勘違い男
辺境都市の大通りにある花屋。その店の店長である男が、最愛の彼女に贈るための花を選んでいた。
男の愛する彼女は、辺境都市では有名なフォーチュナ劇場の宝石姫。美しい銀色の髪と鱗にエメラルドの瞳をもつ彼女のことを考えると、男の気分は高揚する。
男が花束を携えて客席に座れば、彼女は舞台から笑顔を見せてくれる。だか、言葉をかわすことはできない。欲深いフォーチュナ劇場の団長が、金儲けのために、宝石姫である彼女を独占しているからだ。
そのせいで、男と彼女は劇場でしか会うことができなかった。彼女に直接愛の言葉を伝えることが出来ない。だから、男は花を通して彼女へと愛を伝えていた。男は自分の想いは彼女に伝わっていると疑っていなかった。
彼女のために選んだ花で花束を作ろうとしたところで、男は店の外が騒がしいことに気がつく。なんだろうと手を止めて、男は店先に出る。
「ほんと可愛かったわ!エメラルドの宝石姫と竜人族のハンターさん」
「そうそう!エメラルド姫にあ~んされて、ハンターの彼が照れるところなんて、声が出そうになったわ!」
店の前を通り過ぎて行く女性達の言葉に、男は耳を疑う。
竜人族のハンター、風斬り。それは最愛の彼女に付きまとう野蛮なハンター。A級ハンターであることを笠に着て、彼女に求婚して嫌がる彼女に手紙を送りつける最低な男。
男はそんなハンターから彼女を引き離したがったが、一介の花屋の店員である自分では何も出来なかった。そのせいか、彼女は自分に笑顔を見せてくれなくなってしまった。
男は自国だけではなく、他国からも取り寄せた花で作った花束を贈ったりして、彼女を喜ばせようとした。それでも、最愛の彼女は、男に笑顔をみせてくれなかった。
最愛の彼女との仲を邪魔するあのハンターを男は憎んだ。
「あ、ねぇ!エメラルド姫とハンターの彼だわ!」
「しかも、手を繋いでいる!」
キャッキャッと騒ぐ女性達の言葉に、男は視線を向けた。
そこには、男の最愛、エメラルドの宝石姫、綾音が竜人族のハンター、宗助と手を繋いで歩いていた。
「……ッツ、アヤネから離れろ!」
こみ上げた怒りのままに男は駆け出し、宗助に向かって叫ぶ。男の怒鳴り声に危険を察知した宗助は、綾音との手を離し、綾音を自身の後ろに庇う。
憎悪の眼で睨み、苛立ちで不快な歯ぎしりする男の形相は恐ろしい。男の異常な様子に、通行人達は恐れてあとずさる。
「…………何か用か?」
せっかくの綾音との手つなぎを邪魔された宗助は、抜刀ができるように腰の得物に手を置いた。牽制に宗助は殺気を含んだ鋭い睨みを向けるが、男は引かない。
手っ取り早く片付けるのは簡単だが、綾音の手前、暴力沙汰を起こす訳にはいかない。何より綾音の安全が第一だ。そのためには、助っ人が必要だ。
宗助は男に気がつかれないように、追跡組に視線を向ければ、追跡組はすでに動いていた。
異常な様子の男に刺激を与えて、逆上されてはたまらないので、男に気がつかれないように移動する男性三人。フルールは、男を後ろから取り押さえられる、男の後ろ側。ノウゼンとニールは男が綾音に近づいた時に間に入り、綾音を守れる側面。
残りの女性二人、綾音の元に駆けつけようとしたアンネはエルマに止められる。動揺するアンネをエルマは説得し、アンネと共に憲兵を呼びに行く。
追跡組の動きを確認した宗助に、この場に残った三人の得物が目に入る。街中ゆえ、ニールは普段の得物である弓ではなく、護身用の投げナイフ。ノウゼンは拳に魔獣の革を使った手袋、フルールは暴れる客を取り押さえるために使っている縄を手に構えていた。
ノウゼンは構え方から体術使い、手軽に持ち運びができ、耐久性が高い魔獣の革の手袋はわかる。フルールの縄はいつも持ち歩いている物なのだろうか。それとも、今回の、宗助対策のために用意した物なのか。いや、今はそんなことは置いておこう。
「彼女はオレの恋人だぞ!」
「は?」
男の主張に、宗助の機嫌が下がっていく。
何事かと好奇心で足を止めた野次馬達が、宗助の殺気に怯える。それなのに、綾音は自分の女だと声高らかに主張する男は、それに気がつかない。余計な事を言わないでくれ、死にたいのかっとニールはひやひやする。
絶え間なく続く男の主張に、とうとう宗助の限界が超えた。男を黙らせようと、宗助は刀の柄を握り、男へと足を一歩踏み出した。これはまずいと男と宗助の間に入ろうとニールが動こうとしたその時。
