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第1話 接触

─1950年1月1日

新年を迎えたこの日、ロンドンでの日の出と共に世界中で50cm先が見えないほどの濃い霧が立ち込め、その直後に眩しい光が包んだ。

やがて通勤の時間ともなると街中の人々の話題はそれで持ちきりだった。


しかしその話題と無縁の人物が1人、ダウニング街にいた。


「全く朝から霧だの光だの、なんなんだ。ロンドンじゃ霧なんて珍しくないし光だってただの太陽光だろうが」


チャーチルは特にそういったものに詳しくは無いが、霧で太陽光が乱反射するだろうと考えていた。

実際には普段ありえないほどの濃さと眩しさだったのだが、彼は昨晩遅くまで執務に当たっていたため、実際に目にしていなかった。


ちなみにこの世界では労働党内閣の誕生はまだ先のことになる。

ソ連民主化の影響で反共主義が弱まり、保守党も社会保障の拡充を公約として打ち出したためだ。

閑話休題。


コンコンコン

執務室の扉を叩かれる


「入れ」


秘書が入ってくる


「失礼します。先程、担当各省より大西洋上の航空機、船舶の1部と連絡が取れなくなったとの報告がありました。また、同じく大西洋の海底ケーブルに異常が発生したとの事です。」


「異常?それは具体的にはなんだね」


「詳しくはまだ分かりませんが、突如切断されたかのように通信が途絶したとの事です。現在は東回りのケーブルでアメリカ大陸と通信しています。」


「うーむ。それで、船舶と航空機についてはどうなんだ?」


「はい、大西洋の西半分、具体的には大西洋中央海嶺より西側を航行していた船舶と航空機と連絡が取れない状況です。直前に救難信号を発することもなかったため、原因は未だ不明です。」


「通信機やレーダーの故障では無いのかね?」


「国内全てのレーダー、通信機地でこの状況が確認されています。もちろん、船舶、航空機も合計数百にのぼりますから、あちら側の故障というのも考えにくいですね。」


数百の船舶、航空機が突如失踪したのだ。

ただならぬ事態ではあるが、こうもたくさんのレーダーや通信機が同時に故障するというのは確率的に言ってありえないことであり、また同様に一斉に墜落、沈没したというのも非現実的な話である。

しかし、数時間後に米国から大西洋の東側の船舶、航空機と連絡が取れなくなったと連絡が入った時に、米国側からなら英国目線で失踪した船舶や航空機と連絡が取れると判明し、英国政府は頭を悩ませることになる。


ところ変わって極東アジアは東京、こちらでも不思議な現象が確認されていた。

「霧と光」から数時間後、日没後のことである。


「首相、そういえば東京天文台からも不可思議な報告が上がっています。月の地形と星の見え方が昨日までと大きく変わっているとの報告です。」


「そんなことで私まで報告が上がるのか?望遠鏡の故障かなにかじゃないのかね?ほら、爆撃の流れ弾とかが当たって壊れてたんだろ」


「その線も考えられましたが、1週間前に点検を行ったばかりです。その時は何も異常がありませんでした。また、他のいくつかの国からも同様の情報が共有されています。」


「全く、昼間に米英から船舶航空機の失踪について相談が来たと思えば今度は天文台か。それで、その情報を寄越した国とはどこなんだ?」


「米国やオーストラリア、ニュージーランドなど他多数です。いずれの国も例の霧と光の後に夜を迎えたことがある、という共通点があります。」


「まぁ、とにかくそれは科学者でも呼んでそっちで何とかしてくれ。私は昼間の濃霧と閃光で発生したいくつかの重大事故について増田大臣と協議せにゃならん。」


この他にも各国で様々な不可思議な現象が確認された。

大西洋での件もあり、一部の人々の間には「地表が大西洋で切られてそのまま別の星に貼り付けられたのでは」といった考えも現れた。

各国政府は初め、それらの考えを荒唐無稽のものとして相手にもしなかった、というより認知すらしていなかったが、翌日それを大きく改めることになる事件が発生する。


1950年1月2日

ブラジル連邦共和国、セアラ州北東沖30kmの海上

戦艦 ミナス・ジェライス


国籍不明の多数の艦艇が接続水域に侵入し、そのまま領海内へ向かっているとの通報を受けてブラジル海軍の主力艦隊に出撃命令が下った。


ブラジルでは海軍が沿岸警備隊を兼ねているため、いきなり海軍に出撃命令が下るのは普通であったが、それでも最初は駆逐艦など小型の艦艇が出撃するものであり、初めから戦艦が出撃するのは異例であると言えた。

