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おまけ・元王子様と過ごす日々 3

 大学まで行ってはみたものの中にまで入る気にはなれず、今日はサボりでいいかな、とUターンした。

 いいんじゃないか、と真面目なはずのユリウスもその行動を肯定してくれるから、堂々と元来た道を戻ってアパートを目指した。

「キヨはこの辺は知り合いに見られるからと言って、一緒に歩いてくれなかったよな」

「そうだっけ。あれっどうしよう。ユリウス帽子被ってないじゃん。目立つよ」

「別にいいだろう。キヨと手を繋いで堂々と歩きたかったんだ」

 ユリウスが嬉しそうに繋いだ手を持ち上げるから、清乃もまあいいやという気分になってきた。

 一度は手放した恋だ。もう離したくない。


 恋。

(あれ。そうだっけ)

 してたんだっけ。ユリウスと。

 彼とはしないと、決めた気がする。


「えええ?」

 混乱してきた。

 今はいつだ。

 ここは大学時代に暮らしていた街? なんでこんなところに。


 清乃はユリウスと繋いでいた手を振りほどいて、今まで彼に預けていた手を見た。

 皺がない。水仕事なんて最低限しかしないから、荒れたことのない若者の手。

 気遣うように肩に触れてくる手も同様だ。掌は肉刺が潰れて硬くなっているけれど、甲はすべすべ、苦労知らずの王子様の手。

 見下ろしてくる顔は少年のもの。そろそろ大人になろうと頑張っている美少年の顔。


「キヨ」

 声も若い。昔、心地良く聴いていた朗らかな声。

「ユリウス? なんで?」

 そう。昔だ。

 これは何十年も昔の光景だ。






「……今更そんな可愛い反応をされても困るんだが」

 清乃はユリウスの唇が触れた自分の唇を手で隠したまま、テーブルに突っ伏した。

「………………仕方ないでしょ。ユリウスとは初めてなんだから」

 動揺したユリウスが意味もなくキッチンに行き、そして戻ってきた。

 テーブルに伏せたままの清乃はそれに気づかない。

 ユリウスは咳払いをしてから座り直し、そんな彼女をしばらく眺めていた。ややあって手を伸ばし、テーブルの上の手に手を重ねる。


「……なあ、キヨ。オレはもう王子じゃないけど、というか王子じゃなくなったから、か」

 清乃は重ねられた手を見て、次いですっかり老いたユリウスの顔を見た。

「……婚約者は?」

「婚約者もいない。歳下なのは変わらないけど、ここまで生きたら誤差の範囲内だ。結婚歴はあるし子どもも孫もいるけど。それでもよかったら、オレと付き合ってください」

 清乃は笑うしかない。

 笑う清乃を見たユリウスも昔のように嬉しそうに笑う。


「はい。あたしも同じ条件だから問題ないです。よろしくお願いします」


 その日から清乃とユリウスは、ふたりで古くて新しい恋をはじめることにした。






 清乃は夢を見ているのだろうか。

 目が醒めたら、このひとの顔にはまた深い皺が刻まれるのだろうか。

「皺も悪くなかったのに」

 思わず呟いたら、若い顔のユリウスが苦笑して自分の顎に触れた。

「そうか?」

「うん」





 ユリウスがなんでもすぐ周りに喋るところは、若い頃と変わっていない。

『彼女はオレの恋人だ。不用意に近づくな』

「何言ってんの? 若いひとに迷惑かけるのやめなさいよ」

 たまには外に出掛けたほうが、と付き添ってくれる若者を牽制するユリウスに、清乃は呆れるしかない。

『へえ。とうとうですか。おめでとうございます』

 笑いながら応じる若者にもだ。彼は、もう今はいなくなった誰かの孫だっただろうか。

 とうとうってなんだ。

『とうとうだ。キヨは頑固だからな』

『叔父さんも大概ですけどね。自分が死んだらすぐにキヨノ様のところへ行け、墓の中から挨拶をしたいと、あれだけ奥方に言われていたのに』

 彼女はそんなことを言っていたのか。



 清乃は一度も対面することのないまま逝ってしまったひとを想った。

 ユリウスとアリシアは喧嘩をしながらも仲の良い夫婦であったと聞いている。

 王子の婚約者の立場をうっちゃって、自分の心に素直に生きようとした少女の頃のままの気の強い妻に、ユリウスは最期まで寄り添い続けた。

 本当は彼女にも最初からユリウスの気持ちは伝わっていたのだ。

 ふたりは誠実にお互いに向き合って、一から関係を築いていった。

 失恋した者同士で傷の舐め合いをした、なんて言い方はユリウスはしないけれど、でも傷ついていた婚約者を彼は庇い慰めた。そんな彼に、アリシアも心を開いていった。

 彼らが結婚したのは、大人が決めたから仕方なくではない。自らの意思で婚約者を愛し一緒に生きることを決めたのだ。

 そんな彼らに、アッシュデールに移住したからといって清乃が気軽に関わっていいわけがない。


 ユリウスは子どもだったミカエルを連れて何度も日本に遊びに来てくれた。

 彼とはしばらく、甥を挟んでの親戚付き合いをしていた。

 ミカエルが大人になってからは、元友人の仕事仲間だ。

 友達でいれば、いつまでも一緒にいられる。

 若い頃はそんなふうに思っていた。そういうわけにはいかないことを、結婚してから()った。

 夫を苦しめたくない。大切な友人の妻を不快にさせてはいけない。

 だからユリウスとは親しく関わらない。

 何十年もそうしてきたのだ。

 ユリウスが妻を喪ったからといって、彼女の遺言通りに簡単に割り切れるはずがない。