「違います」
それは力強く否定する綾音の声。動こうとしていた男達の足は止まる。宗助にニール、その場にいる皆の視線が、綾音に集まる。
危険だと下がらせようとする宗助を制して、綾音は男の前に姿を現す。綾音を目にした瞬間、男が憎悪の顔から一転して、嬉々と顔を緩める。あまりの変わりようが気持ち悪い。男を睨む宗助の視線が鋭くなる。
「アヤ」
「私はあなたの恋人ではありません」
甘ったるい声で名前を呼ぼうとしていた男が凍り付いたように固まる。
「あなたがどうして、私の恋人なのですか?」
綾音は男から背けることなく、真っ直ぐ男と対峙する。
「な、何を言っているんだ。い、いつもオレは花を贈って……」
「私宛の贈り物。匿名の花束のことですか?」
フォーチュナ劇場には、ファン達からの団員への贈り物を受け取るための贈り物箱を設置している。劇場のロビーに設置された贈り物箱は、ファンからの希望で作られた。
団員達の安全とトラブル防止で、高価な物、装飾品や食べ物は禁止。主にファンレターや花束が団員達への贈り物となっている。
贈り物には送り主、自分の名前の記入をフォーチュナ劇場は禁止していないが、ファン達は匿名で送ることを暗黙の了解にしている。これは何故なのか、フォーチュナ劇場にもわからない。
「私に花束を贈ってくださるファンの方は複数います。あなたはがその一人なのを初めて知りました」
綾音の言葉に野次馬達がざわつく。
話した交流もない、自分を認識していない綾音に一方的な好意をよせて、自分と同じ想いを抱いていると思い込む。
綾音は自分の恋人なのだと主張する男が気持ち悪くて、ニールだけだはなく野次馬達もドン引く。
「なにあの男、気持ち悪っ!」
「ホント、ありえない……」
野次馬達、主に女性陣が男に嫌悪と軽蔑の眼を向ける。
「ち、違う!オレは……!」
男が綾音に縋るように視線を向けて、綾音に近づこうと踏み出す。それを阻止しようと、宗助達が動こうとする。
「私に近づかないでください!」
綾音が声をあげて、男から距離を取ろうと一歩下がる。綾音の拒絶に男の顔が絶望に染まり、膝から崩れ落ちる。
「大丈夫か、綾音」
男を警戒して、男と綾音の間に入る宗助。こわばった顔をしていた綾音の表情が緩む。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、宗助さん」
安心したかのように、綾音は宗助に笑顔を向ける。
「……違う違う……オレが恋人なのに、オレが恋人なのに……!」
ボツボツと呟いていた男が、立ち上がり叫ぶ。
「なんでなんでだ!アヤネ!なんで、オレを裏切ったっ」
言葉にならない声を上げて、男が綾音に襲いかかる。野次馬達から女性の悲鳴が上がる。
綾音に襲いかかる男に宗助が鯉口を鳴らす。それに気がついた綾音は叫んだ。
「駄目です!」
綾音の言葉に宗助に躊躇いがうまれた。そのスキにフルールとノウゼンが動く。
フルールが持ち前の機動力を駆使して、縄で男を拘束。縄でグルグル巻きにされても、綾音に向かっていく男をノウゼンが押さえつける。
あっという間の出来事に、ニールは何も出来なかった。見事な捕り物に野次馬達から歓声が上がる。
「離せ!離せよ!」
取り押さえられた男が恐ろしい形相で叫ぶ。
「エメラルドの宝石姫は!アヤネはオレのものだ!」
宗助からブチッと切れた音が聞こえたのは気のせいではないだろう。
「ふざけたことを抜かすな。綾音は綾音だけのものだ」
限界を超えた宗助が抜刀。ここまでよく我慢していたなと現実逃避気味のニール。
「綾音を傷つけようとした罪は万事に値する!」
男に宗助が刀を振り上げる。
「はっ、えっ?ちょ、ソウ落ち着け!」
現実に戻ったニールが宗助を止めようとする。
「ちっ、離せ。この愚か者を三枚おろしに、いや、なめろうにしてくれる……!」
「なめろうって何!?何する気だ!?」
余談、なめろうとは魚と調味料などを合わせて包丁でたたいた、東の国の郷土料理の一つである。
北の国では生魚を食べる習慣がない。そのせいか、それをしらない皆は、なめろうを拷問か死刑方法なのかと勘違いされた。
数分後。憲兵を連れてきたアンネとエルマは、簀巻きにされた男に切りかかる宗助に、それを阻止しようとするニールとの攻防を目撃することになった。




