その微笑みは
「オネエサン…?」
突如何も無い空間に話しかけ始めたエルフの少女に対し、狒々頭はポツリと零しながら困惑の表情浮かべる。その視線の遥か先…後方まで確認して見るもののそこには当然誰も居ない。
念の為にと手にしていた鋼の槍でその視線の先を突いてはみるが、何の手応えも無く益々謎は深まるばかりだ。
とはいえ自分の事も分からぬ様子の子供も言う事だ、狂言か…若しくは頭がイカれているのだろうと考え狒々頭はその行動を些事と切って捨てる。
「まぁいい…このまま娘を基地まで連れていく。ヴァキン、お前がそのままエルフの子供を運べ!ただし、間違っても傷を付けるなよ、本国には最高の状態で送らねばならんからな。もしも傷物にでもしようものなら…お前はその場で打ち首だ!」
そう宣言されたヴァキンという名前らしい猪頭の亜人は、何度も頷きながら大きな声で「了解しまシタ!」と返事をする。余程打ち首は嫌らしい。
…まぁ打ち首は誰だって嫌だろうけども。
そんな事を考えているうちに20体程の亜人の集団は隊列を変えながら、北東に進路を取り進んで行く。恐らくその先に基地が有るのだろう。
先頭には亜人の集団の中でもとりわけ大きな身体をしている豚の亜人。中央には狒々頭とエルフの少女を抱える猪頭、殿には副官らしき鳥頭、その他の亜人は周囲を固めている。
一見しっかりと隊列を組んでいるように見えるが…目的を達した安心感からか何処か弛緩した空気が流れている。それは隊長の狒々頭や鳥頭も同様であり、今この場で緊張しているのは打ち首にはされたくない猪の亜人位だろう。
そもそもこの亜人共は自分達以外にエルフの少女の存在を認識している奴は居ないと考えているのだろう。故に人目に付く前に捉える事が出来た以上、特段警戒すべき対象が居ないと考えるのも頷ける。
…まぁ、その考えが甘かったという事をこれから思い知らせる事になるのだが。
因みにルナが一連の流れの中で何をしていたかと言えば…話しかけてきたエルフの少女に対して、自らの人差し指を口元に運びながらしーっと、存在を明かさない様にとジェスチャーで伝えた後は直ぐにその場から移動し少女の傍に寄り添う形で息を殺していた。
正直な事を言えば少女を捕まえている猪頭の腕をへし折るなり、切り落とすなりして少女を助け出すチャンスは幾らでもあったが…少女の目の前で血生臭い事をするのは避けたいという思いが少なからずあっり、亜人共の会話からこの場で少女に危害を加える可能性は低いだろう判断した為、直ぐに行動に移す事はしなかった。
そうして亜人の集団に同行する形でそのまま30分程ほど進んでいった訳だが…ルナの中で少々焦りが生まれ始める。
(亜人共が休憩したり基地に着いたりしてから救出すればいいかと思ってたけど、休む気配も辿り着く気配も全然無い───そもそも助けた後も記憶喪失と思わしき少女をその場に置いてハイサヨナラって訳にも行かないんだから、この娘を連れて王都まで戻らなきゃ行けないんだけど…そうなると、そろそろ動きを見せないと夕ご飯に間に合わない…か)
そう、自分一人なら全力で走れば直ぐに帰る事は可能だろうが…少女を抱えた状態で猛スピードで走る訳にはいくまい。となると、余り悠長にしていると夕飯までには帰るというミアとの約束に間に合わない可能性が出て来た訳だが…
待たせる事でミアを不安にさせる様な事態は絶対に避けねばならず、夕飯時までと約束した以上は時間までに帰らなければならない。
というか…よくよく考えるとこの亜人共が生きている限りは少女の存在が知れ渡り、再び狙われる可能性が有るのだ。であれば一体残らず早急に始末しなければならないという事に今更ながらに気が付いた。
(私は間抜けか──仕方ない、ここで殺るか…)
頭部以外は概ね人の形をした相手を殺す事に全く抵抗がないとは言わないが…そこで躊躇するのは先程真っ向からぶつかり合い、打ち倒したナイトメアシープに対する冒涜であろう。
