第二十三話 少女は植物と苦労がお友達
お待たせしました更新します!
なぜ更新停止になっていたかの説明は、活動報告にてさせて頂いています。
「ねぇ」
「うん?」
「それは……」
「?」
「……何でもないわ」
少女は疲れた様にふぅと溜息を吐いた。
少年はきょとんと首を傾げ、純粋な光を宿した真ん丸な瞳、キラキラと輝いているような錯覚すらおぼえる様な瞳を少女に向ける。
意味がわからないと正直にうったえかけてくるその視線に、少女も少年に目を向ける。その常識知らずの少年に少女は呆れを含んだ苦笑を向けた。
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人目に付かず、静かで、パーティーが終わるまで時間が潰せそうなところを探して中庭を散策していたルーメリナは、中庭の中心近くに入り込んだところで目の前に広がった風景に息をのむ。
そこには、薔薇が見事に咲き誇るローズガーデンが存在していた。
ローズガーデン以外にも中庭、そして庭園には種類も色も様々な花が植えられていたが、公爵家に見合う規模と隅々まで手の行き届いたローズガーデンは圧巻だ。
一般的な貴族の家にあるものとは比べ物になりそうもない程のものである。何より、敷地がかなり広いために中庭の広さがそれにみあったものでもあるだろう。
学園のものとでは規模で負けるが、薔薇の配置やバランス、そして美しさや薔薇の質では比べ物にならないのではないかと思えるほどのものだ。
様々な種類の薔薇が咲き乱れている。香りのきつくないものを集めているのか、柔らかな香りが風に乗って香ってくるとても落ち着く場所だ。香りが混じり合っても大丈夫なように、薔薇の植える種類も考えられているのだろうか?
そう考えてしまうのは職業病みたいなものだろう。見習いでもルーメリナは植物を扱う者であるには変わりがなく、まれに質のいい薬草を見つけてわくわくしてしまうのもそのせいだ。何の薬を作ってみようか悩むのも楽しいものだ。
ルーメリナが学院で専攻しているのは薬学。薔薇などの花の知識はあまりないが、ルーメリナは薬草の栽培もしているため、薬草などの植物の知識はかなりの量をもっている。自らが薬草園の手入れをしているからか、手を抜かず世話をされている庭を見ると嬉しくなる。
薬草も花も、植物は丹精を込めれば込めるほど効力も輝きも増すものだとルーメリナは思っているからだ。
野生のものも好きだが、中途半端な手入れのされかたを見ると不愉快な気分になるのだ。貴族の癖に土いじりをするルーメリナは異端である。
毎日学園内にある温室、薬草園に入りびたり薬草管理の庭師とその手伝いである平民の生徒に混じって作業をしている。
下級の貴族であればそこまでではなかったのかもしれないが、それなりの地位であるルーメリナはとても目立ってしまい、学校で内でも有名になりつつある。
ルーメリナは別に気にしていないため全く周りの評価に気付いていないが、才能を存分に生かした薬学の実技は文句のつけようがなく、そのおかげで成績は抜群に良い。それにくわえ真面目な生徒なので教師からの受けがいい。
そのため、他の生徒が下手に手を出せないのもルーメリナが周囲からの評価に気付くことが出来ない原因の一つである。
彼女自身が、己は目立たない地味な生徒であると自負している。自信を持ってそう言い張る彼女に、一か月したころにはクラスメイトや友人たち、関わりのある生徒達かわいそうな子を見るような視線を送るようになったくらいだ。
しかしその視線にさえも彼女は見事なまでに気付かない。たくさんの視線を軽々と弾き飛ばし、己のやりたいこと、好きな事に全力で取り組んでいる。そのかわり戦闘力は皆無。
言ってしまえば自分のやりたいことを、周りからなんて言われようが気にならない。ルーメリナは我が道を行くタイプ。
今日も邪魔さえされなければ薬草園で嬉々として雑草を引き抜いていただろう。
だからこのような場に出てくるのは珍しいのだが、騙されるように連れてこられているため一度顔は出したからもういい筈だと思っている。
……というのは後付けの理由で、ただ疲れただけだが。
この屋敷に招待されている客達は、今頃全員中央ホール内かその直ぐ周辺に居るだろうことは予想が付く。
この場を誰にも邪魔されず独り占めにできる。ルーメリナは精神の疲れも忘れ、浮かれた気分で迷路の様に植えられている薔薇の中の道へと体を滑り込ませた。
見事に整えられた道は、どこかへと導くように続いている。
上機嫌なためとくに何か気にすることもなく、屋敷に着いたばかりの時では考えられない軽い足取りでその道をゆっくり進んでいく。
周囲の薔薇に目を奪われながらもすこしづつ進んでいくと、薔薇に囲まれた道の先にトンネル型の薔薇のアーチが道の終わりを示すかのように設置されていた。
ルーメリナは少し残念に思いながらも、名残惜しげに通って来た道を振り返り薔薇を見まわした。このまま引き返すこともできるがアーチの先も気になる。
「帰りも見れるし……」
またじっくり見ればいいやと子供らしい好奇心を満たすべく、綺麗に整えられているトンネル型の薔薇のアーチを潜り抜けた。とたん薔薇の道が途切れる。
