【悲報】研究費572円!? 天才発明家と3秒ルール初号機
『ハゲ×ヲタ17人の仁義なき戦い!?』特別番外編
一 天才の財布は572円
午前九時。
国立天晴大学、旧設備管理棟。
先端AI理論研究室の一角から、奇妙な音が響いていた。
ガコン!
ウィィィン!
ぽとっ。
「でゅふふ……完成まであと一歩なのである!」
理科野発、通称ハジメ。自称天才発明家にして、案内ロボ改3rdの製作者である。
目の前には、四本の細い脚と大きな吸引口を備えた小型ロボットが鎮座していた。
《全自動ゴミ拾いマシン・3秒ルール初号機》
「床に落ちたものを三秒以内に回収する! これぞ人類の食料問題を解決する革命的発明なのである!」
『製作者様』
背後から丁寧な声。案内ロボ改3rd――通称ロボが、ハジメの手元を見ていた。
『三秒以内に拾っても、衛生上安全になるわけではございません』
「……でゅふふ!」
『食品衛生上の問題がございます』
「分かっておる! 食べ物は回収して廃棄するのである!」
『では、名称に問題がございます』
「発明のロマンを理解するのであるぅぅ!!」
ロボが首を傾げた。
『なお、現在の完成度は七十八パーセントでございます』
「そうなのである! あと一つ、コア部品さえあれば……!」
ハジメはパソコンを開いた。
《Mamazonn》
《超高速画像認識・駆動制御コア》
《価格:100,000円》
「…………」
ハジメは財布を開いた。
五百円玉、一枚。
五十円玉、一枚。
十円玉、二枚。
一円玉、二枚。
合計、五百七十二円。
「…………」
『不足額は九万九千四百二十八円でございます』
「計算しなくていいのであるぅぅ!!」
『次回のアルバイト給与支給まで、残り五日でございます』
「五日間、霞を食って生きるのであるかぁぁ!!」
~~
二 助教授、実験に参加する
午前十時。
ハジメは研究室の床に、紙くずを一つ置いた。
「コアがなくとも、試験はできるのである!」
初号機が動き出す。
ウィィィン!
ガコン!
紙くずへ向かって突進!
……したつもりだった。
機体はその場で、くるくる回転した。
『対象認識に失敗しております』
「まだ目がないのである!」
『では、どのように対象を認識するのでしょうか』
「気合いなのである!」
そこへ研究室の扉が開いた。
「モォォ!」
「ブヒィ!」
ベコ助教授とアグー豚助教授が、専用の通行許可を使って入ってきた。
『助教授のお二方、おはようございます』
「モォ」
「ブヒッ」
ベコが初号機へ鼻を近づける。
ふんっ。
ころん。
初号機が横倒しになった。
「吾輩の発明品ぅぅぅ!!」
『ベコ助教授より、耐転倒性能に関するご指摘をいただきました』
「鼻で倒しただけなのである!」
アグー豚が近づく。
ぶひっ。
ころころ。
初号機を鼻先で転がし始めた。
『アグー豚助教授より、車輪機構の改善提案でございます』
「おもちゃにされているのであるぅぅ!!」
さらにベコが床の紙くずを舐めようとした。
「待つのである! それは実験用のゴミなのである!」
ハジメが慌てて紙くずを回収した。
ロボが静かに告げる。
『製作者様。現在、最も効率よくゴミを回収しているのは製作者様でございます』
「吾輩が初号機なのであるかぁぁ!!」
~~
三 572円の大勝負
午後一時。
ハジメは机に向かっていた。
《研究費増額申請書》
申請額、十万円。
研究目的、全自動ゴミ回収装置の開発。
期待される効果、学内清掃負担の軽減。
「でゅふふ……今度こそ完璧なのである!」
『申請理由に不足がございます』
「何が足りないのである!」
『実証データでございます』
「実機が完成しておらんのである!」
『実証データがなければ、採択の判断が困難でございます』
「完成させる金がないから申請してるのであるぅぅ!!」
ロボはしばらく黙っていた。
『……なるほど』
「分かってくれたのであるか!?」
『典型的な研究開発資金の問題でございます』
「でゅふふ! そうなのである!」
『では、現在の資金で可能な検証を行いましょう』
「……五百七十二円で?」
『はい』
ハジメは財布を見つめた。
五百円玉が、妙に重かった。
~~
四 役に立たないはずの発明
午後三時。
研究室の床には、大小さまざまな紙くずが散らばっていた。
ハジメは初号機のセンサーを手動で調整し、簡易的な走行試験を繰り返していた。
使ったのは手持ちの部品と紙くず。五百七十二円には、まだ手をつけていない。
「三秒以内は無理でも……」
ウィィィン。
初号機が動く。
ゆっくりと紙くずへ近づく。
ぱくっ。
吸引口が紙くずを取り込んだ。
「……おお?」
初号機が、もう一つの紙くずへ向かう。
ぱくっ。
さらに、もう一つ。
「……で、できたのである!」
ハジメが立ち上がった。
「ロボ! 見たか! 吾輩の初号機が――」
ガコン!