しかしそれもそのはず、相手はレーダーの情報によると400隻を超える大艦隊であり、少数ではあるが航空戦力も伴っていたためである。

各国にも確認を取ったものの、どこの国も否定しており、航空戦力を伴っており無害通航とは言えないため、領海内に侵入した場合は撃破すると宣言しても名乗り出る国はいなかった。


数分後、国籍不明艦隊が目視できる距離にまで接近した時、艦隊司令のロドリゲス中将は妙な違和感を感じた。


(おかしい、艦隊が水平線から現れたのはいいが、何故か少し遠い気がする)


その違和感の正体を掴むべく、ロドリゲスはレーダー要員に相手艦隊までの距離を尋ねたところ、およそ22kmとの回答を得られた。

ここで艦長の違和感は確信に変わった。

やはりおかしいのだと。

戦艦ミナス・ジェライスの環境の高さは約20m、つまり水平線は遠くとも17km程度であるはずだ。

しかし相手艦隊はまだ約22kmも離れているのにくっきりと見える。

これは帰ったらしっかり報告せねばとロドリゲスは心に決めた。


ひとまず駆逐艦数隻に先行させ、警告と対潜哨戒を行わせる。

無線通信、発光信号、信号旗による意思疎通を試みたものの、いずれも反応がなかったため拡声機による警告を行うことにした。

(拡声機の音声が届く距離まで近づくのは危険だが、やむを得ない。乗員には申し訳ないな...)

司令は心の中でひとりごちる。


数分後、潜水艦は見つからなかったため対潜警戒を解いた艦隊は国籍不明艦隊に対して警告を行った。


『こちらはブラジル連邦共和国海軍です。貴船団はまもなく我が国の領海に侵入します。直ちに引き返すか、返答をするよう要求します。従わない場合は敵対の意思があり、無害通航でないと見なし、警告射撃を行います。繰り返します。直ちに引き返すか、返答をしなさい。我が艦隊は致死性武力の行使を許可されています。───』


