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1嫁 異郷の姫ルクシュナ(1)――もしくは、エピローグから始まるプロローグ――

 ヘイワ2年 春


 荘厳なる宮殿の聖堂で、一組の男女が向かい合っている。


「遥か遠いオルジェ大陸から、うちに嫁にきてくれてありがとう――ルクシュナ。俺――ジャン・ジャック・アルベールは、四の精霊と光と闇の創造神に誓って、ルクシュナを末永く大切にすることを誓う」


 金髪、長身の美青年――ジャンはそう言って屈託なく笑う。


 ジャンが左腰に挿した聖剣がステンドグラス越しにキラキラと輝き、皇帝にしては質素すぎる典礼服は、彼自身の肉体美によって華やかな芸術品と化けていた。


「愛情深きお言葉、痛み入るのじゃ。わらわ――ルクシュナは、神々と星々の瞬きが尽きるその時まで、ジャン帝にこの身を捧げることを誓おう」


 黒髪を腰まで伸ばした褐色の美少女――ルクシュナはジャンとは微妙に違う母国風を言い回しと共に、すまし顔で彼の顔を見上げた。



 ジャン・ジャック・アルベール。



 この大陸――いや、世界において、彼の名前を知らない者はいない。


 その功績は、はるか昔、神話の時代に遡っても並ぶ者はなく、まさにおとぎ話を目の前にしているかのように馬鹿げていた。


 生まれながらに火・水・風・土、世界を構成する四元素の精霊全てから愛され、物心がついた時には、それら四属の魔法を収め、すでに賢者と呼ばれていた。


 8歳で光と闇の創造神の試練を達成。世界に一人しかいない極宙魔道師となる。


 12歳の時には、国中を荒らし回っていた、当時最強にして最凶と言われた古龍を討伐。


 その後、魔王の復活により破滅の危機を迎えた世界を、仲間たちと共に救った時、彼はまだ16歳だった。

 

 その強大な力を恐れた周辺国は、当時小国であった彼の国に戦争を仕掛けたが、彼に命を救われた各地の民衆はその侵略戦争に反発、蜂起し攻略軍の足並みは揃わず、結果ジャンに瞬く間に返り討ちに遭う。


 そのまま破竹の勢いでレガド大陸を併呑した彼が帝位につき、元号を『ヘイワ』と改めたのは20歳のこと。


 それだけは飽き足らず、ルクシュナの故郷であるオルジェ大陸で死霊王の駆る不死の軍勢が人々を苦しめてると聴くや、無償で遠征軍を出し、一月も経たない内に殲滅してみせた。


 ジャン自身はいかなる対価も要求しなかったが、オルジェ大陸の誰も敵わなかった不死の化け物を滅ぼした圧倒的な彼の軍勢は言葉よりも雄弁だった。オルジェ大陸最大の版図を誇ったルクシュナの父などは、早々に姫たるルクシュナをジャンに差し出して臣従することを決断した。


 それに倣うように、オルジェ大陸の他の国々も次々と彼に臣従。


 これをもって、世界の陸地の九割は彼の統治下に入ったことになる。


 およそ、この世の全ては彼のものといっても過言ではなかった。


「誓いの言葉、ありがとう。じゃあ、この指輪は俺からのルクシュナへの愛の証だ」


 ジャンはそう言って、意匠のこらされた赤い宝石のついた指輪をルクシュナにはめ、その手の甲にそっと口づける。


「では、わらわからは、この手編みの絨毯をもって、夫殿に捧げる永遠の愛の証としよう」


 ルクシュナはそう言って、傍らに置いてあった絨毯を広げて見せた。


 満点の夜空に輝く星々を模した天体図の描かれた、紺の絨毯。


 これを女性から男性に送ることは、ルクシュナの故郷において、『あなたの尻に敷いてください』という意味を持つ。


 すなわち、婚姻と服従の意思の表明だ。


(永遠の愛……か)


 ルクシュナはそっと目を細め、心の中で先ほどの言葉を反芻した。


(およそ理想の夫と言って問題ないであろうな。わらわの『先視さきみ』の力も、『星視ほしみ』の見取りもそのことを裏付けておる。で、あるからこそ、故郷の父王にわらわの方から政略結婚を提案したのじゃが)


 ルクシュナの故郷では、占いが盛んだ。



 占いには、先天的な未来予知の異能である『先視』と、学術的なデータの集積があり後天的に学習が可能な一種の占星術である『星視』があるが、ルクシュナはその両方における名手だった。


