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3嫁 ルクシュナ(3) ゲームセンター

 ジャンとルクシュナは、人目を避けるように路地裏に降り立つ。


 空気は温く、空は晴れている。どうやら、この世界は今昼過ぎのようだ。


 大通りに一歩踏み出した瞬間、ルクシュナは目を見張る。


 初めて足を踏み入れた異世界は物と人で溢れていた。


 まるで『一つ二つ盗まれても気にしない』とでもいうように店先に積み上げられた菓子の山。


 見たこともないような純度の高いガラスの向こうには、ルクシュナの部族全員に着せてもあまりそうなほどの衣服が所せましと並んでいる。


 談笑しながら横並びで歩く女子を鬱陶しそうに押しのけて走る鉄の馬。


 天を衝くようにそびえる建物は、ルクシュナの故郷の移動式のテントなどは言うに及ばず、ジャンの王城を凌ぐ高さのものすら散見される。


「まるで子どもの寝物語に出てくるおとぎの国のようじゃな」


 ルクシュナは目を輝かせて呟く。


「ある意味ではそうかもしれないな。まあ、おとぎの国というには騒々しすぎるし、空気もちょっと汚いけど」


 ジャンはそう言って、地上に目を落とした。


 黒く舗装された道の上に、紙くずやら細い棒状の何かやら、薄汚れたゴミが散乱している。


 貴重な紙を惜しげもなくゴミにできるその豊かさには驚くが、ジャンの言う通り、空気は確かにひどい。


 この世界はどうやらルクシュナたちの住む世界とは異なる原理で文明を築いているらしい。精霊や神の力も弱く、火や光の魔法で結界を張り、特定の地域を丸ごと浄化することもできないのだろう。


 そういった意味では、ルクシュナたちの住む世界の文明の方が優れている面もあるようだ。


 完璧な世界はない、ということか。


「それにしても、夫殿。わらわたちの格好は、周囲に比べて随分浮いておるが、問題ないのか?」


 時折感じる通行人からの視線に、ルクシュナは首を傾げる。


「大丈夫。この場所なら、初めての日本観光でコスプレに浮かれてるガイジンにしか思われないから」


「ふむ? そういうものか」


 ルクシュナにはジャンの言っていることの意味が半分くらいしか理解できなかったが、まあ、彼がそう言うのならば大丈夫だろう。


「どうだ? ざっと周りを見て、行きたい所とか欲しい物とかあるか?」


「夫殿に任せる」


 ルクシュナは気を引き締めて答える。


 初めて目にした異世界には、確かに驚いた。


 しかし、ルクシュナがこの程度で簡単に落ちる安い女と思われては困る。


 スケールは比較にならないほどジャンの方がすごいとはいえ、似たような事例はルクシュナも故郷で見聞きしていた。たまに外からやってくる金満の商人が、物を知らない田舎娘を『都会で贅沢な暮らしをさせてやる』と言って連れ出す。すると、素朴な暮らしをしてきた田舎娘は、ホイホイそれについていき、見たこともない華やかな都会の光景にコロっと騙されて、実際は大したことのないその男に入れあげてしまうのだ。そして、しばらく遊ばれ、少し年を取れば手ひどく捨てられる。


 そうして不幸になった女を何人も知っている。


 ルクシュナはそのようなことがある度、占いで女の不幸を事前に予見し、善意から忠告してやったが、一度贅沢を覚えてしまった女はタチが悪かった。今あるものに満足すべしという故郷の教えを忘れてルクシュナの忠告を無視するのはまだマシな方で、中には『玉の輿に乗った自分を嫉妬して嘘を言っている』と邪推して暴言を吐いてくる輩までいた。