冒険者としてこの世界で戦う道を選んだ以上、どんな相手でも平等に戦い、必要で有れば殺すのだという決意と覚悟を持たなければならない。大羊は殺せても亜人は殺せない等と言う甘ったれた考えはただの自己満足でしかないのだ。
そうして己の中で改めて決意を固めると、即座に行動に移す。
エルフの少女は移動を開始する前に騒いだり逃げだしたりしない様にと猪頭の亜人に猿轡をされ後ろ手に両手も縛られていた。更にその状態で肩に担がれており完全に身動きの取れない状態となっている。そんな不自由を強いられている少女だが取り乱す事無く移動中ずっとルナを見つめていた。
ルナもまた少女が少しでも安心する様にと時折微笑みかけながら隣を並んで歩いている。しかし行動する事を決意したルナは微笑みかけるのを止め、代わりに少女に対して違うアクションを掛ける。まず両手で瞼を閉じる動きをし、ジェスチャーで目を閉じる様に指示を出したのだ。
始めは不思議そうな顔していた少女だが、何度か繰り返した事で通じたのかその青色に輝くサファイアの様な瞳を瞼で閉ざす。意図が伝わりホッとしつつも、ルナが続けざまに行った行動は俊敏かつ血生臭い物だった。
まず手始めに猪頭が帯刀していた腰の剣に手を伸ばし、引き抜くと同時に少女を抱えているのとは反対側の左腕を肩口から一閃の元に切り落とす。
余りに突然の事に声すら出せず、ボトリという音を立てながら転がる腕を眺める猪頭。そうして一拍の遅れの後、自分の腕が転がり落ちたという事を辛うじて認識したのだろう。「あ、あぁ…」という掠れた声を出しながら残された方の腕で落ちた腕を拾い上げようとする。
当然担がれていたエルフの少女はバランスを崩し投げ出される形で落下しそうになるが、その体を受け止める為にルナは両の手を伸ばす。
そうしてルナが少女を受け止めた次の瞬間、ルナの中に直接電流を流されたかの様な筆舌に尽くしがたい感覚が襲い掛かる。
途端ルナの脳内には全く見覚えの無い場所や嗅いだことの無い空気、夫婦と思わしき2人の聞き慣れぬ声等、五感を介する様々な情報が濁流の様に流れ込む。その脳を揺さぶる様な衝撃に思わず気を失いかけるが、奥歯を噛み締めどうにか意識を繋ぎ止める事に成功する。
「誰…?………私………私の………?」
すると腕の中の少女がうわ言のように何かを呟いている事に気が付く。どうやら少女にも何か異変が起こっているようだ。取り敢えず声を掛けてみよう…そう考えたルナだったが、その行為中断させられる事となる。
「アアぁぁぁあアァあああ!腕ぇぇェえっぇエエぇ!俺の腕エエぇぇえぇぇぇェエエ!痛でえェェえエエぇえエ!!!」
その理由は…猪頭の亜人が時間差で訪れた痛みに悶え周囲に絶叫を響かせたからだ。
時間の経過と共に気が緩みすっかり陣形を乱して歩いていた他の亜人共も、絶叫を上げた猪頭に気が付きその視線を一斉に集中させる。
そうして全ての亜人がほぼ同時に目にしたのは、肩口から血を噴水の様にまき散らし地面をのた打ち回る猪頭と、突如姿を現した人種の女が捕らえた筈のエルフの少女を両手に抱えている姿であった。
突然の事に困惑をしながらも、明らかに自分達の敵であろうルナに亜人は警戒しながら敵意の籠もった視線を向けて来る…が、まるで意に介さずルナは少女に優しさ話し掛ける。
「大丈夫?少し騒がしくなるから、耳を塞いで目はそのまま閉じててね」
猪頭の大声が気付けになったのか、意識をハッキリとさせた様子の少女はルナの言葉に頷くと、素直にその小さな両手で長い耳を折りたたむように塞いで見せた。
その姿を見届けたルナは少女をしっかりと抱え、集団のど真ん中から抜け出す為に膝に力を込め10メートル程前方に跳躍する。
地面に着地するのと同時に少女をそっと地面に置降ろすと、ゆっくり振り返りながら亜人の集団に視線を向ける。すると隊長らしい狒々頭が集団の中をかき分ける様に前に飛び出し、激昂した様子で話しかけて来た。
「貴様何者だ!いつの間に…いや、待てよ。そのガキが先程言っていた『オネエサン』とやらが貴様か。魔法か何かで姿を隠していたのだな、小賢しい…!貴様もエルフが目的か!」