「あれ?」
また花が咲き乱れているのかと思いきや、急にひらけたところの出た。
そこはローズガーデンの抜けた先である。広場のようなそこは、薔薇とは違う小さな黄色身かかった白い花が咲き乱れるすこし高めの木々に囲まれ、中に入ると周囲からは見えにくくになっている場所だ。
「あれってたしか蜜華って植物? 珍しいな貴族の屋敷にあるなんて」
蜜華とはたくさんの小さな花から甘い香りがする事から名付けられた植物だ。しかし、その強い香りは、貴族に好まれる薔薇などの香りをかき消してしまう。それに加え、花が散る際に大量の小さな花びらが地面へ落下するため掃除が大変、という理由で蜜華庭にある屋敷は少ない。
香りの関係か、ローズガーデンから少し離れた位置にそれは存在していた。
今まで通ってきた華やかな場所とは違う。甘い香りが漂う木々に囲まれ、落ち着いた雰囲気のその場所には小さな東屋があり、そこに小さな人影が見えた。
その小さな人影。おそらく少年と思われるその人影の周囲には様々な色彩の光を放つ小さな珠がいくつも浮いており、その浮いている中には一つだけ黒い点が混じっていた。
あの珠はなんだ? ルーメリナはそう思い眺めていると、思っていたものとは違う者が混ざっていた。その黒い点は他の光る珠とは違い、一対の翼であろうものが生えている。それは普通の鳥ではありえないこと、にゆっくりと翼を羽ばたかせながらも少年の目の前の空中に少し上下しながらも停止していた。時折、羽ばたきすらしていない時もある気がする。
前に進むでもなく空中にとどまるなど普通の鳥ではありえない。普通、鳥は一部を除いて前にしか進めない生き物だ。
しかし、逆を言えば普通の鳥でなければありえるという事だ。
普通ではない鳥。
それは魔鳥と呼ばれる、鳥などとは比べ物にならないほど狂暴な種もある生物。
ルーメリナはそれにすぐ気付いた。ルーメリナの専攻は直接な戦いとはあまり関係がないが、一応は学生であるためにある程度の簡単な知識はそなえている。
必修教科の中には『魔物、それに類する生物学』という教科があるため基本的な知識ならば習得済みである。
その知識と経験のおかげか、気付いてしまったその事実はルーメリナの浮かれた気分など軽々と吹っ飛ばし、盛大に顔を引き攣らせた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
何でこんなところに居るのよっ!?
これ以外に何を叫べばいいのだ! ルーメリナは声にならない声で絶叫を上げた。
ルーメリナは授業内にある実習で、戦闘技術を身につけている生徒と共に魔獣や魔鳥などが生息する場所に行く機会があった。
そこで出くわした魔鳥が脳裏を過ぎる。鶏ほどの大きさの魔鳥が、木を丸々一本口から吐く炎で炭にしたのだ。
忘れもしないあの光景。フワフワで、目のくりくりとしたピンク色をした尾羽が長い鳥。嘴の先をスリスリとスリ合わせながら、目をパチパチと瞬く姿はかわいいとしか思えなかったものだ。
しかし行動を共にしていた戦闘科の生徒は焦った様子で『離れてっ』と叫んだ。なぜそこまで慌てているのか、その時はよく分からなかったが直ぐに思い知らされた。
指示に従い離れた次の瞬間、そこで大きな炎が吹き上がった。
その小さなくちばしの隙間から、どうしたらそんなモノ出せるのかととっさに思ってしまったほど大きい炎。
唖然とその魔鳥を見つめているうちに、戦闘科の生徒がたおしてくれた。ちなみにその時ルーメリナは陣形術科の生徒が張った結界に守られていた。
後から聞くと、あれはそれなりの数生息している魔鳥だったらしい。炎の大きさより火力の強さが特徴の魔鳥らしく、木位なら簡単に燃やしてしまうと。
強いわけでもなく、しかも温和な性格であるらしく無害らしいその魔鳥は、普段は集団で生活しているため比較的安全だが、たまに居るはぐれの魔鳥だけは好戦的で近づくと直ぐ攻撃してくるらしい。
ルーメリナははぐれ云々より、あの炎の大きさであまり強くない分類に入る事に驚いた。
その時からあまり興味のなかった『魔物、それに類する生物学』を真面目に受ける様になったのだ。また鉢合わせした時に魔物という事自体に気付けなかったら拙いと気付いたからだ。
あまり強くない魔鳥でも種類によっては木を炭にできるのだ。大の大人であったとしても、戦闘能力のない人が襲われたら逃げることしかできない。
子供なんてひとたまりもないだろう。
ここで誰かに伝えに行くか、それとも子供の手を引いて逃げるべきか。
考えている暇なんて無いのは分かっているが、迷わずにはいられない。こんな所で自分の判断力の無さと、戦闘力の無さを恨むことになるとは思っていなかった。
茂みに体を隠した状態で、おろおろと頭の中をぐるんぐるんさせているルーメリナには気付けない。
魔鳥の目がこちらをちらりと見たことを。
それにつられて少年がこちらを見たことを。
それに気付いたのは、選択肢をやっと決められた時である。
久しぶりに文章を考えて、久しぶりのキーボードでの打ち込み。
自分って不器用だったなぁ、と久しぶりに実感いたしました。