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あの日の君へ  作者: 凛花


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第三話 あの頃



私たちは、海と山に囲まれた小さな田舎町で育った。


娯楽なんてほとんどない町だったけれど、あの頃の私たちには、それで充分だった。


私と慶ちゃんが出会ったのは、幼稚園の頃。


慶ちゃんのお母さん、梓さんは町で一番大きな病院の看護師をしていて、シングルマザーとして慶ちゃんを育てていた。


昔、この町で映画のロケがあったことがある。


舞台になったのは、梓さんの働く病院だった。


その時、梓さんは慶ちゃんのお父さん——青嶋丈一郎と出会った。


当時の私は、そんな大人たちの事情なんて何も知らなかった。



「ねぇ、一緒に遊ぼう?」



病院の近くの小さな公園。


砂場で一人遊んでいた男の子に、私は声をかけた。


「お母さん待ってるの」


そう言って、慶ちゃんは黙々と砂の山を作っていた。


入院していたおばあちゃんのお見舞いに来ていた私は、暇を持て余していた。


それが、慶ちゃんとの最初の出会いだった。



それから私たちは、いつも一緒だった。


小学生の頃は、毎日みたいに遊んだ。


近所の公園。


山の中に作った秘密基地。


夏祭りでは一緒に金魚すくいをした。



慶ちゃんは昔から目立つ男の子だった。


足も速いし、顔も良いし、バレンタインには毎年女子が騒いでいた。


でも本人はそんなこと全然気にしてなくて、いつも私の隣でくだらないことで笑っていた。



中学生になると、少しずつ周りの空気が変わった。


「鈴原と成瀬って付き合ってんの?」


そんなふうに言われるようになって、一緒に帰るだけでも少し恥ずかしくなった。


それでも結局、毎日一緒に帰った。


慶ちゃんの自転車の後ろに乗って、いろんな場所へ行った。


夕焼けの田んぼ道。


夏の川。


風の匂い。


ただ一緒にいるだけで、楽しかった。



初めて「好き」と言い合った日。


嬉しいのに恥ずかしくて、二人してずっと笑っていた。



中学校の修学旅行。


実行委員になった私は、修学旅行のしおりを作った。


行き先、集合時間、地図、注意事項。


みんなが見やすいように、分かりやすいように、何度も作り直した。


「すげー!めっちゃ見やすい!」


完成したしおりを見て、慶ちゃんは誰より嬉しそうに笑っていた。


その笑顔を見るのが好きだった。



——修学旅行二日目。


原宿自由行動の日の夜。 



「なぁ、聞いた!?」


お風呂上がりの男子たちが、やたら騒がしい。


「原宿で成瀬、スカウトされたらしい!」


「え!?すご!」


女子たちまで一気に盛り上がる。


「芸能事務所!?」


「やばくない!?」


「俺今のうちにサイン貰っておこうかな!」



騒がしい声が飛び交う中、私は少し離れた場所から慶ちゃんを見た。


慶ちゃんは困ったように笑っていた。


「いや、なんか名刺渡されただけだし」


「いやいや絶対すごいって!」


「東京行ったら芸能人じゃん!」


みんながはしゃぐ。



私は——どんな顔をしていたんだっけ。


嬉しかった?


誇らしかった?


それとも。



あの日から、少しずつ何かが変わり始めていたのかもしれない。



「……東京の高校、行くことになった」


「事務所の人が、学費も寮費も全部出すからって。レッスン費用も。」


将来の進路でみんながそわそわしだした頃。


2人で帰っていた時。


そう言った慶ちゃんの視線は揺れていた。


胸の奥が、少しだけ冷たくなる。


なのに私は笑って、


「……すごいじゃん」


としか言えなかった。



中学校の卒業式の日。


クラス会を抜け出して、2人でカラオケに行った。


東京の高校も、住む場所も、もう決まっていた。


慶ちゃんと地元で過ごす、最後の時間だった。


「安田の歌、ズレてたのわかった?」


「うん。女子のパート歌ってたよね」


「沢田先生泣いてたな」


「あれ、もらい泣きしそうになったね」


いつものようなたわいもない話題。


クラスメイトの話。


先生の話。


「……東京行っても、毎日電話する」


「うん」


「ちょくちょく帰ってくる」


「……うん」




あの日、慶ちゃんが歌っていた歌は、今でも街で流れると足を止めてしまう。








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