「矢継ぎ早にまぁペラペラと…子供を誘拐する様な奴と長々話す趣味はないよ」
相手の質問には一切答えず、冷たい視線を向けたままそう返答する。全霊をぶつけ合ったナイトメアシープの時とは違い、幼い子供を誘拐する様な下衆と長々対峙する気は無かったからだ。
「ほざけっ!貴様を血祭りに上げてそのガキを返してもら………?」
狒々頭の亜人が途中まで言葉を言いかけるが、そのセリフが最後までルナの耳に届く事は無い。何故なら言葉を発するには首と胴体が繋がっている必要があるからだ。
猪頭から奪った剣を右手に持ち、構らしい構えも取っていなかったルナであったが…狒々頭が再度口を開くのと同時に目にも止まらぬ速度で一歩踏み込み、狒々頭との間合いを詰めるとその右手を水平に降りぬく。そして次の瞬間には狒々頭の首はその体と永遠の別れを告げ地面を転がっていた。
一太刀で相手の首を斬り落としたルナだったが、その心境は自分でも驚くほど冷静だった。確かに覚悟を決めて剣を振るったのだが…とはいえ冷静過ぎる。
そこに感じた違和感の正体。それは今朝も感じた、肉体が精神に影響を及ぼしているかのような何とも言えない奇妙な感覚。
『アビスゲートオンライン』の世界に置いて誰よりも敵を打ち滅ぼして来たこのルナという肉体に精神が引っ張られた結果なのか…或いは敵を殺す事を決意した自分の精神と肉体の記憶が同調した結果なのか判別は付かないが…
「首を斬り落としても何の感慨も湧かないっていうのはゾッとしない話だけども」
ともあれ戦場で冷静に戦えるのはメリット以外の何物でもない。自分に起きている問題は後回しで良いと思考を切り替え、亜人の集団にその剣の切っ先を向ける。
するとルナの独り言に答える様に亜人の中で一番の巨体を誇る豚頭がハルバードの様な武器を構えたまま前に出てくる。
「ブオォォオ、貴様を隊長殺しタ!だから貴様殺シたら俺が隊長ダッ!」
どうやら敵討ちの為に向かって来たのではなく自身の昇進の為らしい。先程斬った狒々頭の人望の厚さが良く分かり思わず涙が出そうになるが…向かって来てくれるのは好都合だ。
「そちらに付き合う通りは無いんだよね」
そう話すや否や、ルナは脳内で思い浮かべていた魔法のイメージを具現化させ魔力の奔流をその身に纏い始める。それに気が付いた副官である鳥頭の亜人が、「マズイ、魔法だ!一斉に掛かれっ!」と指示を出すが、最早遅きに失している。
解き放たれた魔力は亜人の頭上に雷雲を作り、無数の雷が容赦なく雨の様に降り注ぐ。
『サンダークラウド!』
雷鳴が地面を打ちつける音と亜人の耳障りな悲鳴が入り乱れる阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す。一番大柄な豚頭の亜人はそれでも暫く耐えていたが、4発、5発と雷が直撃した辺りで事切れたのか遂に地に伏す事となった。
「隊長が前に出てきてくれたお陰で、最初に始末出来て良かったよ。下手に散り散りに逃げられたら厄介だったから」
敵わぬと判断し散開して逃げられるのが一番厄介だったのだが、指示役を一番最初に潰せたのは思いがけぬ幸運だった。
そうして昼下がりの高原に突如現れた稲光がその煌めきを消した頃、雷雲の下にいた亜人共は見るも無残に焼け焦げており、死屍累々と言わんばかりにその屍を晒していた。
「見た目が派手な割には威力はそこまでの魔法じゃないんだけど…一撃で終わったのはレベル差のおかげだね」
『アビスゲートオンライン』では敵を近くで凝視すると相手のレベルを判別する事が出来るのだが、それはこの世界でも変わり無いようだった。
最初に亜人を見かけた時には強さを調べており、そのレベルは概ね20前後が多く、隊長格でも30程だった。
これだけのレベル差があると正に鎧袖一触といった様相で有り、ご覧の様にほぼ一撃で片が付く。それ故相手が集団でも最初から余裕があったのだ。
「後始末は…まぁ燃やせば良いか」
