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王子様と過ごした日々 7

「魔女狩り手伝うよ。魔女の夢の中に入って、マリやその仲間たちの話を聴いてくればいいんでしょ。地球防衛軍に入隊させてよ。総責任者から給料出すからって勧誘されてるからいいよね?」

「…………えええ?」


 ずっと考えていたのだ。

 この九年間ずっと、魔女の国の王の言葉が、清乃の頭の片隅にあった。


 我々がいくら頑張っても、あと百年や二百年で片付く問題じゃない。

 だけど今わたしが頑張ることで、五百年後の子孫は魔女なんか昔話の存在と思って自由に生きられるかもしれない。

 三百年後は無理でも、五百年後に生まれる子どものために、わたしは諦めるわけにいかないんだ。


「あたしも二児の母になって考えたの。この子たちやこの子たちの子どもが生きる未来がより良いものであって欲しいなって。最近話題のSDGsもそうだけどさ、自分にできることがあるならやるべきだなって思うようになって」

 ダヴィドは、複数の魔女に気に入られている清乃ならできるが、他の人には難しい仕事だと言っていた。


 普通の話じゃない。だから無理強いはできないし、しない。だけどできれば引き受けて欲しい。子どもたちの未来のために。

 今すぐじゃなくていい。今は未来の子どもよりも、君の将来のほうが大切だ。

 決断するのはいつでもいいんだ。我々はいつまでも君を待っているから。


 そう、言っていた。

 学生だった清乃は、自分の人生しか考えることができなかった。

 だけど就職して仕事をして多少は世間を知って、赤の他人に一生を共にしてもいいと思ってもらえるような人間になって、人の母親になって、ダヴィドの言葉が少しだけ分かるようになってきた。

 清乃が少しだけ頑張ることで、未来の子どもたちに降りかかる危険が軽減されるのだ。

 自分がやりたいこと、やらなくてはならないことだけでなく、使命感を持って行動するというのも悪くない。

 そろそろ清乃も、そういうことを考えてもいい年齢だ。

「……でも危険だ」

「誰か一緒に行ってくれるんでしょ。陛下がおっしゃってたよ。あたしが協力する気になる日までに、あたしの日常にまで危険が及ばずに済む方法を考えておくって。ミカくんもどうせ向こうに行ってるんでしょ。そうしたら飛行機に乗らなくても会えるじゃない」



