第1話 ~胎動~
木々が青く茂り、額に汗が滲み出す季節。毎年の事ながらこの暑さは本当に堪える。
一面を染める黄金色の麦畑を前に、今からこれを全て刈り取る仕事への憂鬱感を胸にしまい込み手に持った一対の鎌を握りしめる。
ここは辺境の地、ミツリン帝国にもシンリン王国にも属さない人口300人にも満たない村、ソウゲン村。
見渡す限りの麦畑くらいしかない最果ての地。
「あっつい・・・」
何度吐いたか分からない台詞をもう一度繰り返す。
「さっさと終わらせて今年こそ墓参りするか」
憂鬱なのは暑さや仕事の事だけでは無い。両親が亡くなったのもこのくらいの時期だ。
10年前、両親に連れられて草原を抜け森に近づいた時、森から飛び出した閃光によって両親は消し飛ばされた。
繋いでいたはずの母の手は肘から先だけを残し、何かを見せたくて森を指さしていた父は足首だけが残った。
その後の事は何も覚えていないが、村長の話だと森の入り口で気絶していた俺を村のおばちゃんが見つけ運んだらしい。
以来、俺は村長の元に身を寄せ村人たちに育てられた。
「お~いソウジや!そろそろ始めてくれい!」
村長ことモリじいの声で我に返る。
物思いに耽るのはここまでだ。額の汗をぬぐい気合を入れる。
「・・・シッ!!!」
一対の鎌を逆手に持ち一気に麦畑を駆け抜ける。
刈られたことにも気づかなかったかのように麦はその場に次々に倒れこんだ。
遅れてきた風は麦を巻き上げることもなく吹き抜けていった。
「相変わらず凄まじい鎌捌きよのう。ホッホッホ」
麦を刈りつくした畑を満足そうに見ながら、長く伸びた顎髭をさする村長ことモリじい。
「じいちゃんに比べればまだまだだって」
実際じいちゃんの麦刈りは俺なんか足元にも及ばない。・・・と思う。
腰を悪くしてからは、現役を引退しているが古くからの村人曰く、鎌の一振りで周囲の麦がすべて刈られたという。
事実なら今の俺では文字通り比べ物にならない。
じいちゃんも笑って誤魔化すだけだから本当かはわからないが。
「いやいや、ここまで見事な麦刈りならもう一人前じゃて。まだ17歳じゃというのに村の大人でもここまではやれんわい。」
ついにやけそうになる口元を手で隠す。
「それはそうとソウジ。この後は墓参りに行くんじゃろ?・・・一人で大丈夫か?」
心配そうに問うじいちゃん。
「大丈夫だよ。もう10年経つんだし、いつまでもトラウマ引き摺ってられないって!。いい加減父さんにも母さんにも顔出して安心させないとな!」
無理やり作った笑顔で答える。
俺は未だに両親の墓参りに行けていない。
森の入り口に近づくほど、あの時の凄惨な光景がフラッシュバックする。手だけになった母さん、足首だけの父さん。
・・・そしてすべてを奪った閃光。
今考えても鎌を持つ手がガタガタと震える。
「無理はせんようにな・・・」
じいちゃんには全てお見通しか。しんみりした空気に耐え切れなくなり次の畑へ向かう。
そんな去っていくソウジの背中を見つめながら。
「おハナ。あの子がずっと幸せに生きていけるように見守っておくれ・・・」。
そんな小さな願いを初夏の風が乗せていった。
一通りの仕事を終え墓のある森の入り口へと向かう。
これまで墓はじいちゃんが綺麗にしていた。しかし腰を悪くしたじいちゃんは年々辛そうにしていたので今年こそはと意気込んでみたが、近づくにつれ動悸が少しずつ早まるのを感じる。
気温は高いのに寒気すら覚える不思議な感覚。
じっとりとした冷や汗をかきながら森の入り口が見えてきた。
するとそこには記憶に無かったはずの丘があった。
「こんな丘あったか?・・・いやそもそも丘?っていうか盛り上がった何かに草が生えて大きくなった感じか?」
未だトラウマによる不調はあるが、あの丘がどうしても気になった。