武器は探せば幾つか使えそうな物はありそうだが…特段値打ち物は無さそうだ。防具に関しては所々焼け焦げているし、そもそも今の自分には必要性が無い。そう判断した結果、猪頭の死体から剣の鞘を抜き取るだけに留める。
「間に合わせだけど、剣の1本位合った方が良いよね。───後は、念の為に…」
そう言いながら、少し離れた所に転がっていた狒々頭の首だけをマジックバックに収納する。
ギルドでエルフの少女との経緯を聞かれた時に、証拠の一つにでもなるかと思い持って帰る事にした。
「後は死体を燃やしてっと…」
最後の仕上げと言わんばかりにルナは再度その体に魔力を漲らせ、その満ちた魔力を言の葉に乗せる。
『火葬炎舞』
そう言葉を発すると同時に亜人の亡骸を囲む様に赤色の魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間魔法陣の内側を灼熱の炎が埋め尽くす。
それはまるで火の精が激しくも厳かに葬送の舞を踊るかの様であり、時間を掛けながら陣の内側を焼き尽くしていく。
そうして数分の時が流れ、魔法陣は搔き消えた後には焼け焦げた地面以外何一つ残っていなかった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「さて…と、後はこの子だけど」
全て終わったのを確認し振り返ると、エルフの少女は今だにその眼を閉じながらしっかりと耳を塞いでいる。
「記憶が無いのに言われた事をちゃんと守ってるのは…育ちの良さかな?」
先程の狒々頭との会話がブラフで無ければこのエルフの少女は記憶を失っている可能性が高い。そんな状態でも言われた通りに行動出来るのは、余程素直な性格なのだろう。
そう感心しつつ少女にそっと手を伸ばし、「もう大丈夫だよ」と声を掛けながらその肩にぽんぽんと合図を送る。するとエルフの少女は固くなった瞼を解すようにゆっくりとその瞳を開く。
前から合図を送った事で思い掛けず正面から見つめ合うような形になり、覗き込むようにジッとコチラを見つめる少女に思わず言葉に窮するルナ。
「え〜…っと」「助けてくれてありがとうお姉さん。お日様みたいなお姉さんのお名前は?」
見つめられたまま何から話そうかと逡巡していると、逆にエルフの少女からそう話し掛けられてしまった。そんな締まりの無い自分の姿に思わず吹き出してしまう。
「あぁ…そうだよね。最初は挨拶からだよね」
そう言ってルナはクスリと笑う。お日様の意味は分からなかったが、始めましての時は挨拶から入るのが道理である。どうやら自分よりこの少女の方が余程しっかりしているらしい。
「さっきはお返事出来なくてゴメンね。私の名前はルナ。貴女のお名前も聞かせて貰えるかな?」
そう笑いながら問い掛けると、エルフの少女は小首を傾げ少し考え込みながら小さく呟く。
「私の…名前…名前は……マリー?───そう、誰かが私の事をマリーって呼んでいた気がする。…うん、間違い無い、私の名前はマリー…!」
先程ルナに抱かれた時に何かを思い出したのか、他の切っ掛けか…ともあれ少女は失われた自らの名前を取り戻す事に成功したようだ。そうして自ら名前を口にした事で実感が伴ったのか、微笑みながらルナに力強く宣言する。
「私の名前はマリー。ルナお姉さん、宜しくね?」
そうして初めて話し掛けられた時と同様に、何故か言葉の最後に疑問符を付けるようにしながら自らの存在をアピールするのだった。
この度は私奴の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。
本作をお読み頂いた上で少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたなら
・ブックマークへの追加
・画面下の「☆☆☆☆☆」からポイント評価
等をして応援して頂けると、作者の力になり励みになります。
何卒宜しくお願い致します!オナシャス!




