷静だったら少年が襲われていないことと、この異種一組のやり取りを聞いていれば、ルーメリナ自身もも襲われないのがすぐに理解できただろう。逆に言えば冷静でなければ自身の中で一番強いイメージが頭の中を占めていく。
魔の付く生物→襲ってくる、食われる=人生終了。
極端な結論から、声にならない悲鳴はもちろん周囲に響かず胸の内でのみで響きわたる。少年はルーメリナをどうしたら落ち着いてもらえるのか、少しどもりながらおろおろとあわてた。
「お、お姉さん落ち着いて! 怖くないよ! コクロは普通とは違う、ちょっと変なだけの鳥だから!」
『変とはなんだ、変とは。我は古から続く由緒正しい……』
「いいのそんな事はっ、ちょっとコクロは黙ってて!」
『……分かったから変と言うのは止めてくれ』
受け入れがたいと反論した言葉は封殺され、変扱いされた黒い魔鳥はげんなりと、人でいう肩にあたる両翼を部分をすこしへたっとおとした。