遠目では丘の様に見えた盛り上がりが、近づけば近づくほど違和感を覚えるも、その盛り上がった物の前にあった二つの石を見つけた瞬間その違和感は意識の外へいった。
そして草の香りが風に乗って吹く中。
「久しぶり、10年ぶりだね。母さん父さん・・・」
二人の墓を前に自然と涙が零れた。聞いてほしいことが沢山あった。大きくなった自分を見てほしかった。
でもやっぱりこれは、これだけは言わないと。
「顔だせなくてごめん、心配かけてごめんなさい。でもやっとここに来れたよ」
絞りだした10年間言えなかった言葉をようやく言えることができた。
最後の言葉を交わすことなく一瞬で無くなった幸福。
恐怖で近づく事さえ出来なかった後悔。
だけど、もう大丈夫。
一通り墓を綺麗にした後、気になっていた草に覆われた盛り上りをもう一度確認してみる。
中に空間があるのか草や蔓に覆われた中の所々から陰が見えていた。
覗き込んでも何かあるようには見えない。
「父さんが指さしていたのはこれか?でも何もなさそうだけど。」
やはり何か気になるこの盛り上がり。
けど今はもういいか。
「またいつでも来れるしな。それじゃあ母さん、父さんまたな」
背をむけて歩き出す。もう怖くないから。
「さて!明日からまた刈りますか!」
そう意気込んだ直後、どこからともなく衝撃が襲ってきた。
墓の前まで吹き飛ばされ、爆発音に耳が震える。
「何が起きたんだ!?」
見えたのは草原に大きくあいたクレーターだった。
黒鉄色の体を持つ二足歩行の巨大な蟻。その肩部には血の様に真っ赤に染まった帝国の紋章。
蟻型昆蟲戦機アーミアント。
それが手に持っていたバズーカで攻撃を行ったのは見るに明らかだった。
【あれ?外したか?】
アーミアントから発せられた機械を通した声に我に返る。
「な、なんで帝国軍がこんな所にいるんだよ!!」
ここは帝国にも王国にも属さない辺境の地のはず。
こんなところに帝国の昆蟲戦機が来ることはあり得ない。
【なんで?ってたまたま偵察任務中に汚い村を見つけたと思ったら、大量の麦を抱え込んでたからよ。兵糧の足しにでもしようと思ったわけ。理解できた?あ、任務の事言ったら駄目なんだっけか?まあいいかどうせ見られたからには全員殺すし。】
人を小馬鹿にしたような喋り方にカチンときたが、アドレナリン全開の思考で状況を理解する。
村がどうなってるのか気になるがまずは今の状況を何とかしなければ!
「クッソーーーー!!」
我武者羅に突っ込んだわけではない。
アーミアントの近くならあのバズーカも使えないはず。
【生身で突っ込んで来るなんて馬鹿じゃねえか?】
アーミアントが足で軽く地面を蹴る。たったそれだけで軽く大地が揺れバランスを崩してしまった。
まずいと思った時には既に砲身がこちらを向いていた。
【じゃあな小僧】
無情な一言で全てを理解した。
これは死ぬ。絶対死ぬ。と
アーミアントの無機質な双眸がこちらを捉えたとき、アーミアントの足元の地面が深くめり込みバランスを崩した。
【うおお!?】
アーミアントの砲撃は大きく逸れ草や蔦の覆われた盛り上がりを吹き飛ばしたように見えた。
爆風で大きくめくれ上がった植物、だけでなく何かカバーのようなものが崩れ落ちた。
「何だ?・・・あれ」
そこにあったのは両腕に鎌が付いた深碧色の昆蟲戦機が跪いていた。
「グラン、ティス・・・」
自然とその昆蟲戦機の名前が口から漏れた。
なぜかと問われても分からない。
だけど俺は知っている。
その時一陣の風が吹き、高鳴る鼓動に呼応するようにグランティスの双眸に赤い光が宿ったように見えた。
初投稿失礼いたします。
会社が倒産し少し時間に余裕ができたので2016年に書きかけたものを修正し投稿しました。
筆も遅く読みずらいかもしれませんがどうぞよろしくお願いします。