 オルジェ大陸の女は、適当に煌びやかな都会の景色を見せて、安物の首飾りでも掴ませておけばいい。そんな不名誉な風の噂を聞くこともあった。


 もちろん、政略結婚しているルクシュナとその軽薄な女たちとでは事情が違うから、多少調子に乗ったところで、ジャンが自分を捨てることはないだろう。


 だが、姫――故郷の国の象徴としてジャンの下に嫁いだ以上、簡単な女だと思われるのはやはり一族の恥だ。


 武力や経済力に屈してジャンの嫁になったとしても、そう簡単に心までは売り渡してたまるかという意地みたいなものがある。


 幸いルクシュナは元来物欲が薄い性質である。華やかな催しや、贈り物程度で心は揺るがない自信がある。


「そっか。じゃ、無難だけどまずは映画館でなんか観るか。ジャンルは――おっ、西部劇なんかやってるの珍しいな。――すみません。大人二枚ください」


 ジャンはそう言って、一つの建物に歩み寄った。


 ギルドの受付に似たような窓越しに相手と二、三回やり取りをして、二枚の切符を手に戻ってくる。


「上映まで時間があるから、隣のゲームセンターで暇でも潰そうぜ」


 ジャンはチケットを胸ポケットにしまうと、先ほどの建物――エイガカンというらしい――に併設された店の中に入っていく。


 ガラスの中に無数に詰め込まれた人形や、鉄でできた箱が無数に並んでいた。


「夫殿。ここは何をするところなのじゃ?」


「うーん。まあ、遊びだよ。色んなジャンルの遊具があるけど、カップルでやるのと言えば、クレーンゲームとかかな。何か欲しいのはあるか?」


「夫殿がくれるものならば喜んで受け取るが、わらわの方から欲しいと思うものはないの」


「じゃあ、プリクラでも撮るか? あっ、プリクラっていうのは俺たちの姿を映し取って、紙に焼き付けることのできる道具なんだが」


「夫殿のご随意に」


「じゃあ撮ろうか」


 天幕のついた箱の中に二人で入る。


 肩を寄せ合い、正面を見つめると、ルクシュナとジャンの顔がそっくりそのまま映っていた。


「プリクラには色んな機能があって、『盛る』。つまり、目の前の画像に化粧をすることができるんだが、どうする?」


「わらわは繕わなければならぬほど醜い容姿をしているつもりはない。先祖から受け継いだこの身体を誇りに思い、ありのままを大切にしておる」


「そうか。じゃあ、そのままだな。じゃ、撮影だ。カウントダウンするからゼロのタイミングでは目を開いていてくれ。――いくぞ。三、二、一」


 光が瞬く。


 天幕から出ると、鉄の箱から縮小されたルクシュナとジャンの似姿がいくつも収められた紙が出てきた。


 大げさに満面の笑顔を浮かべているジャンと、にこりともしないルクシュナの顔には、まるで太陽と月のような差がある。


「よし。じゃあ、半分ずつな」


 ジャンはその神を半分に分け、ルクシュナへと差し出してくる。


「頂くのじゃ」


 ルクシュナは恭うやうやしくそれを受け取った。


 個人的にはさほど嬉しくもないが、故郷に送れば、ジャン帝と自分が親密な仲であることのアピールくらいには使えるだろうか。


「――と、あっさり終わっちまったな。じゃあ……次は俺と対戦するか?」


「対戦?」


「ああ。ここには、二人で優劣を競うような遊戯もたくさんあるから」


「わらわと夫殿は終生仲睦まじくあると誓った身。争うなどとんでもない」


「――逃げるのか?」


 模範解答的な返答をしたルクシュナに、ジャンが挑発的な問いを投げかける。


「なに?」


 ルクシュナはこめかみをひくつかせて問い返す。


「俺に負けるのが怖いのか? と聞いている。ルクシュナの故郷の一族は、いかなる挑戦からも逃げない勇気ある人間たちばかりだと思っていたのだが、それは思い違いだったかな?」


「――しかし」


 ジャンは異世界を統べる天下無双の皇帝である。彼と戦うのはいいとして、不興を買えば、どのような惨禍を招くか分かったものではない。で、あるならば、対戦するといっても結局気を遣って接待してやるしかないではないか。


「ああ、言っとくが、俺が皇帝だからって遠慮するのはなしだぞ。ここは異世界だ。どっちが勝とうが負けようが、それはこの異世界っきりのことで、俺たちの世界には何の影響も及ぼさない。つまり、俺とルクシュナは、今この場所においては全くの対等だということだ」


 ルクシュナの懸念に先回りするように、ジャンが言い募る。


「……よかろう。わらわも故郷の誇りをあげつらわれては、黙ってはおれぬ。その勝負、受けて立とう」


 ここまで言われては、ルクシュナも元来の勝気な性格を抑えることはできなかった。


 いいだろう。


 世界の皇帝の鼻をへし折ってやろうではないか。


「そうか。じゃあ、対戦だ。俺はゲーセンは初めてじゃないから、そのハンデを埋めるために競技はルクシュナの方で選んでいいよ。あっ、ちゃんと翻訳魔法はかかってるよな? それぞれの遊戯の説明とか読めるか?」


「問題ない。――そうじゃな……」


 ルクシュナは辺りを見渡す。


 すると、馬を模した人形が目に入った。


 どうやら、あれに乗り、擬似的な馬を操って様々な障害が待ち構えるコースを走り、最異臭的なゴールする速さを競う遊戯らしい。


 馬の操縦術に関してはルクシュナは自信がある。遊びとはいえ、遅れを取ることはないだろう。


「では、夫殿。あの、『激走! 超能力競馬』で対戦するということで願いたい」


「おっ。レースゲームか。おもしろそうだな」


 すぐに合意は成立し、ジャンとルクシュナは、馬の人形にまたがる。


「夫殿。一つ確認させてもらいたい。夫殿も知っての通り、わらわは未来を予知する『先視』の力があるが、それを使ってもよいのかの?」


 ルクシュナは一応確認をする。後から難癖をつけられたらたまらない。


「当たり前だ。その能力も含め、ルクシュナ自身の実力なのだから。お互い出し惜しみなしてで全力で戦おう。あ、俺からも一つ提案してもいいか?」


「なんじゃ?」


「ああ。なんのリスクもないとおもしろくないから、勝った方は負けた方の言うことを何でも一つ聞くっていうことにしたらどうだ?」


 願ってもない提案だった。


 ルクシュナは元々ジャンの言うことを聞かなければいかない立場なのだから、実質ノーリスクと変わらない。


 上手くいけば、故郷の利になるようにジャンの政策を誘導できるかもしれない。


「よかろう。望むところじゃ」


 ルクシュナは快く頷く。


「よし。じゃあ、始めるか。俺もこのゲームをやるのは初めてなんだよなあ」


 ジャンが鉄の箱に硬貨を入れると、遊戯が始まった。

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