静寂の無双 ~クエストを受領したら即達成するチートスキルを得ても、俺は節制して淡々と人生を終える~
目が覚めると知らない場所にいた。
通りの人たちの服装も見慣れないというか、逆に見慣れてるというか、剣と魔法のゲームの登場人物を思わせる雰囲気だった。
「異世界の方かな?」
と知らない中年男性に話しかけられた。外国で外国人に外国人だと見られてるというのは、こういう感覚なのかもしれない。
手がかりもなく、親切そうに感じたのでついていくと、冒険者ギルドという建物に連れていかれた。
洋風居酒屋みたいな感じの店内だった。
彼の説明によると、ここに冒険者が集まり、魔物を退治する仕事を請け負ったりするという。ゲームにそんなに詳しくない自分でも、どこかで聞いたことある気がする話だった。
おかしな話だ。
ただ、夢のようだとは思わなかった。
体を動かしている実感や、出してもらった水の冷たさ、にぎやかな声、焼ける肉の香り。どれも現実味があった。
「たまに、異世界の方が来るんだよ。記憶はあるかい?」
「ありません」
言われてみると覚えていない。
「とにかく、君がここで生きていくには、なにか仕事をしなければならない」
「そうですか」
「落ち着いてるね」
そうかもしれない。混乱はしているが、不思議と焦りはなかった。
元の世界に対する執着もない。はっきり思い出せない悔しさ、といったものもない。むしろすっきりしていた。嫌な日常だったのかもしれない。
「名前と年齢だけ教えてもらえるかな?」
「サトウ、25歳です」
彼はうなずいた。
「異世界から来た方には、最初はかんたんな仕事をしてもらい、世界になれてもらうプランがある」
彼が言うには、かつて、異世界から来た人間に救ってもらった経験から来ているという。
「異世界の方は、特殊な能力を持っていることが多いんだ」
「そうですか」
期待されても困るが、じきにわかるだろう。
「ではまず、あそこのテーブルの皿を回収してもらえるかな? そうしたら、食事を提供しよう。面倒に思うかもしれないが、こういう仕事の積み重ねが大切なんだ。それからゆっくり話そう」
お使いのような仕事だ。
「わかりました」
俺が言った瞬間、テーブルがきれいになった。驚いて彼を見る。
「では持ってこよう」
おじさんは言って、厨房に料理を取りにいった。
俺はテーブルをもう一度見た。皿は消えている。俺はなにもしていない。
しかし彼は驚いていなかった。この世界では当然のことなのだろうか。
それから料理を食べながら、彼の名前がロレンだということや、宿泊施設がすぐ近くにあり、一週間は無料で利用できるということ、異世界から来た人間は数日間、特殊な光を放っているからわかるのだ、といった話などを聞かされた。
しかし俺はそれどころではなかった。
仕事、だ。
気になって、会話の合間に、ちょっとした仕事を受けてみた。
他のテーブルの片付けや、床の掃除だ。
どれも受けた瞬間にきれいになった。
やるたび小銭をもらった。50ゴールド。話を聞くに、これは現代日本において500円相当らしい。ふつうにやっても10分もかからないだろうから、なかなか楽な仕事で、優遇してくれているというのは本当のようだ。
もっとも、彼が嘘をついていて、俺をなにか非合法な犯罪組織に組み込もうと考えている現代人という可能性はまだ残っている。というより、異世界なんていうものの存在よりも、そちらのほうが信じられるだろう。
だが俺は、皿が消えたり、汚れが消えたりするのを目の当たりにした。これは彼の言っていた、異世界人の持つスキル、という話に合致している。現代科学では説明がつかないだろう。
その日は3000ゴールドまで稼いだ。
翌日、試しに魔物退治に関する話を聞いた。
ロレンはこのギルドの副社長のような立場らしく、ギルド全体に詳しかった。
「この、魔物退治っていうのはなんですか?」
「これは武器を使って、決まった数の魔物を倒す仕事と、一定のエリアから魔物を駆除する仕事があるんだよ。数人でやるのが普通だね。特に初心者は」
「俺にもできますか?」
「このくらいなら、いずれやらないとね。大丈夫、前線で戦うだけじゃなくて、荷物運びや料理なんかの雑用もあるよ」
「一度受けたクエストは、キャンセルできますか?」
「クエストによるね。キャンセルできる日数が決まってたり、当日に集まればやってもらう、くらいのもある」
「これやります」
俺は、キャンセルできるというクエストを指した。
「よくやったね! ひとりで大変だったろう!」
ロレンはすぐ10000ゴールドをくれた。
収入源を確保した瞬間だった。
家は街の、すこし高い丘にある場所にした。
いつも適度に涼しい風が吹いていて快適だった。
部屋は三つ。
なんとこの街には、魔法石を応用したという、コンロのようなものや、冷蔵庫のようなもの。
シャワーみたいなものまであった。
使い方を覚えれば、現代日本にいるのと変わらない。
