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冒険者ギルドのドアノブにユウの手が掛かる寸前、ドアが勢いよく引き開けられた。
「わっ」
「お、悪い! って、ユウとジェマか! ジェマ、頼む! ハナナがふらふらで……魔力譲渡してやってくれ!」
慌てて入口まで走ったのか、髪型が風で可笑しくなっているシヴァリーが険しい顔つきでジェマの肩を掴む。ジェマが真剣な面持ちで頷くと、シヴァリーはひょいっとジェマを抱き上げて階段を駆け上がって治療室に飛び込む。ぽかんとしながらその様子を見送ったユウも慌てて治療室に向かった。
「ハナナさん!」
シヴァリーに床に下ろしてもらったジェマは急いでハナナに駆け寄る。真っ青な顔でベッドに横になっているハナナ。その隣ではセインが穏やかな顔で寝息を立てるところをアドヴェルが見守り、アベリアが使い果たした魔石を片付けていた。
ジェマは迷うことなくハナナの手を握り、自分の魔力をゆっくりとハナナに流し込む。魔石の魔力と対象の魔力を自分の魔力回路を使って繋ぐことで魔力を譲渡すると、自身の魔力を流し込むよりは負担が小さく、少ない魔力しか持たない者でも魔力制御さえできれば魔力譲渡ができるようになる。
けれど魔力制御にはそもそも魔力を消費する。魔力が少ない者にとっては、短時間の魔力譲渡でも魔力欠乏症を引き起こすほど全く簡単ではない高等技術だ。
緑色の魔力がジェマの手からハナナの手に流れ込む。ハナナはその温もりに優しく微笑み、シヴァリーもホッと息を吐いた。
「ハナナさん、ありがとうございました」
「ふふ、いえいえ」
穏やかに微笑んだハナナは、弱々しくジェマの頭を撫でる。その手に次第に力が戻り、ハナナは魔力欠乏状態からすぐに脱却することができた。ジェマは安堵の息を漏らしながらはにかむ。
「ハナナさんの魔力回路と繋ぐ機会が増えるほど、魔力が流しやすくなっている気がします」
「魔力にも人や魔石によって波長があるような感覚がありますが、それは真実なのかもしれませんね」
ハナナは照れ隠しをするように早口に言うと、ジェマの頭を撫でていた手を下ろしてグーパーと動かしてみる。震えも鈍りもない。すっかりいつものハナナだ。
「すぐにでも剣を振れそうですね」
「頼むから休んでくれ」
間髪入れずにシヴァリーが言うと、ハナナは擽ったそうに笑う。
「分かっていますよ、隊長」
「全く。ハナナもジェマも、無茶しすぎなんだ」
眉を下げたシヴァリーに、ジェマとハナナは顔を見合わせて悪戯っ子のように笑い合う。そんな2人にシヴァリーがため息を漏らしたとき、ガタッと椅子の音を立ててアドヴェルが立ち上がった。
「何、今の……」
信じられない、と言いたげな目が、ジェマを捕らえた瞬間に憎悪を溢れさせる。握り締められた拳がわなわなと震え、鋭い眼差しがジェマを貫く。ジェマは咄嗟にいつもの商売人としての笑顔を顔面に貼り付けた。その表情にアドヴェルはズカズカとジェマに近づいて拳を振り上げた。
「笑ってんじゃない!」
「おい」
振り下ろされた拳は、見えない力によって止められた。雰囲気の変化に治療室に飛び込んできたジャスパーがジェマの目の前に立ちはだかって浮遊魔法でその拳を捕獲していた。
ジャスパーが見えるジェマとジェット、シヴァリー、アドヴェルには状況が把握できていたものの、見えていないハナナとユウ、グラスは目の前の奇怪な状況に視線を彷徨わせた。
「お前にジェマに文句を言う資格があるのか?」
ジャスパーの重々しい声にアドヴェルは目の前を浮遊するジャスパーに視線を移して睨みを効かせる。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だ。自分がジェマの能力を見誤ったんだろ。それなのにジェマの能力を目の当たりにしたからといって態度を変えて怒りをぶつけようとするのは愚か者のすることだ。その力があればセインを助けられた、と言いたいのだろうが、ジェマはお前の意思を尊重したまでだ。文句を言われる筋合いはない」
「なら、どうしてこの騎士は助けた」
「ハナナとシヴァリーがジェマの力を知り、信じているからだ。シヴァリーは特に、最初からジェマの能力を信じてくれていたからな。人を見る目がある隊長だと我も思う」
ハナナに向けられた言葉。そう分かっていてもシヴァリーは目元にじんわりと涙を浮かべた。信頼し、尊敬する精霊からの賛辞だ。心が痛むほどの喜びを感じても当然のことだった。
「我が全て悪いと言うのか?」
「ああ、お前が悪い。信じてもらえないのに助けようとして失敗すれば、助けようとした者が馬鹿をみるだけだ。助ける側もボランティアじゃない。自分の人生を賭けて他人の命を救おうとしているんだ。そこには信頼関係がなくては成り立たない。だからジェマはお前の意思を尊重して自分は手を出さないことにした。分かるか? 助けられる命に手出しできない苦しさが」
ジャスパーの言葉に拳を下ろしたアドヴェルは、唇を噛み締めて床に視線を落とすと、肩を震わせながら床をドカドカと踏み鳴らして治療室を出て行った。
ポカンとしていた面々にも、なんとなく、何が起きたか伝わった。治療室には怒りが残された不安感より、どこかすっきりとした空気が流れていた。




