「欲」
欲というものは自己を高めると同時に自身を暗い谷の底に落とすこともある。
あれが欲しい。これが欲しい。目に映る全てのものを手に入れたがる子がいた。家は貧しく幼少期の頃は自分が欲しいものを親にねだっても買い与えてもらうことはなかった。子は小学校に通い他の子が持っていて自慢する姿を遠くから、ある日には隣でただ呆然と見ているばかりであった。
子はやがて大人になり、自分で自分の欲しいものを手に入れることができる能力を得た。しかし小さな物、必要なものだけでは飽き足らず、大人はどんどん「欲」を増していった。
大人は恋をした。出会い、時間を重ね、お互いを理解して、二人は結ばれた。他人から見れば大人は全てを持っていた。誰もが羨むようなもの全てを持っていた。大人は何不自由ない日常を送っていた。
大人はそれだけでは飽き足らなかった。目に映る全てのものが欲しかった。物から始まったその「欲」は心にまで及んだ。
大人はある日の夜一目惚れをした。声をかけ、二人は知り合った。次の日の夜、大人は昨日と同じ場所に向かった。二人は再会した。お互いを知ろうと二人は言葉を交わし合った。
そんな関係も一ヶ月が過ぎた。大人は自分の空き時間を見計らって食事に誘った。真夜中だけでなく昼間も時間を過ごしたくなった。暑い夏の日だった。照りつける太陽に体にまとわりつくような生温い空気を感じた。二人は食事を終えるとそそくさとそれぞれの家へと帰った。
それきり二人は昼間に会うことはなくなった。
夏は過ぎ、秋も枯れ、冬を超えた。また夏になる。
大人は昼間外を出歩いた。初夏の陽気。涼しい風が脇を掠める。
二人は再会した。
大人は気分が悪かった。「欲」は満たされなかった。