「キヨは昔から、次に何を言い出すか分からない」

 ユリウスが困ったように笑った。

 そんな顔にも優しさだけでなく、清乃が知らない彼のこれまでの人生で得た深み重みが見て取れる。

 ああ。

 彼はなんていい男になったのだろう。

 さすが。


「やっと気づいた。あたしあの最後にユリウスとデートした日、失恋してたんだ」


 さすが清乃が恋をしたひとだ。

 彼はいい男になると、あのときから分かっていた。


「なんだそれ」

「あたしね、あれからちゃんと好きになれるひとを見つけて、結婚して子どもも産んだんだよ」

「うん。想像以上にいい男だった」

「ただのおっさんだけどね。だけどあのひとがいるから。今なら失恋したって認めても、泣かなくてすむ」

 もうすでに次の恋を見つけているから。

 恋を実らせて、それ以上にと言えるほど大事な存在もできた今なら。

 今なら、あれは恋だったと、清乃は恋をしていたのだと認めることができる。

 お互いに好きなのに、お互いの気持ちとは別の理由で別れなければいけない。そんな理不尽な理由で失恋するなんて、認めたくなかった。


「……移行」

 古い話を持ち出された。

 今よりもずっと未熟だった清乃が必死で考えた、自分の心を説明するために選んだ言葉だ。

 今思えば馬鹿みたいな言葉。

「してたみたい。いつの間にか。知らないうちに」

 でもそこらへんは今もあんまり変わっていない。

 周囲の人に呆れられるくらいの読書遍歴を持っているのに、育たない大事なジャンルの語彙力。

 自分の気持ちを言葉で説明するのは難しいのだ。

 だから清乃は、言わなくても分かってくれるひとを好きになる。

 昔も、今もだ。


「今気づいたのか」

 まったく違うと思っていた。

 だけど夫はユリウスに似ている。気づいてしまった。

 似ているひとを好きになってしまっていたのだ。

「うん」

「遅!」


 今ならふたりとも、笑って話せる。

 切ないのは少しだけ。

 だってふたりとも、もうとっくに別々の道を選んで歩いている。

 今日久し振りに道が交わった。これからもたまに行き交うこともあるかもしれないけれど、でも基本は違う道だ。


「仕方ないじゃん」

「オレはちゃんと気づいてたぞ」

 多分そうなのだろう。

 だからユリウスは、清乃が認めることを最後まで諦められなかったのだ。

「うそつけ」

「嘘じゃない。やっぱり足が遅いからだな。夫に運動不足言う前にランニングでもしろ」

「それ関係ないから。寒いからもう帰ろう」

「そうしよう」

 玄関の扉を開ける前に、清乃は振り返ってもう一度ユリウスの顔を見上げた。

「ねえ、ユリウス」

「ん?」


「ごめんね。あたし頭がカタくて、なんでも遅くて。平凡な人間だから、真面目に生きていくことしかできなくて」

 清乃がもっとすごい人間だったら、過去の恋を振り返って切ない想いをすることなんかなかったはずだ。

「何故謝る。真面目に生きて何が悪い」

「悪くはない」

「そうだ。悪くないし間違ってもいない。キヨはいつも正しい。今日ミカを連れて来れたのだって、キヨが間違わなかったおかげだ。オレはずっと、正しいキヨを尊敬していた」

 最後まで友達でいることを選んだ。だからユリウスは今日、康太の前に堂々と現れることができた。

 そう、思ってもいいのだろうか。

「……うん。ありがとう」



「キヨの選択は正しかった。うちの母は魔女の亡霊に好かれていただろう。次期王(ルキウス)次期王弟(オレ)の妻がそうでないことを問題視する連中がいてな。キヨがいれば、と会議中に呟く奴まで出てきて、大騒動になったんだ」

 爽やかな顔で物騒な話をはじめられた。

「騒動って」

「ルキウスとふたりでキレて会議室を破壊した」

 世界一と二位のPK保持者が暴れたのか。

 大騒動になった、ではなく、大騒動を起こした、が正しいな。

 ユリウスたちは愛する妻への侮辱を赦せず、兄弟力を合わせて闘ったのだ。

「……わーかっこいい」

 清乃は日本に住んでいたため、バイオレンスなお家騒動に巻き込まれずにすんだという話か。

「まあな。キヨが危惧していたのはこういう事態だったのかと思ったよ。キヨがもっと素直な人間だったら、今頃魔女の国の王太子妃になっていたかもな」

 清乃が異国の次期王妃。

 その場合、現王太子夫妻はどうなっていたのか。そんな状況をつくる原因となった清乃(つま)に対するユリウスの気持ちは。

 それらはすべて、すでに回避できている不幸だ。

 考えるのはやめておこう。

「ぞっとしないな」

「な」

 ユリウスは優しい表情で清乃を見下ろしてから、玄関を開けた。


 家族には聞かせられない内緒話をふたりでしたのは、それが最後だ。




 家に戻ると、康太とミカエルが楽しそうにケンジで遊んでいた。

「お。おかえりー。ミカくんがケンジあやしてくれるから助かったあ」

「子どもに何させてんのよ」

「コータさん、色々ありがとう。オレたちそろそろ」


 服は着て行って。着てた服まだ乾かないから。てかホテルまで送らなくてほんとにいいの? と言いながら康太が玄関まで見送ろうとする。

「あたしね、子どもが大きくなったら今の仕事辞めて、ユリウスのとこで雇ってもらうことにしたから」

「へー? 何やんの?」

「お話聴き有償ボランティア」

 嘘ではない。

「……キヨ」

「老人ホームとかか。まあ頑張って」



「それでねユリウス、このひと八つも歳上な上に最近メタボ気味だから、多分絶対早くにいなくなるの。そうなったらあたしをアッシュデールに移住させてよ」


 真顔の清乃に、ユリウスの顔が引き攣った。

 康太はハイハイ、と言うだけだ。


「……キヨノさん? コータさんは恋愛結婚した夫だろ?」

「ただいま産後クライシス真っ最中」

「意味不明だろ。最近こればっか。俺が何をしたと」

「釣り以外何もしないのが悪いんだよ!」

「いやいやいや。やってるし」

「……よく分からないけど、ミサキ家は家庭円満ということでいいのかな」


「それでもいいけど。そういうわけなのでユリウス、ミカエル。これからは親戚として、またよろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

「よろしくおねがいします!」

最後までお読みくださりありがとうございました。

これで完結とします。


…が、当初予定していた大団円とは違う空気になってしまったので、この後おまけの話を付け足すことにしました。

もう少しだけお付き合いいただけますと幸いです。

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