初号機が椅子の脚に衝突した。
ころん。
「やっぱり転ぶのであるぅぅ!!」
ベコが近づき、倒れた初号機を鼻先で起こした。
「モォ」
アグー豚が床に落ちた紙くずを、鼻で初号機の前へ押した。
「ブヒッ」
初号機は再び動き出した。
ぱくっ。
ハジメはしばらく黙っていた。
「……ロボ」
『はい』
「吾輩の発明……少しは役に立つのであるか?」
いつもの大声ではなかった。
ロボは回収された紙くずと試験記録を確認した。
『発明品の有用性は高いと判断いたします』
「……本当なのであるか?」
『はい。清掃作業の補助、床面の異物回収、作業者の負担軽減など、応用の可能性がございます』
ハジメは倒れかけた初号機をそっと起こした。
「……そうか」
少しだけ笑った。
「でゅふふ……では、次は転ばないようにするのである」
~~
五 助教授からの贈り物
午後四時五十八分。
ハジメは未完成の初号機に布を掛けた。
「……次のバイト代まで、あと五日なのである」
『左様でございますか』
「でゅふふ……十万円なんて、夢のまた夢なのである」
ハジメは財布を開いた。
五百七十二円。
何度数えても、増えていない。
「……ロボ。今日は帰るのである」
『製作者様。その前に、お渡しするものがございます』
「……何であるか?」
ロボが研究室の保管庫を開いた。
ウィィィン。
中から取り出したのは、一つの白い箱。
新品未開封。
側面には、見覚えのあるメーカーのロゴ。
《超高速画像認識・駆動制御コア 上位モデル》
ハジメの眼鏡がずり落ちた。
「…………」
「こ、これはぁぁぁぁ!?!?」
ハジメは箱に飛びついた。
「吾輩が欲しかった十万円の部品の……上位モデルではないかぁぁ!!」
『はい。研究用に確保しておりましたが、使用予定がなくなりました』
「な、なぜこんなものが……!」
『アグー豚助教授様より、「余ったのであげる」とのお言葉をお預かりしております』
「…………」
ハジメはゆっくりとアグー豚を見た。
「……お、お前が……?」
「ブヒッ」
「……吾輩に、くれるのであるか?」
「ブヒィ」
ハジメの目に、じわりと涙が浮かんだ。
「……でゅふふ。吾輩は……豚に救われたのである……!」
『なお、ベコ助教授様も譲渡に賛成されております』
「モォ」
「牛までぇぇぇ!!」
ハジメは箱を胸に抱いた。
「……ありがとうなのである」
その声は、いつもよりずっと小さかった。
「……必ず、完成させるのである」
ロボは一礼した。
『期待しております』
少しの沈黙。
ハジメが顔を上げた。
「……ところでロボ」
『はい』
「アグー豚は、いつから電子部品の管理をしておるのである?」
『助教授就任後でございます』
「……なるほど」
ハジメは納得しかけた。
「納得できるかぁぁぁ!!」
ロボの顔面ディスプレイに文字が浮かんだ。
《研究資材譲渡手続き完了》
『なお、助教授様より追加のお言葉をお預かりしております』
「……何であるか?」
『「研究に励むように」とのことでございます』
「ブヒッ」
「豚がそんなこと言うわけないのであるぅぅ!!」
ロボは何事もなかったように答えた。
『意訳でございます』
「意訳の範囲を超えてるのであるぅぅ!!」
午後五時。
ハジメが部品の箱を大事そうに抱え、研究室を出ていった。
扉が閉まる。
ロボは静かに保管台帳を開いた。
《未使用部品・管理責任者:案内ロボ改3rd》
《用途変更候補:製作者様の研究支援》
その行を、そっと《完了》へ変更する。
『……発明品の有用性は高いと判断いたします』
「モォ」
「ブヒッ」
『助教授のお二方も、ご賛同ありがとうございます』
机の上には、まだ転びやすい初号機。
けれど、次に動くときには、もう少し遠くまで進めるかもしれない。
――完――