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


Side:ルシタニア王国艦隊


「天気は気持ちの良い快晴。海と空の碧と大艦隊のコントラストが映えるな。まさに我が国の栄光の歴史の新しい1ページの始まりに相応しい。」


艦隊司令のストラトス大将は誇らしげに言う。


「全くそうですな。しかし、魔法も持たぬ蛮族相手に本国第二艦隊は過剰戦力のように思えますが。」


艦隊参謀長のゼーラム少将が相槌を打ちつつ疑問を投げかける。


ルシタニア王国第二艦隊は軍港都市ポルタを本拠地とする艦隊で、本国艦隊の中でも特に大規模であり、艦隊としては世界でも5本指に入る大戦力を持つ。


内訳としては戦列艦175隻、竜母50隻の大所帯である。

特に艦隊旗艦でもある200門級のヴィットーリエ級戦列艦は、4層もの砲列甲板を持ち、全長100mを超える巨大な戦列艦である。

また、50隻もの竜母も、その圧倒的なまでのワイバーン搭載量を活かし、交代で艦隊直掩機を上げ、海棲魔物による襲撃や敵の待ち伏せを防いでいる。


「本国艦隊は久しく実戦を経験していない。いくら戦列艦が多くたって練度が低ければ台無しだ。今回我々が派遣されたのも実戦的な訓練の一環だろう。」


「なるほど、国防卿はそういう考えでしたか。」


「ま、魔法も持たぬ蛮族では訓練になるかも分からんがな!」


「はっはっはっ、その通りですな!」


この時、艦隊のトップ2人は完全に油断し切っていた。

油断というのは恐ろしいものであり、歴史を振り返ってもそこに付け込まれて勝てたはずの戦いで負けた例は数えきれない。

さらにトップがこのような状態では部下の進言も聞き入れない例が多く、これが原因で精鋭部隊が為す術もなく敗北する例もある。

彼らの場合、下っ端の兵までこのような考えが浸透しているのでなおさらダメだが。


それはさておき、彼らもブラジル海軍を確認したようである。

伝令の兵がそれを伝えに来る。


「提督、前方に蛮族のものと思しき船が見えました。」


「おお、でかしたぞ。蛮族のことだ、どうせ遠洋航海の技術も持たない。つまり奴らの本拠地も近いということだ。これは真西に向かった第三艦隊より早く到着出来るな。」


しばらくして、ブラジル海軍の駆逐艦が近づき、警告を行う。


「提督、奴らは領海だなんだとほざいています。さらにあろうことか我が艦隊に『要求』しています。」


「身の程を知らぬ蛮族め。よし、決めたぞ、この海戦では敵の降伏も逃亡も認めない。1人残らず殺し尽くしてくれるわ!」


「はっ、乗員に伝えてまいります。」


「よし、もう少しだ、射程に入り次第発砲しろ!」


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Side:ブラジル海軍


「不明艦隊、本艦より10kmまで接近」


「司令、再三警告を行いましたが、報告によると返答も引き返す素振りもございません。」


「うむ、やむを得まい、警告射撃を行うよう──」


ロドリゲスが重い腰をあげようとした、その瞬間であった。


「敵艦発砲!」


「...正当防衛射撃だ、警告射撃では無い。当てるつもりで撃て!」


『総員、戦闘配置。射撃用意。これは訓練では無い、繰り返す、これは訓練では無い』


けたたましくサイレンと放送が鳴り響き、水兵たちが動き回る。

建造当時世界最強と称された弩級戦艦、ミナス・ジェライスの30.5cm砲4基8門が初めて火を噴こうとしていた。


「駆逐艦アマゾナス被弾!艦首が吹き飛んだものの航行に影響は無いとの事!」


「よし、反撃だ!各艦主砲、前方敵艦隊に照準。敵は密集している、魚雷も順次発射しろ!」


戦艦2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦10隻からなるブラジル海軍主力艦隊が反撃を開始する。

レーダー照準によって統制された射撃は無誘導でありながら凄まじい精度を誇り、初弾から15%程が命中した。

中でも30.5cm砲の直撃を受けた木造船は竜骨が折れ、弾薬庫に誘爆し大爆発とともに轟沈した。


発砲直前の位置関係の図


挿絵(By みてみん)


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Side:ルシタニア王国艦隊


「蛮族共め、奥に艦隊があるというのに2隻しか出さないとは。我々王国軍を舐めているのか?しかもあの2隻、あの巨体の癖して小さい砲が3門しか載ってないではないか。まぁ、蛮族の癖に砲を持っていることが驚きだが。」


