破滅予定の悪役令嬢は一年だけ自由に生きる
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※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
悪役令嬢に転生する物語はよく読んでいた。
主人公は総じて、自分の見にふりかかった転生という現象に驚愕し、慌てふためいていた。
何番煎じかは分からない。
けれど、確かに。
我が身にふりかかると驚愕と困惑である。
窓の外から聞こえてくる鳥のさえずり。
揺れるカーテン。
夢じゃないかなあ。夢かもなあ。
まあ夢だとしたら、どんだけこの作品好きなんだって話になるけど。
「はぁ……」
盛大な溜め息を吐く。
どうせ、婚約破棄されて断罪されて破滅する運命だ。
「……どうせなら破滅する前に、やりたいこと全部やってやろ」
ベッドから降りて、まず鏡に映る自分を見る。
ブロンドの髪に、少しつり上がった目。
瞳は紫。うん、非現実的。
前世と同じく黒髪がよかった。黒好きなのに。
否、でもヒロインみたいにピンクよりマシか。うん。
次いで、ぐるりと室内を見回す。
豪華な天蓋付きベッドに、重厚な家具。
知的好奇心が勝ってしまうのは仕方ない。
「この世界のドレス着てみたいけど、クローゼットは別室だな」
ウェディングモデルのバイトで着たことのある現代のドレスとは全く別物だろうきっと。
重いんだろうなあ。生地もパニエも。
あ、コルセットは嫌だな。
ちらり、横目でベッドテーブルに鎮座するベルを見やる。
アレを鳴らせば来るんだろうな。
この身体は、WEB 小説『これを愛と呼ぶなら』に登場する悪役令嬢──セレニティ・ヴィッカーズのもの。
物語の舞台になった、ウォルステンホルム国の王太子──ダニエル・ウォールステンの婚約者だ。
この際、転生か憑依かは関係ない。
今、身体の主導権を持っているのが"私"であることが最も重要である。
シナリオは平民ヒロイン──アンジーが王太子と恋に落ち、王妃へと上り詰める、王道のシンデレラストーリー。
14歳で入学し、17歳で卒業する国立学院。
そこで、最高学年になった王太子と新入の特待生であるヒロインが出会い、王太子が卒業するまでの一年間で愛を育む。
セレニティは悪役令嬢として二人の愛の障害となり、卒業パーティーで婚約を破棄されフェードアウトするのだ。
入学式から既に一ヶ月。
出会いのシーンは終わり、悪役令嬢の出番はまだ少し先だ。
断罪まで、およそ一年。
(この一年間を、どう楽しもうか)
ヒロインを虐めるなんて面倒なこと、やる気はサラサラない。
悪役令嬢なんていう面倒な役割は放棄するに限る。
婚約者もどうでもいい。
それよりこの国の文化や食べ物を調べて、好きなことをして過ごすほうがよっぽど有意義というもの。
「……さて、まずは何から始めようか」
窓に向かって歩き出す。
開け放った窓から、庭園の緑とその奥に街並みが広がる。
うん。いい天気。
軽く食事をして出掛けるのもいいかもしれない。
心が浮き足立つ。
ベルに手を伸ばし、軽く振れば。
少しして専属侍女の一人、カミラが入室してきた。
「おはようございます、お嬢様」
「今日は出掛けるわ。街歩き用の服と軽食を持ってきて」
「かしこまりました」
カミラが戻ってくるまでの間に洗面室に入り、鏡に向かう。
水の流れる澄んだ音が部屋に響き、石けんの優しい香りが鼻腔をくすぐる。
顔を洗い終えると、丁寧口をゆすぐ。
「お嬢様、お支度が整いました」
カミラからタオルを受け取り、促されるまま鏡台へ。
身支度を整えてもらい、馬車に乗り込む。
ワンピースはコルセットがない分、楽でいい。
馬車の窓から見える景色は、前世でよく見たヨーロッパの町並みによく似ていた。