 『先視』では、全ての占いで大吉。



 『星視』では、彼の築いた帝国はおよそ500年の長きに渡り続くとの結果が出た。


 占いに頼らずとも、死霊の軍団から故郷を救ってくれただけでルクシュナがジャン個人を敬愛する理由は十分であったし、故郷からの道中みかけた民草の表情は活き活きとしており、彼が善政を敷いている優れた為政者であることも疑いようもない。


 こうして実際会ってみても皇帝としては率直すぎるのではないかと思うほど気さくに喋るし、性根が真っすぐな好青年だ。その容姿も、ルクシュナの故郷とこの大陸で価値観の差異はあれど、世界のどこに出しても美形ともてはやされるほどのレベルであること断言できる。


 ルクシュナは王族であり、平民のような自由恋愛による結婚ははなから考えられない。どこぞの一回りも年の離れた脂ぎった中年に嫁がされていたかもしれない可能性を思えば、世界の頂点に君臨する美青年と結婚できるというのは、この上ない僥倖だ。


 しかし――


「じゃ、堅苦しいのはこれくらいにして食事にするか。あんまり贅沢はできないから、人数はなるべく制限したつもりだけど、みんな(・・・)遠くの大陸から来たルクシュナに興味深々でさ。しばらくは質問攻めにあうと思うけど、我慢してくれ」


 ジャンは苦笑しながらも、どこか誇らしげに会場に詰めかけた人々を見渡す。


「夫殿の頼みとあらば、喜んでお付き合いするのじゃ」


 ルクシュナは笑顔でそう答えながら、釣られるように会場へと視線を転ずる。


「お美しいですねー。まるで豊穣の大地のような艶やかな黒髪ですー。あの方の御国にはきっと私の見たことのない素敵なお花が咲いているのでしょうねー」


「ボクの聞いたところによると、オルジェ大陸には100年に一度だけ花を開く珍しい植物があるそうだよ」


「環境の厳しさが潜在的魔力因子の覚醒を促し、あの地方独特の予知魔法を産んだ。興味深い」


 立食形式のテーブルを囲んでいる人間の女性たち。


「見てください! あの指輪、私が作ったやつです!」


「さすがですね。私なんて何も旦那様のお役に立てず申し訳ないばかりです」


「そんなことないです! 会場のお花の開花時期を調整をなんて他の人じゃできないじゃないですか!」


 別のテーブルに視線を移せば、ドワーフとエルフが和やかに談笑している。


 およそ、この世界に存在する全ての種族の女が、会場に詰めかけていた。


 ただの女ではない。


 この空間にいる全ての女性が、ジャンの妻だ。


 右を見ても嫁。


 左を見ても嫁。


 嫁。


 嫁。


 嫁。


 嫁。


 嫁。


 どこを見渡しても、全部ジャンの妻しかいない。


 その数は少なく見積もっても1000人を超えているのではないだろうか。この会場にいない人間も含めると、一体何人になるのだろう。


(『英雄色を好む』とは言っても、いくらなんでも多すぎじゃろうが!)


 ルクシュナは思わず、心の中でそう突っ込んでいた。


「よしっ。まずは飲み物からだな。ルクシュナは何を飲みたい?」


「わらわの故郷では水は希少じゃ。ましてや夫殿のくださるものならば、何でも構いはせぬ」


 ルクシュナは取り繕った模範解答を繰り出しながら、心の中で嘆息する。


(果たして、これだけたくさんの嫁がいる中で、どれだけ夫殿の『永遠の愛』とやらを期待できようか。どうにも怪しいものじゃ)


 恋愛結婚に期待していた訳ではなかった。


 しかし、たとえ政略結婚であろうと、嫁いだ夫と睦まじい関係になることくらいは望んでもよかろうと考えていた。


 だが、そのささやかな夢も今は、砂上の楼閣のようにはかなく消え失せようとしている。


 異国の地で一人。


 自ら望んだこととはいえ、本当にただの政略結婚のための置物にならなければいけないのなら、それはやはり寂しい。


(やめじゃ! やめじゃ! 初めから悲観していても仕方ない)


 ルクシュナの想像は、あくまで普通の男が相手だった場合のこと。


 しかし、今、目の前にいるルクシュナの夫殿は、古今無双の英雄様なのだ。


 ひょっとしたら、ルクシュナの想像もできないような楽しみを与えてくれるのかもしれない。


 そう強引に自分を鼓舞しながら、ルクシュナはジャンの後を追った。



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