 彼は妻を愛していたし、愛されていた。


 ユリウスは自分の気がすむだけ、いってしまった妻を想うだけの日々を過ごした。

 そんな日々に倦みはじめてもまだ自分の生が続くことを知って、億劫がりながらまた外に出ることにした。

 残っている旧友を順に訪ね、旧交を温めるうちに懐かしい感情が心に湧いてきたのだ。



 アリシアの好きな花はユリウスが知っているだろう。

 用意ができたらすぐにでも挨拶に行こう。

「あ。思い出した。この子フェリクスの息子でしょ。あいつまだしぶとく生きてるんだっけ」

『あれ。今また父の悪口言いました?』

 快活な笑顔の青年が、日本語を聞き齧って訊ねた。

『まだ言ってない』

『フェリクスにこっちに顔を出すよう伝えておいてくれ』

『来ないでしょ。若い奥さんに夢中なんでしょ』

『いえ、母とは別居中です。最近はわたしくらいの年齢の愛人に世話をさせています』

 息子に把握されている。奴もヤキが回ったものだ。

『暇ってことだろう。あいつにも報告しなきゃならん。死ぬ前に連れて来てくれ』

『承知しました』


 フェリクスの顔を久し振りに見た。

 悠々自適な隠居生活を送っている彼も、ユリウスのようにきびきび動いた。

「セイにもキヨと付き合うことになったって報告しておいた」

 弟の誠吾とは、二年ほど前に親戚の葬儀のために帰国して以来連絡を取っていない。異性の姉弟なんてそんなものだ。

 彼は今でも、実家のあった場所に住み続けている。自分が生きている間は、清乃がいつでも帰ってこれる場所を守ってやるのだと、そういう覚悟でいてくれているそうだ。

 叔父さんが酔っ払ってそんなこと言ってた、と娘が教えてくれたのだ。

 弱いくせに飲むから、と清乃は笑っておいた。


「元気にしてた?」

「うん。ジジババの恋愛事情なんか興味ねえって言われた」

「普通そうだよね。もう吹聴するのやめなよ。みんな反応に困るから」

「確かにな。キヨは一生老けないのかと思ってたら、こっちに来てから一気に歳取ったもんな」

 歳上のくせに若々しいフェリクスが暴言を吐く。

「ほっとけ」

「だから運動しろってあれほど」

「してるじゃない。毎日毎日異界を歩き回って」

「おまえらまだ向こうに行ってるのか。俺も久し振りに遊びに行くかな」


 フェリクスが集合をかけると、同年代の知人が何人か集まった。

 意外と生き残ってるな、と軽口を叩き、若い頃のようにアホな会話を聞きながら異界を歩く。

 海千山千といわれる国の重鎮ばかりが揃って、ピクニック気分ではしゃいでいた。

 彼らと会ったのは、それが最後だ。



 ユリウスは清乃とふたりきりになると気軽にくちづけてくる。

 優しく触れるだけのキスをして、毎日のんびりと隣に座っている。

 もうこの歳になれば、若い頃のような影響も少ないだろうから大丈夫だろう、なんて言いながら。


 あまり大丈夫じゃなかった。

 生まれて初めて念力らしきものを発現させた清乃は、急激な体力の消耗に耐えられず何日か寝込む羽目になった。

 この歳になってまだ人生初があるとは、と茫然としてしまった。

 焦ったユリウスは、しばらくは口以外にする、と反省しているのかそうでないのか分からない決意表明をした。

 こんなことは絶対周りにバレたくないと清乃は必死で隠そうとしたが、無理だった。

 周囲の若者は独居老人を放置しておいてくれないのだ。


 すぐに見守りの眼を増やされた。

 どうしよう死にたいかも、と思わず呟いた清乃にユリウスが、焦らなくてもどうせもうすぐ死ぬ、と老人らしい軽口で励ます。

 清乃が無自覚に超能力を発動させてしまいそうになったら、ユリウスや若い能力者たちが抑えてくれるようになる。

 本来であれば、能力を持って生まれた者は物心付く前から制御するすべを学ぶのだが、清乃はもう今更だろうということになって、訓練を免除されたのだ。


 若い頃ならもっと大騒ぎし、絶望していたかもしれない。

 だが老いた清乃は、手助けしてくれる周囲の人々に、手間を増やしてごめんなさい、ありがとう、と言うだけだった。

 人の手を借りて生きるのも、もう少しの時間だけだ。そう考えると、別にこのくらいいいか、という気になった。

 慣れつつあった感触がなくなるのは少し寂しい気もしたが、頬や手へのキスだけで充分心は満たされる。

 開き直った清乃は、せめて役に立つ仕事をしようかと、毎日のように部屋を訪れるユリウスと、護衛役の若者と一緒に魔女の夢の中に通った。

 その頃には手を繋ぐよりも、歳の割りに軽快に動くユリウスの腕に掴まって歩くことのほうが増えてきた。

清乃が妃じゃないなら側近なんかやらん、とほとんどがそっぽを向いたため、王子の側近にはルカスとオスカーがなることに。

全員お坊ちゃんで優秀だから、それなりの地位を築いたはず。

そして全員ユリウスの奥さんと仲が悪い。奥さんは喧嘩は受けて立つ派だから気にしてない。


ルカス 大きい子。ユリウスと同じ大学に行ってそのまま側近に。

ダム お馬鹿な子。って言われているけれど、成績の問題でなく性格の話。

ロン 小さい子。頭脳明晰。でも仲間と同じアホの子。

アレク 戦闘力高い。彼女持ち。

ジョージ お馬鹿な子。以下略。多分彼女いる。

オスカー チャラい。ユリウスと一緒じゃないとキヨに会えないから、と側近に立候補。

ノア うっかり者。

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