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ジェマの倒れ込む身体を受け止めたのは、ヒュプノスだった。
「よく頑張ったね。ジェマ」
その表情は慈愛に満ちていた。闇属性魔法を操り近づくものは全て眠らせる孤高の第2王子と言われるヒュプノスからは考えられない表情だった。その表情に、シヴァリーは目を見開いた。
「頑張ったね、じゃない! 無理をさせよってからに!」
ジャスパーはぷんすかぷんと怒りながら、気を失ったジェマに手を添える。
「やっぱり魔力欠乏症か。ジェット! ヒュプノスも手伝え」
「ピピッ!」
ジェットはジェマにぴょんっと飛び乗ると、身体から緑色の魔力をじっくりと放出する。じんわりとジェマに伝わる魔力。元々ジェマとの契約でアラクネ種としては膨大な魔力を得たジェット。とはいえ。ジェマの馬鹿げた魔力量の回復には到底力が及ばない。
ジャスパーも魔力を流し込んでいく。ヒュプノスとドルゲも手を翳す。けれど1度に枯渇寸前まで使ったジェマを救うにはまだ足りない。
「ぴ、ぴぃ……」
ジェットは力なくへたり込む。ジャスパーは慌ててその身体を浮遊魔法で掬い上げる。
「ジェット、無理はするな。ジェットが倒れればジェマが悲しむ」
そう言うジャスパーも、かなり限界に近かった。精霊が持つ魔力は自然に浮遊しているものを体内に吸収するために比較的無尽蔵に扱うことができる。けれどこうも大量の魔力を一気に放出すれば九州が追い付かない。
「ダメだ、俺はもう無理……」
ドルゲが膝をつくと、ジャスパーも浮遊し続ける魔力を失って墜落した。最後まで手を翳していたヒュプノスも、顔を顰めた。
「ジェマの魔力量、本当にとんでもないね。僕もかなりの魔力量だと思うんだけど?」
ヒュプノスは歯を食いしばり、必死に魔力を流し続ける。その背中に、ドルゲは目を見開いた。
「おい! 契約者! それ以上はダメだ!」
「ダメじゃない……ジェマ……ジェマ……」
顔を歪め、それでも魔力を流し続けるヒュプノス。必死な様子にシヴァリーは奥歯を噛み締めた。引き離されて別々に育ち、ジェマには兄だと認識されることもない。それでもヒュプノスにとっては、ジェマは大切な妹だった。唯一、自分を受け入れた存在。趣味が合う、大切な人。妹であり、友人であり。
「ジェマ……」
絶対に失いたくない。その想いが限界を越えようとしていた。震える手から注がれ続ける魔力。他の魔力保持者たちが既に力尽きている今、自分が助けなければならないと踏ん張っていた。
「ハナナ、頼む」
「分かってる」
ずっと後ろで他の騎士たちの手当てをしていたハナナは、大量の魔石を手にジェマに近づく。
「第2王子殿下。ここからは私が」
「だがっ」
「目が覚めたジェマが泣きますよ。ジェマは、そういう子でしょう?」
ハナナの諭す言葉に、魔力を注ぐことを止めたヒュプノスが崩れ落ちる。それをシヴァリーが受け止める。その隣で、ハナナは魔石を並べてジェマに手を翳す。魔石と自分、ジェマの魔力の回路を繋いで魔力を流し込む。
「ここからは私に任せてください」
ハナナは緑色の魔力を纏い、懸命にジェマに魔力を流し込む。ジャスパー、ジェット、ヒュプノス、ドルゲの魔力が注がれている分ジェマが必要としている魔力量は以前ハナナがジェマに魔力を注いだときよりも少なくて済んでいる。
「だが、やはり僕も……」
ヒュプノスがふらりと立ち上がろうとするのをドルゲが必死に止める。
「おい、契約者! 無茶するな! こいつが言う通り、契約者が倒れればジェマが悲しむ」
「それでも!」
「ご安心ください。私にも、ジェマを守る理由があります」
ハナナは奥歯を噛み締めて必死に魔力を流し込む。その魔力操作はまた成長している。シヴァリーは苦笑いを浮かべながらもハナナの限界を見極める。
「守る理由? 僕の命令だからか?」
「……いいえ」
ハナナはその先を答えなかった。いや、答えられなかった。
「娘はやらんぞ」
「ジェマはやらん」
「ピピィッ!」
ジャスパーとヒュプノスの過保護両挟み、そして真似っ子ジェットくん。二の句が継げるわけがなかった。
「……信用はしているがな」
「ああ。お前の力と魔力操作、忠誠心は評価している」
「ピッピッ!」
ふいっとそっぽ向くジャスパー、腕を組んでもごもごするヒュプノス、ハナナの頬にふわふわの身体をすりすりするジェット。全く面倒な似た者家族だ。
「これで全員血縁関係ないんだからなぁ」
ジャスパーは苦笑いを浮かべながらも眠り続けるジェマを見つめる。
「ジェマはこんなにも愛されているんだな」
ハナナが七つ目の魔石を消費したとき、ジェマの瞼が震えた。その瞼が開かれたとき、1番に目に映ったのはハナナだった。
「また、助けてもらいましたね……」
「無事で良かったです、ジェマ」
ジェマとハナナが微笑み合った……と思ったら。
「ジェマ!」
「ピピッ!」
「ジェマ!」
「お前、大丈夫か!」
ドルゲまで参戦して、すっかり家族でひと囲み。その様子にハナナは思わず吹き出した。そんな珍しい姿にシヴァリーも笑い、その場は安心した空気が満ちた。騎士たちもすっかり回復し、ただファイヤーアーサスの氷漬けと硬直するグラスだけが異質感を放っていた。