防犯装置のようなものさえあって、むしろ、こちらのほうが快適かもしれなかった。
もちろんそれなりにお金はかかったが、クエストを受領すれば即座に報酬がもらえた。
最初こそ、借金でもしているような気になったが、いまでは気にならなくなっていた。きちんと現実に影響をしていることを、何度も確認したからだ。
魔物たちがいるという場所を見てから、クエストを受領し、見に行くと、いなくなっている。
ものを持ってくるというクエストを受けると、そのものが、目の前に現れる。
報酬以外にも、世界が変わっている。
ただお金を受け取っているだけではない。
それ、がきちんと行われているのだ。
といって、体に知らない傷ができているようなことはない。筋肉が増えているとか、そういうこともない。あくまで俺には結果だけが与えられているようだ。
今日もフランスパンのようなパンを買ってきて、スープとサラダで朝ごはんを食べている。
テラスで景色を見ながら快適な時間だった。
気をつけていることは、ぜいたくだった。
現状でもぜいたくをしている、という感覚はある。これまでの生活はもっと質素だったのだろう。
だが、過度なぜいたくは禁じた。
酒は一切飲まない。女性と遊び歩くこともない。食べたいものを食べるが、腹八分目で、価格帯は庶民的と思えるものを守った。この枷が外れてしまったら、なにかが狂う予感があった。
俺はすでにこの生活で満足していた。
しばらくすると、冒険者が家にやってくることが増えるようになった。
「我々と一緒に、北の国の洞窟を踏破しないか?」
「おれたちとシーガイルを狩ろうぜ」
「わたしたちと亡霊船の謎を解いてください」
俺が有能だという噂が広まったのだろう。力のある冒険者がやってきては、勧誘してきた。
俺はその仕事を、受けたり受けなかったりした。
基本的に、人に危険が迫っているものは受けることにした。冒険のロマンのようなものは断った。誰かのロマンを奪うことになる。
また、国と国の戦争などには加担しなかった。
脅迫のように迫ってくる、どこかの国の人間もいた。しかし断った。はっきり断ると、不満をあらわにしていたが、彼らはおとなしく帰っていった。これも、俺のスキルのなんらかの効果が影響しているのかもしれないが、いまいちはっきりと言語化はできない。
ますます財産は増えていった。ぜいたくをしていないせいなのか、こんな俺を尊敬するような風潮も生まれていた。俺は評価に踊らされないよう気をつけた。
やがて、王都、から使者が来た。
使者に連れられ王都に出向いた。
城の中に案内された。事前に、王様と話すにあたり、膝をついて話しかけられるまで話しかけてはいけない、などのルールを聞かされた。
深い絨毯の大広間で、王と対面した。
王はひげをたくわえて威厳のある風貌をしていた。周囲の兵士もいままで見たどの兵より鋭い目つきで緊張感があった。
「サトウ。そなたの評判をよく聞く。そなたに頼みがある」
「なんでしょうか」
「魔王を倒してくれ」
「わかりました」
その瞬間、西の方のずっと遠く、黒い雲がただよっている地域の闇が消え、広間が歓声に包まれた。
広間は、いや、王都は、魔王が消えた歓喜で満ちていた。
それから一週間のお祭りがあった。パレードもあった。必死で断ったが、認められず、神輿のようなものに乗せられて行進させられたのは参った。
だが一番驚いたのはその後だった。
「この国を、サトウ、そなたに任せよう」
王様は言った。
可憐な王女は頬を染めていた。
彼女は美しく、ものであったなら、ぜいたくそのものだった。
最初は遠慮したものの、どうやら、魔王を倒すことの報酬に含まれていたようで、どう断っても無理だった。何度、下の選択肢を選んでも、上の選択肢を選ぶまで一歩も進めないゲームの画面を思い出した。
俺は王妃と結婚をした。結婚式は盛大で、王都中に宣伝をしているかのようだった。
やっと二人きりになれたのは夜のことだった。
「サトウ様……。わたくし、夢がありますの」
「どんな?」
「最期のときは、孫に、いいえ、ひ孫や、もっと下の子たちに囲まれて、あの世に行きたいんです。わたくし、さびしがりなもので」
「お任せください」
そう言ったときだった。
俺はたくさんの人に囲まれていた。
知らない人たちだ。中年や、若者や、子ども。抱かれている赤ん坊もいる。
俺は大きなベッドに横たわっているようだ。
隣には老婆がいる。穏やかに微笑んでいた。知らない、いや、知っている。
とても大切な人だ。
「みんなに、囲まれて、いるわ」
彼女はゆっくり言った。
「そうだね」
俺も言った。しゃがれた声で、一音、発するのも苦労した。
手はシワだらけで、骨と皮しかないのではないかと思えた。
彼女が俺の手を握った。
俺も握り返した。
これが最期のクエストか。
もっと長く人生を楽しんでみたかったという後悔と、さびしがりな彼女をこんな笑顔のまま見送ることができるという喜びがあった。
彼女が先に逝き、俺が後を追った。ほんの数分の差だっただろう。