第九話 兄の決意
「リシル様、何度言ったら分かるんですっ。 今日だって言ったばかりでしょうに………」
窓から飛び降りるなんて事をしでかしたリシルは、すぐさま外へ出てきたフェルマンに説教をされていた。
今度は、小言の様な物ではなく説教だ。
芝生の上で正座をさせられ、30分ほど終わる気配の無い説教が、休むこと無く続けられている。しかも、今回はフェルマンだけでは無い。
「良いですかリシル様!
窓から飛び降りるなんて事してはいけませんっ!万が一落ちた時の事を考えてください!」
この言葉を言ったのは、リシル専属侍女のリティー・メ―ベルン。フェルマンを慌てて外へと飛び出して行くのを見て、すぐさま状況を理解し、フェルマンを追いかけて来たのだ。
「そうです。前回も、前々回だって言ったでしょう?」
「そうです!3回目ですよ!」
フェルマンは、額に青筋を浮かべながら仁王立ちで立っている。いつもは穏やかな表情も今日に限っては、眉間にしわを寄せられている。
リティーは、少し前へ曲げた腰に手を当てている。いつも笑顔の顔も今は笑顔は無くなっており、怒りの所為か、顔が若干赤くなっている。
そんな2人を見ながらも、全然こたえていないリシルはいつもと変わる様子は無い。2人の言葉を聞いてるんだか、居ないんだか分からない表情で空へ森へと視線を移動させている。
「2人ともそれ位にしたらどうだ?」
2人の長々と、しかも密度の高い説教を聞いていたレオナールが、唐突に口をはさむと、2人は息ぴったりにレオナールの方を振り向く。
「何言ってるんですか!?
レオナール様が原因ですよ!リシル様がこんな事をするようになったのは!」
「レオナールは黙ってて下さい」
そう、レオナールの言葉を一刀両断にすると、リティーとフェルマンは、リシルの方へと向き直り説教を再開する。途切れることのないその説教は、よくここまで言葉が出てくるものだと関心すらできそうな程である。
そんな2人に苦笑しながらレオナールはひとり言の様に呟く。
「相変わらず、あいつ等は心配性だな」
そんなレオナールに、護衛役として付いてきた、緑の髪に山吹色の瞳をした男性ビル・ウエスト20歳と、レオナールの補佐役をしている、金髪碧眼の女性ユメルダ・ミュール26歳は、やっとまともに喋れるまで回復し、まだ信じられないという風にビルは、レオナールに声をかける。
「隊長先程のは一体……?」
ちょっと恐る恐ると言う風に聞いてくる自分の部下に、平然とレオナールは答える。
「陣形術だが」
「…………ですよね~」
あっさりと言われてしまったビルは、遠い目をしながら心の中で『現実って恐ろしい』と何回も唱えている。リシルの使った陣形術は、普段から色々な陣形術を見ている2人ですらも見た事が無い類の術式だったからだ。
普通、空を飛んだりする場合は、翼竜やペガサスなどの魔獣を使用する。間違っても、自力でなんて事はしないものなのだ。
『目がおかしくなった訳じゃないのか…』なんて事も考えているビルに、『分かる…その気持ち分かるわ』とでも言うような視線を向けていたユメルダは、リシルへの説教を聞いて居た時に思った事をレオナールへ言う。
「あの『3回目』と言うのは?」
そう聞いてきたユメルダの方に一回視線を向けると、またリシル達の方へ視線を戻し、なにか思い出したのか懐かしそうに目を細める。
「そうだな……、リシルが4歳の時だったな1回目は。あの時はまだリシルも、魔力の暴走をよくしていた時だった。俺が久しぶりにこっちの屋敷に帰って来た時リシルは外を眺めていたのか、たまたま窓際に立っていてな。声をかけたんだ。 そうしたら、リシルは気付いて窓の下を見た。」
「……それが飛び降りるのと、どう繋がるのです?」
そう思うだろうな。とレオナールは1度うなずき、その時の窓だと言うものを見つめ続きを話しはじめる。
「俺はその時馬に乗っていた。リシルは馬を見るの初めてだったらしく、興味をかなりそそられた様で窓から身を乗り出したんだ。そうしたら……」
そこまでレオナールが話すと、2人とも分かった様で、リティーが結論を言う。
「……落ちたと」
「ああ」
子供は、体より頭の方が重いからな。とあっさり言う。
「その時に発動したのが、あの陣形術だ。初めて見た時は流石に驚いた。……まあ、使った後は魔力の暴走で大変な事になったが。その後、何回も実家には帰ってきてはいるが、そんな事は一度も無かった。だが、半年前帰って来た時、初めてリシルは自分の意思で飛び降りてきたんだ。その時は暴走しなかった」
そこで一旦、言葉を切るとリシルを見つめながら、思いはせる様に話す。
「その後、今まで無かったのに何故かと思ってな。リシルの行動を見て色々考えてみたんだ。それで気づいた、リシルは自分の力をどこまで使っても大丈夫なのか、自分の限界を図っているのだろうと」
「……そんな事、本当に考えているのですか? 確か、もうすぐ六歳と言っても実質五歳でしょう? そんな難しいことなど考えていないのでは?」
