ワンドマスターセイン
グラスによってピリピリとした空気が治療室に満ちていく。アドヴェルは唇を噛んで、グラスを睨み返す。
「仲間が危険な目に遭っているというのに、落ち着いていられるわけないでしょう!」
「仲間が危険だからこそ冷静に対処するのが冒険者というものだ。そんな調子では仲間を失う。銀級冒険者なら、それくらい理解しておけ」
グラスは冷静なままヴォルグに目を向ける。
「ヴォルグ、来てくれて助かった。ここからはハナナに交代しよう」
「私ですか?」
「ああ。俺としても昔から知ってる冒険者のやつらが死ぬところは見たくない。ハナナなら、魔力制御もお手の物だろう?」
「ですが、セインさんは聖人ですよね? 私の魔力制御では時間がかかり過ぎますし、魔石もここにある分で足りるとは思えませんが」
グラスに見つめられて、ハナナは思わずシヴァリーに目を向ける。その迷いを汲み取ったシヴァリーはジェマの方に目を向けた。
「ジェマ、頼めないか?」
ジェマは我関せず。黙々と他の冒険者たちの処置を続けていた。けれどシヴァリーの問い掛けには顔を上げて微笑む。
「アドヴェルさんから、私では心配だと言われましたので。命を預けられると思えない相手に治療をされるのは嫌でしょうから、私は手出しをしません」
「なるほどな。分かった。ハナナ、頼む」
シヴァリーは、納得したように頷く。けれどグラスは眉間に皺を寄せた。
「おい、待て。シヴァリー、ジェマは魔力制御が得意なのか? 今は他の冒険者たちも疲弊していて魔力制御ができるやつがほとんどいないんだ。頼む。仲間を救う可能性が高くなるなら、ジェマに頼みたい」
「ですが、この方の仲間であるアドヴェルさんがジェマの治療を拒否しているんです。私も、自分が信頼できないと判断した相手に仲間の命を預けることはしたくありませんから、アドヴェルさんの気持ちは分かります。それにジェマにとってもこれは慈善事業ではありません。勝手に治療をすることはできません」
シヴァリーは背中にジェマを庇うように立つ。命を預ける側にとっても、預かる側にとっても。それは信頼と相互利益の上に成り立つもの。不信感を受けながらただ与えることは道具師として、仕事人として良くない。
ジェマは以前アドヴェルと出会ったとき、アドヴェルの拒絶を意に介さずに自分の考えを押し付けようとしてしまった。そのあとに後悔を感じながら読み返したスレートが残した日記。そこにスレートなりの答えが書かれていた。
『いくら自分が正しいと思っても、相手にとって、世界にとってそれが正解とは限らない。それは命に係わることであっても。むしろ命に係わることこそ。他の選択肢を伝える努力は必要だが、身を滅ぼしては元も子もない。何より、過信は全てを壊してしまう。そして優しさは時に良いように利用されてしまう。それは世界の大きな損失になる』
道具は命を救うことも殺すこともできる。それは道具師たちが誰もが通る難題。護身用の道具が人を殺すことも、楽しむための道具が人を苦しめることもある。そして、その能力を買われて戦争の道具を作らされることもある。そうして心を壊してしまった道具師がいる。ジェマはその男の憎しみと闇に満ちた目を見たことがあった。
「アドヴェル。今は信じるしかないんじゃないか?」
グラスはシヴァリーとジェマを説得することを諦め、アドヴェルに向き直る。けれどアドヴェルは拳を握りしめた。
「ここにある魔石だけでは足りないことも、ゆっくり治療をしていたら間に合わないことも分かっています。ただでさえセインは聖人で、魔力量が多いんです。その危険度の高さも分かっています。だからこそ、こんな新人の道具師を信じて命を預けるなんてこと、私にはできません」
その力強い言葉に、グラスは小さく息を飲んだ。けれど少し考えるとため息を漏らした。
「お前は勘違いをしている」
「な、何をですか」
アドヴェルは心底心外だと言わんばかりに顔を上げてグラスを睨み上げる。けれどグラスはその頭をガシッと掴んで逆にアドヴェルの目を覗き込む。
「聖人ってのは、魔力量が多い人間だ。それは確かに間違っちゃいねぇ。だがな、そもそも聖人ってのは元々孤児で、教会で保護されたことで聖人として魔力操作や生き方を教わった奴らのことを言うんだ。つまり、元々孤児じゃなかった連中は聖人に成り得ない。だが、膨大な魔力を持って産まれることは当然あるんだ。聖人じゃないから魔力量が少ないってのは、ただの偏見だ」
アドヴェルの目が見開かれ、けれど悔しそうに眉間に皺が寄る。
「つまり……恵まれていた人たちが力を振りかざしているだけでしょ。信用できません」
「アドヴェル……お前が牧師の子で聖人教育に対する強い思いがあることは知っているがなぁ。今はセインの命が危険なんだぞ? そこにこだわっている場合か?」
「信用できないといったら、信用できないんです!」
頑ななアドヴェル。ジェマはジャスパーとジェットを手招きして肩に載せると、静かに治療室を出た。