「全くおこがましいですね、力の差を見せつけてやりましょう。」


「ん?奥の敵艦が発砲したぞ。届くわけが無いのに、威嚇かなにかか?」


もちろん、この2人はあの遠く10km離れた艦隊からの砲撃が届くとは夢にも思ってはいない。

しかし、これを理由に彼らを無能だと責め立てるのも酷な話であろう。

彼らの常識では、砲の射程は5kmがせいぜいで、当てるなら4km程に近づく必要があるのだ。

しかも4kmまで近づいても大抵の弾は当たらない。

だから200門も砲を載せた戦列艦を建造したのだ。

そこへ、彼らをパニックに陥れる報告が上がる。


「提督!参謀長もいらっしゃいましたか!敵弾、直撃コースです。すぐにでも艦隊に回避運動を!」


「一体どうなっている!10kmも離れているんだぞ!何故だ!」


「そ、それより今は一刻も早く回避をお願いします!」


「...そうだな、わかった。全艦、陣形を維持したまま回頭し回避せよ。面舵いっぱい!」


しかし、その努力も無駄に終わった。

弩級戦艦と戦列艦では砲の弾速が段違いなのである。

戦列艦を相手にする感覚で回避しても間に合うはずが無い。

そもそも、魔法の人工風で増速してるからといって、鈍重な戦列艦では回避しきれないのだ。


「被弾多数、艦隊の被害は甚大です!」


「竜母アイテール、アクィラ、ウェントス、プルマ、戦列艦ニゲル、インゲルス、フィーリア、アウラ、ドラコ、ファキオ、マキナ轟沈しました!」


「敵艦、連続して発砲、まもなく3射目来ます!」


「多数の艦で浸水や火災が発生!...沈んでいきます!」


報告と悲鳴、というより悲鳴のような報告が艦隊の中でこだまし、司令はもはや発狂寸前といった状態だ。

本来であれば、上に立つものが動揺を見せるなどあってはならないことだが、油断から一気に地獄へ叩き落とされたのだから無理もない。


「何故だ、何故だぁぁ!蛮族共は魔法が使えないのではなかったのか!これじゃあ我が艦隊より優秀な魔導砲を持っているようではないか!しかもインゲルス級戦列艦は魔素で強化を施した金属装甲を纏っていたのだぞ!それをものともせず轟沈させるとは...」


周囲の艦が炎に包まれ、あっという間に海の藻屑となっていく中でストラトス提督は絶望に昏れる。


参謀長のゼーラムは艦内へ指揮に赴いた際に敵弾の直撃で死亡した。

幸いにも当たったのは小口径徹甲弾だったため艦自体に大きな被害にはならなかったものの、本国艦隊の参謀長ともあろう人物が戦死するなど王国のこれまでの歴史になかったことだ。


「提督、このままでは全滅必至です。撤退を進言します」


艦長が撤退を進言する。


「駄目だ!貴様それでも誇りあるルシタニアの戦士か!蛮族共に手も足も出ず撤退など、例え主神が提案しても私は認めんぞ!このまま前進しろ。射程に入れさえすればこちらのものだ。200門の斉射を食らって浮かんでられる艦など無い!」


「...分かりました、風魔法出力最大、帆を高く掲げよ!」


タッタッタッ

伝令兵が駆けつけてくる


「報告いたします。前方の海面より複数の白い線が向かって来ます。」


「航跡の見間違えではないのか?」


「いえ、位置関係的に航跡ではありません。」


「ふむ、海棲魔物かなにかだろう。気にする必要は──」


ドオォーーン


「なんだ!?また敵の砲撃か!?」


「...いえ、例の白い線に触れた艦から巨大な水柱が上がっています!...なっ!?水柱が上がった艦が()()しました!」


「蛮族共、海棲魔物まで使役しているというのか!?おのれ、魔法も使えない癖に...今に目にもの見せてくれるわ!」


ストラトス提督は叫ぶ。

その握りしめた拳は怒りで震え、血が滴っていた。

しかし、精神や勇気だけで戦いに勝てるというなら誰も苦労はしない。


やがて、砲撃と雷撃により艦隊の約半数が海の藻屑となった。


「提督。遺憾ながら、再度撤退を進言します。既に艦隊の半数以上が沈没しました。しかし、高価なゴーレムと精鋭の兵を載せた200隻の輸送艦の内120隻程は残存しています。これ以上被害が拡大しないうちに、離脱すべきです。」


「...わかった。撤退、するぞ」


こうして、ルシタニア王国は建国以来最大の敗北を喫した。


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Side:ブラジル海軍


「敵艦隊、反転し、離脱するようです。これ以上は命中が期待出来ないかと。」


「...帆船にしては随分と速いな。まぁいい。撃ち方、止め!」


「提督、海面の生存者はどうしますか?」


「もちろん、国際法に則って救助を行う。敵艦隊は戦列艦だ。白兵戦用装備を持っている可能性がある。くれぐれも気をつけるように。また、いきなり攻撃してきた理由も不明な上、敵艦隊の掲げていた旗も初めて見るものだった。士官を救助した場合は報告を忘れないこと。」


「はっ、救助隊に徹底させます。」


こうして、この世界初の海戦は地球国家の圧勝に終わった。

戦果は以下の通りである。


ブラジル海軍

・駆逐艦2隻小破

・死者7名、負傷者12名


ルシタニア王国艦隊

・竜母27隻沈没、7隻大破

・戦列艦105隻沈没、23隻大破

・輸送艦76隻沈没、5隻大破

・ワイバーン682匹被撃墜

・死者約51000名、負傷者約62000名、捕虜約7000名


しかし、こうも上手くは行かない戦闘もあった──。


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