石畳の道、レンガ造りの建物、そして行き交う人々。
馬車の揺れは心地よく、遠くから聞こえてくる楽器の音色に耳を傾ける。
「お嬢様、どちらへ参りますか?」
「そうね……まずは、市場に行ってみましょう」
巡った市街地は外国に来たみたいで面白かった。
露店商など、そう見られるものではなかったし、売られているものも見慣れず目を引く。
けれど流石に食べ歩きする気にはなれなかった。
貴族も赴くような店舗ならいざ知らず、ただの露店。
公衆衛生が気になるし、高位貴族となったこの身が食中毒にでもなってみろ。
物理的に死ぬ。
私ではなく、店主が。
軽く他人の命が天秤の反対側に乗ることに気付いてしまえば迂闊なことはできなかった。
市場で嗅いだ、あの香ばしい焼きたてのパンの匂いを思い出す。
結局、あの日以降も露店で何かを食べることはなかったけれど。
市場での唯一の購入品となった安っぽいガラスの青い小鳥が、一番のお気に入りになったんだったわね。
そういえば、机の上に置いてきたガラスの小鳥はどうなるのだろうか。
カミラが持っていてくれると嬉しいのだけれど、安物だから捨てられてしまうかしら。
私は数えきれないほどの贅を尽くしてきた。
王宮の晩餐会で出される、宝石のように飾り立てられた料理。
領地から献上される、瑞々しい季節の果実。
けれど、どれほど喉を通しても、私の心は満たされなかった。
毒見を介し、作法に縛られ、常に誰かの視線に晒されながら咀嚼するそれは、私にとっては“栄養“でしかなく、あの日市場で嗅いだパンの匂いのような“生“の熱を持っていなかったから。
だから一年間、好きに生きることにしたのだ。
市場や職人街の見学は序の口。
領地のワインを飲み比べたり、禁書庫に忍び込んだり。
ダンジョンへ潜ってみたり、まったく新しいスタイルのドレスを考案して財を尽くしてみたり。
王妃教育の時間さえ、私にとっては知らないものを学ぶためのただの余興。
他国へ旅行ができなかったのは残念だけれど、行けるところは行けたので良しとしよう。
結局、私はこの世界を、ガラス越しに眺めていただけだったのかもしれない。
手元に残ったのは、あの青いガラスの小鳥だけ。
冷たく透き通るその鳥は、自由を求めて羽ばたくことも、腹を空かせて鳴くこともない。
ただ、壊れる時を待つ私自身の姿そのものだった。
季節が巡り、窓の外の緑が色褪せ、冷たい風が吹き抜けるようになる頃。
“一年間の自由行動“という名の猶予は、音もなく終わりを告げた。
──それが、今日だ。
「……セレニティ・ヴィッカーズ。何か言い残すことはあるか」
冷ややかな王太子殿下の声が、私の意識を現在へと引き戻した。
目の前には、震えるヒロインの肩を抱く彼と、私を断罪する文官たち。
ああ、そうだ。
私は今、処刑台ならぬ“破滅“の壇上に立っているのだった。
「いいえ、殿下。謹んで、婚約破棄をお受けいたします」
私が差し出された銀の杯を手に取ると、周囲に動揺が走る。
彼らは知らない。
これが、王妃教育という名の呪縛から逃れるための、私なりの卒業式だということを。
国家の裏側を知りすぎた、元・次期王妃。
野に放たれる自由など、最初から用意されていない。
ならば、惨めに縋り付くよりも、最高のドレスを纏い、背筋を伸ばして、自ら幕を引くのが私らしい。
(一年間、やりたいことは全部やったもの)
喉を焼く苦み。
遠のく意識の中で、最後に見えたのは、あの日の市場の青い空。
そして、硬質な音を立てて砕け散る、あの青いガラスの小鳥の幻影。
「……なかなかに、面白い人生だったわ」
体勢が崩れて膝をつく、その瞬間まで。
私は“セレニティ・ヴィッカーズ“として、微笑みを絶やさなかった。
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