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ある小料理屋の開店の物語  作者: 双鶴


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7/8

6話

 夜の店内は、木のカウンターと柔らかな灯りに包まれていた。客は静かに酒を傾け、料理を待っている。小料理屋は落ち着きを大切にする場所だ。だが、ただ静けさだけでは足りない。料理の魅力をさらに引き出すために、演出が必要だった。私は藁焼き、炙り、炉端焼きといった炎の演出をどう取り入れるかを思案した。


 藁焼きは豪快だ。藁に火をつけると、炎が一瞬で立ち上がり、魚の表面を炙る。赤い炎がぱっと広がり、客の視線を奪う。香ばしい香りが立ち上り、店内を満たす。客は思わず身を乗り出し、唾液が滲む。だが炎が大きすぎれば、落ち着いた雰囲気を壊してしまう。私は藁焼きを厨房の奥で行い、客席には香りと音だけを届けることを考えた。炎は見せすぎず、香りと音で演出する。藁が燃える「パチパチ」という音、立ち上る煙の香り――それらが客の五感を刺激し、酒を誘う。藁焼きの香りは、盃を傾ける手を自然と速める。


 炙りはもっと繊細だ。小さな炎で魚や肉を炙り、香ばしさを加える。客の目の前で行えば、視覚的な演出になる。炎が食材に触れる瞬間、脂が弾け、「ジュッ」と音が響く。香りが立ち上り、客の鼻腔をくすぐる。唾液が滲み、舌が鳴る。炎は小さくても、香りは強く、舌を欲望へと導く。客は盃を傾けながら、次の一口を待ちきれずに舌舐めずりをする。炙りの瞬間は、料理が完成するまでの「予告編」のようであり、客の期待を高める演出だった。


 炉端焼きはさらに難しい。炭火の赤い輝きは美しいが、派手に見せれば居酒屋のようになってしまう。私は炭火を控えめにし、炎よりも炭の赤い輝きを演出することを考えた。炭火の「パチパチ」という音、炭の香り、赤い輝き――それらが客の五感を刺激し、酒を誘う。炭火は派手ではなく、静かな美しさを持っていた。客は炭火の赤い輝きを見つめながら、心を落ち着け、酒を傾ける。だが、炭火の香りが鼻腔をくすぐると、舌が鳴り、唾液が滲む。静けさの中に潜む誘惑が、客を酒へと導いた。


 演出は炎だけではない。照明も重要だった。灯りを少し落とし、炎の赤を際立たせる。藁焼きの炎が立ち上がる瞬間、店内の光が揺れ、客の視線が集まる。炙りの炎が食材に触れる瞬間、光が反射し、料理が輝く。炉端焼きの炭火の赤い輝きは、灯りを落とすことでさらに際立つ。照明は炎を引き立て、演出を完成させる。


 音楽も重要だった。静かな三味線の音が流れる中で、藁焼きの「パチパチ」という音が重なる。炙りの「ジュッ」という音がリズムを刻み、炉端焼きの「パチパチ」という音が響く。音楽と炎の音が重なり、店内に調和が生まれる。客は音楽と炎の音を聞きながら、酒を傾け、舌舐めずりをする。


 香りも演出の一部だった。藁焼きの香ばしい香り、炙りの脂の香り、炉端焼きの炭の香り――それらが店内を満たし、客の鼻腔をくすぐる。香りは酒を誘い、舌を欲望へと導く。客は香りを嗅ぐだけで唾液が滲み、舌が鳴る。香りは視覚や聴覚と重なり、五感を刺激する演出だった。


 店内演出は、炎と静けさの調和だった。藁焼きは香りと音で演出し、炙りは香りと視覚で演出し、炉端焼きは炭の赤い輝きで演出する。照明は炎を引き立て、音楽は炎の音と調和し、香りは酒を誘う。炎は派手すぎず、静けさを保ちながらも五感を刺激する。客は酒を傾けながら、香りと音と光を楽しむ。料理はただの食べ物ではなく、五感を刺激する芸術に変わる。


 私は何度も演出を試し、炎の大きさを変え、香りの強さを調整し、音の響きを探った。照明を変え、音楽を変え、香りを変え、演出を探った。炎と静けさの調和を探る試行錯誤は続いた。祖母の声が耳の奥で響く――「料理は目でも舌でも心でも味わうんだよ」。その言葉を頼りに、私はもう一度藁を手に取り、火をつけた。炎が立ち上り、香りが広がり、店内を満たした。客は静かに酒を傾け、舌舐めずりをしながら料理を待っていた。


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