信じられないと言うユメルダに、レオナールは言う。それはリシルの事を幼い頃から知っている者にしか分からないと。
「リシルは昔から子供らしくなかった。幼い子は良く泣き、考えなしの行動をして大人達を困らせたりするが。リシルは泣く事が昔から全くと言っていい程なかった。赤子の頃は兎も角、自分で行動できるようになってからは特にだな」
「……それは随分と」
大人びている。そう、続けようとしたユメルダは言葉に詰まる。大人びているの一言で終わらせていいのか分からなかったからだ。泣くことは幼い、特に生まれたばかりの赤子にとって感情を伝えるための大切な行為だ。それが少ない。
ただ感情を伝えるのが苦手なだけの子であれば、心配するようなことではないのかもしれないが、ユメルダから見た今のリシルは感情豊かな子供に見える。
赤子の時は感情を伝えるのが苦手で、大きくなるにつれて苦手ではなくなるなどあるのだろうか? 逆ならよくあるのだろうが……。
ビルは「へ~」と声をあげ、そんな子もいるんだ~。とでも言うようにまじまじとリシルの事を見ていたが、ユメルダはそんな風に気軽に考えられず、何とも言えない表情でリシルを見つめていた。
そんなユメルダを知ってか知らずか、レオナールは話しを続ける。
「リシルは周りの者たちの事を良く分かっている。自分が、魔力の所為で体調を崩したりすると、周りの大人達が必要以上に心配する事もな。だからこそ使う機会が在る時になるべく使い、いつも自分の限界を探しているのだろう」
そう言うと、次の瞬間にレオナールは獲物を探す猛禽類の様に眼を光らせる。
「いざという時のためにな」
『いざという時のため』と言う言葉を使ったときの、レオナール目を見た二人は背筋に悪寒が走るのを感じ、先ほどの思考を一度とめ自然にすっと背筋を伸ばす。この二人の上官であるレオナールは、あまり感情を外面に出す事が無い。
先程の穏やかな慈愛に満ちた眼でリシルを見ていた事にも驚きだったものだ。普段は無表情が多い。しかし、この場所で見るレオナールは、2人の眼には別人に映る。
余程、弟が大切なのであろう。
そして、捨て置けない言葉がある。
「『いざという時のため』とは?」
レオナールから発せられた不穏な言葉に、ユメルダの言葉にも鋭さが入る。
「リシルは、いつも、暗殺者に狙われている」
表情を歪め、不快感をあらわにレオナールは言う。
これに、ビルは驚きを示す。
「暗殺者っすか…! しかし何故?」
「脅威になるからだろう。この国には、優秀な陣形術者が集まっている。一国に上級術者1~3位で、8人程が普通だ。しかし今現在この国には13人も居る。
しかも、その内2人は1位だ。これから上がるのではないかと言われている者もいる」
そう言って、ちらりとフェルマンの方へと、一瞬だけ視線を流す。フェルマンがその噂されている者である。その優秀さと真面目さで、周囲からの人望も厚い。この国では将来を担う者であり、憧れの存在かもしれないが他国の重鎮から言えば面白くない存在である。
仲の良い国ならともかく、そうでない国にとっては特に。フェルマンもそうであるが、リバメンス家自体が面白くない存在なのだろうとは簡単に想像がつく。
「今でさえ、一国に力が集まり過ぎているのに、史上最強の術者になるかもしれない子供が居る。これ以上力を付けさせてなるものかと思っている他国の暗殺者がかなり頻繁に来ている。幼いうちにとでも思っているのだろう。まぁ、皆返り討ちにしてはいるが……」
はぁ、と溜息を吐く。
他国だけに気を付ける訳にはいかないのだと。そう言って。
「少し前から分かっていた事なのだが、暗殺者の中にこの国の者に雇われている者が居た」
2人とも驚きに目を見張る。
「何故っ!?」
「リバメンス家の事を、面白く思っていない者が居るんだろうな。 そして、リシルはこの事に気づいている。」
ますます限界まで見開かれた目は、2人の驚愕とも取れる驚きを示していた。
まだ幼く、周囲から大切に大切に守られているだろう子がその事を知っているという事に。
「……話したのですか?」
「いや、随分と前から気付いて居た様だ。リシルは殺気等に敏感でな……。何となくではあるが感じていたらしい。訓練もしていないというのに、良く分かったものだ」
「すごいっすね。俺は、感じられるようになったの14の時っすよ。それも、ほんの少ししか感じられなかったですし、これでも同僚の中ではかなり早い方っす」
ほえ~、と驚いている部下を見ながら、レオナールはしっかりと言う。
「リシルは、周りが思っているより精神は大人だ。しかし、それでも子供なんだ。守ってやらなければならない。せめて、大人になるまでは……」
その瞳に映る強い決意は、誰にも変える事は出来ないだろう。
そう誰もが思えるほどその瞳に映る光は誰もが震えるほど鋭く、とても強かったのだ。
☆修正しました!
それなりに増えました!