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転生したら魔王の乳母だったので、全力で育児をします!

転生したら魔王の乳母だったので、全力で育児をします!(短編)

作者: 氷桜 零
掲載日:2026/04/10


――赤ん坊の泣き声が、世界を揺らした。


「ひっ……!?まただ!魔王様が泣いておられるぞ!」


「急げ!このままでは城が崩壊する!」


「誰か、なんとかしてくれー!!」


黒い城の廊下を、魔族たちが右往左往していた。

天井から石が落ち、床が震え、壁にひびが走る。


原因はただひとつ。


魔王の揺籠の中央で、小さな赤ん坊が大声で泣いている。


黒い髪。

赤い瞳。

額には小さな角。


――魔王ルシエル、生後3ヶ月。


泣くたびに魔力が暴走し、周囲が爆発する災害級ベビーだ。


「ど、どうすれば泣き止むんだ……!?」


「抱っこしたら腕が吹き飛んだぞ!」


「ミルクをあげようとしたら鍋が爆発した!」


魔族の幹部たちが半泣きで叫ぶ。


……え、これが新しい魔王?


私は呆然と立ち尽くしていた。


私は確か……日本のブラック企業で働いていたはず。

頭がズキズキする。

どうやら、魔王のギャン泣きで落ちてきた天井に、頭をぶつけたらしい。

そこで、前世の日本の記憶と、今世の魔族としての記憶が、ぐるぐると頭を駆け巡る。


いやいやいや、えー……

これ、よくある異世界転生パターン??

しかも、なぜか魔族。

どうして魔族?


……って、そんなことは、今はどうでもいいや。


先ほどから、赤ん坊の泣き声が胸に突き刺さってくる。


「……あ」


私は気づいた。

この泣き方、知ってる。


前世で保育士を目指していた頃、何度も聞いた助けを求める泣き声。


そっか……

怖いんだ……


魔族たちが騒ぎ、爆発が起き、誰も近づけず、赤ちゃんはただただ不安で泣いている。


私はゆっくりと近づいた。


「お、おい!危ないぞ!近づくな!」


「魔王様の魔力に触れれば死ぬぞ!」


魔族たちが必死に止める。

でも私は、赤ん坊の涙を見てしまった。


……放っておけるわけないでしょ。


私はそっと、赤ん坊を抱き上げた。


「大丈夫。怖くないよ」


ポンポンと背中を叩きながら、ゆらゆらと揺らす。


その瞬間――

暴走していた魔力が、嘘みたいに静まった。


城の揺れが止まり、空気が落ち着き、赤ん坊はぴたりと泣き止んだ。


そして、小さな手で私の服をぎゅっと掴んだ。


「……ぁ……」


赤ん坊が、初めて安心したように息を吐く。


魔族たちは全員、口を開けて固まった。


「……な、泣き止んだ……?」


「魔王様が……抱っこで……?」


「ありえん……!あいつは何者だ……?」


私は赤ん坊の頭をそっと撫でた。


「よしよし。怖かったね」


赤ん坊は、私の胸に顔をうずめて眠り始めた。

その瞬間――

魔族たちが一斉にひざまずいた。


「ぜひ、乳母になってくださいっ……!」


「どうか魔王様を……お育てください……!」


「あなたこそ、魔王軍の救い……!」


私は思わず叫んだ。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


こうして私は、あれよあれよという間に、魔王の乳母になることが決定した。


魔王ルシエルを抱いたまま、私は呆然としていた。

さっきまで暴走していた魔力は、嘘みたいに静かだ。

赤ん坊は私の胸に顔をうずめ、すやすやと寝息を立てている。


……かわいい……


いや、違う。

可愛いとか言ってる場合じゃない。


私は魔王を抱いている。

世界を滅ぼす存在を、抱いている。

でも――


「乳母殿……!」


魔族たちが一斉にひざまずいた。


「どうか……どうか魔王様をお育てください……!」


「あなた以外に、魔王様を抱ける者はいないのです!」


「魔王軍の未来は、あなたにかかっております!」


いやいやいや、重すぎるでしょ!?


私は慌てて赤ん坊を抱き直した。


「ちょ、ちょっと待って!私、平民ですよ!?魔王の乳母なんて、無理に決まって――」


そのとき。

玉座の奥から、重い足音が響いた。


「静まれ」


黒い鎧をまとった男が姿を現した。


魔王軍第一騎士団長、黒騎士ゼファードだ。


鋭い赤い瞳が、私を射抜く。


「お前、名は?」


「ミ、ミリアです……」


「ミリア……?いや、気のせいか……。ゴホンッ、お前は魔王様の魔力を鎮めた。それは高位貴族の魔族でも成し得ぬ奇跡だ」


ゼファードはゆっくりと跪き、頭を垂れた。


「どうか……魔王様の乳母となっていただきたい」


え、騎士団長が土下座寸前なんだけど!?


私は慌てて手を振った。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私、ただ抱っこしただけで――」


「その抱っこが、できる者がいないのだ」


ゼファードの声は真剣だった。


「魔王様は泣くたびに魔力が暴走する。誰も近づけず、誰も触れられず……このままでは、魔王様は孤独のまま」


……孤独


胸が痛んだ。


ルシエル様は、眠りながら小さな手を伸ばし、私の服をぎゅっと掴んでいる。


この子……

ずっと、誰にも抱かれなかったんだ。


魔族たちは恐れて近づけない。

触れれば爆発する。

泣けば城が揺れる。

だから、誰も抱けなかった。


そんなの……あまりにも可哀想だよ。


私はそっと赤ん坊の頬を撫でた。


「……大丈夫。怖くないよ」


ルシエルは小さく息を吐き、さらに私にしがみついた。

それが、決定打となった。


「……わかりました」


魔族たちが息を呑む。


私は静かに言った。


「私が……この子を育てます」


玉座の間に、ざわめきが広がった。


「乳母殿……!」


「魔王軍に光が……!」


「これで魔王様は闇落ちせずに済む……!」


ゼファードは深く頭を下げた。


「恩に着る、ミリア。魔王軍は、お前を全力で守ろう」


守られる側になるの、人生で初めてかも……

だって、前世も、今世だって……

いや、今世はちょっと……色々アレだったけど……


私は赤ん坊を抱きしめた。


「ルシエル様。あなたはひとりじゃありませんよ」


赤ん坊は、眠ったまま頬を緩めた。

その笑顔を見た瞬間、私は確信した。


――この子を、絶対に闇落ちさせない。


たとえ魔族の世界でも。

たとえ人間の敵でも。

たとえ世界を敵に回しても。


私は、この子の乳母だ。

私は、最後の最後まで、この子の味方だ。









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