3
ヒュプノスは早速自らが行ってきた魔法の訓練を記したノートを取り出す。少年らしい文字に、シヴァリーが思わずニヤけるとギロッと睨みつける。
「なんだ?」
「い、いえ」
「ふん。どうせ誰も読まないと思っていたんだ」
拗ねたような口ぶりに、威圧感は消える。ヒュプノスのノートを読み込むジェマをしばらく眺めていたヒュプノスは、ハナナにも1冊の本を手渡した。
「ドルゲが影渡をして禁書庫から持ち出してくれたものだ。僕はこれを読んで全てを知った。後で読んでみると良い」
ハナナはちらりと本を開いて、すぐに閉じる。シヴァリーに目配せをすると、シヴァリーはジャスパーに頷いた。3人が探していた重大な証拠。
「色々と噂は立っているみたいだが、まあ、今のところは不要なものだ。万が一のことがあれば、返してもらうけどね」
ジェマもそちらがほんの少し気になったけれど、やっぱり目の前の魔法の方が興味深くて面白い。平民には不要として明かされてこなかった魔法の原理。その全てはイメージ。ヒュプノスが自ら調べ上げたとは思えないほど緻密で膨大な知識にウハウハしていた。
「王位を望むこともある、と?」
シヴァリーが失礼を承知で聞くと、ヒュプノスは優しく微笑んでジェマを見つめる。
「それが必要だと思ったときには、ね」
認められない兄妹。母である王妃から疎まれる者同士。ヒュプノスが親近感を持つことは不思議ではなかった。孤独の中で、親近感はやがて執着に。そして、説明しがたい感情へと変わっていった。
「僕はね、自分と、自分が大切だと思うもののためなら王になる覚悟はある。実際、兄上に王が務まるとも思っていない。だからこそここで学んでいるわけだしね」
王女によく似た第1王子が王位に就くことを望まない意見は多い。けれど全く知らない第2王子を支持するのも、なんて声はよく聞くものだった。
ヒュプノスはこの場所で、誰にも知られることなくマナーや国政、歴史、隣国との交易など、書物や城から拝借してきた書簡を見て学べることは全て学んだ。後は実際に人を見て学ぶだけ。
実際、第1王子を凌ぐだけの知力と才、努力を持っていた。
「僕はね、王妃や第1王子、第1王女に疑問を抱く民たちは好きだよ。国に関心を向けて、国の未来を案じる民が幸せになることを願っている。僕が嫌いなのは王妃と兄上、第1王女だけだ。国王が僕の力を認めてくれるなら」
ヒュプノスは窓の外の空を見上げる。眩しいそこには、闇がない。
「人を惹きつける光にはなれなくても、人々を団結させる闇にはなれる」
王は光をもって民を導く。一方で、半分ほどの確率で生まれる闇属性の王は脅威として民を纏めていく。それは暗に魔力が惹きつける性質の違いなだけ。
歴史書には闇属性の王であっても民を想い、言葉を通わせ、共に国を作りあげた記録も残されている。結局は、人望と人柄だった。
「これ、どういうことですか?」
そんな真面目な話なんてそっちのけ。ジェマは魔法に目を輝かせてヒュプノスを見る。ジェマの好奇心に満ちた眼差しに微笑むと、そっと隣に腰かけた。
「これはね、精霊が扱う魔法から得た知見なんだ。精霊たちは詠唱をするだろう? 実際、魔法は詠唱がなくても発動できる。けれどそこに詠唱を添えることによって、より強固なイメージを作ることができるというわけだ」
「必要ないけどあったら良い。なるほど、そういう意味でしたか!」
2人は肩を並べてノートを覗き込み、知識を共有していく。闇に閉ざされた屋敷の中に差し込む僅かな光に照らされて、闇属性の兄妹は心を通わせていく。お互いに、好きな物を大切に抱えて。
「もし、王妃が我儘じゃなかったら」
シヴァリーは思わず呟いた。もしも王妃が慣例通りにジェマを第1王女としていたら。ヒュプノスが幽閉されていなかったら。
この生真面目で好きなものに真っ直ぐな兄妹は、きっと王宮の一室でこうして肩を並べて勉学に励んでいたのだろう。
けれど一方で、ジェマが魔道具と出会ったのは王妃が捨てたからで、ヒュプノスが魔法の才を極めることができたのも王妃がこの別荘に幽閉したからで。全く同じ光景が見られたのかは、分からない。
「運命ってやつなのかもな」
ジャスパーはシヴァリーの考えを見透かしたように呟く。ジェマが王宮にいたら、ジェマとジャスパーの出会いもない。ジャスパーはあの日、あのまま森の中で弱っていき、いつものように他の精霊たちの力を借りて蘇生したかもしれない。
全てが偶然で、偶然の糸が絡まり合って今がある。
ジェマだけが何も知らないまま、ヒュプノスの知識に驚き、喜び、仲を深める。
ヒュプノスは少し寂し気に、けれど嬉しそうに会話を弾ませ、自らの知識を語る。悲しくも、温かい時間だった。
「ジェマ、そろそろ夕暮れだ」
ジャスパーの声にジェマはハッとした。まるで子どもと父のような姿にヒュプノスは小さく笑う。
「ジェマ、もし良かったらまた来てよ。さっき教えた転移魔法で、ね?」
「はい! 絶対にまた来ますね!」
2人は約束を交わし、ジェマたちは帰宅する。洋館に残されたヒュプノスはその背中を見送りながらため息を漏らした。
「契約者」
「はは、はしゃいでいる僕は珍しかった?」
「ああ。だが、幸せそうで安心した」
ドルゲの言葉に小さく笑ったヒュプノスは、その肩を叩く。
「僕たちも夕食にしようか」
「ああ」
ドルゲは小さく笑うと2人でキッチンに向かった。




