冒険者ギルドファスフォリア支部ギルドマスターグラス
ようやく戻ってきた日常。国の南部へと向かう次の旅の計画を考えながら、〈チェリッシュ〉は毎日開店してお客の注文を聞いたり、新作の発明をしたり。ジェマは充実感のある日々を送っていた。
「ジェマ! 大変だ!」
そこに駆け込んできたシヴァリー。騎士の勲章とも言える青いマントには焼け焦げたような跡が残っていた。
「どうしたんですか!」
「例のコマスで作られた人造魔物の群れが森に現れたんだ。遭遇した冒険者たちが負傷して帰還したことで騎士団にも出動命令が出た。第2王子の命令で私たちも動くことにはなったが、なかなか厄介な相手でな……っと、説明は後だ。火傷薬は作れるか? 神殿の常備薬は高くて冒険者や俺たちみたいな金のない騎士には手が届かない。今は冒険者のワンドマスターや白魔術師たちが治療をしてくれているが、手が足りないんだ」
「火傷薬ですか……あ、ちょうど良いのがあります。すぐに量産しますから、その人造魔物のこと、できるだけ詳細に教えてください」
「分かった」
ジェマはシヴァリーとジャスパー、ジェットと共に作業場に駆け込む。そこで取り出したのは、ボアレットの養蜂家、ムジカから買ったハプテシロップ。ハプテシロップをろ過すると食用になる。けれど今回は薬にするためにろ過せずにヒールコットンの粉末を混ぜる。
ヒールコットンの粉末ははちみつや水には溶けにくい。けれど傷口にある体液に触れると溶解して傷を癒す効果が生まれる。
「私たちが戦ったのは、ファイヤーアーサスを元にした人造魔物が5体。普通のファイヤーアーサスでも我々の部隊で一度に2体までの討伐が限界と判断するくらい強い魔物だ」
ファイヤーアーサスは自らの身体を炎で包み込んで身を守る体長2メートルから4メートルにもなることがある巨大な魔物。炎で身を守っていることもあって、近距離の攻撃に弱い。一方で遠距離の攻撃はその巨体からは想像できないほどの素早さで避けられてしまう。
「ファイヤーアーサスの背中と腹に、人間の腕が無数に生えているんだ」
「腕が?」
その想像もつかない姿にジェマは手を止めずに眉を顰める。
「ああ。腕には防火の魔術が掛けられているようで燃えることはない。ファイヤーアーサス自身がコントロールしているわけではないようだったけど、奴らが苦手としているはずの近距離の攻撃を見事に防いでみせたよ」
シヴァリーはそのときの様子を思い出しているのか、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「嫌な姿だった。腕の長さも均一じゃない。男も女も、大人も子どもも関係なく接合されていた。趣味が悪いのは、生きていた頃の刺青とか結婚指輪とか、全部そのままなんだよ。それが意思をもって動いているなんて、恐ろしすぎるだろ」
吐き捨てるような声に、ジャスパーは怒りを込めた息を深く吐き出した。
「道理に反し過ぎている。命に対する冒涜だ」
「今の話から考えると、ファイヤーアーサスの中には寄生型の魔物も融合されているでしょうね。ファイヤーアーサスは身を守る炎に絶対の自信がありますから、腕を防御に使うという習性がありません。そもそもないものを魔物に学習させることは無理に等しいです。融合の研究をしていたなら、そこに行きついても不思議はありません」
ジェマの冷静な分析に、シヴァリーは吐き気を抑えるように口元を手で覆った。
「その人造魔物は討伐されましたか?」
「いや、一度森へ戻ったようだ。こちらも負傷者が大量にいるから、一度体勢を立て直すために引いた」
「つまり、いつ戻って来てもおかしくない、と?」
「ああ。この森で暮らしているジェマたちと第2王子は特に危ない。可能なら一時避難をしてもらいたいところではあるんだが」
シヴァリーは苦笑いを浮かべる。ジェマたちも、ヒュプノスも。例え相手が人造魔物であっても負けるような人たちではないと知っている。騎士たちが苦戦する相手をいとも簡単に倒してしまう警護対象たちを前に常識は通用しない。
「そうですね。お店と父のお墓を守らないと」
「そうだった。ここにはスレイもいるからな。そう簡単にはやられないか」
その言葉にジャスパーは首を横に振る。どれだけ強くても、未知の力の前にどれほど対抗できるか分からない。
「過信してはいけない。ここと第2王子の住む別荘の警護を増やした方が良い。それか、さっさと討伐することだな」
「討伐作戦に参加してもらうことはできますか?」
シヴァリーの唐突な言葉にジャスパーは眉を顰める。
「ふざけているのか? ジェマは冒険者じゃない。道具師だ」
「ですが、確実に私たちより強いと言えます。それに、ジャスパーさんやジェットにも手伝ってもらうことができれば……」
「ダメだ」
ジャスパーがピシャリと拒絶する。ジャスパーにとって、最優先事項はジェマを守ることだ。自ら戦場へ行くことを良しとは言えない。
「もしもそっちが第2王子を戦場へ引っ張り出せると言うなら考えてやる」
ジャスパーの睨みに怯んだシヴァリーは、言葉を発することができなかった。




