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王子様の夏休み 7

 ふたつの鍋に具材を入れてぐつぐつ煮る、炊飯器を二台分セット。後はしばらく放置でいい。

(さて)

 清乃は手を洗うと、共有スペースのソファにクッションを抱えて転がった。

「キヨ? そろそろみんな帰って来るから、(やす)むなら部屋に」

「ん。分かった。後はよろしく」

 上の空で立ち上がる清乃を、ユリウスが追いかけてくる。

「大丈夫か? 疲れてる? 部屋まで送ろうか」

「ああ、うん。ごめん。考え事してただけ」

 包丁を持っているときは危ないから出来なかった。今日中に計画を立てる必要がある。

「考え事?」

「高橋佑介抹殺計画」

「キヨ」

「やっぱりあのとき息の根止めとくべきだったんだ」

「キヨノさん」

 ユリウスが清乃の肩を押さえてソファに戻した。

「みんな協力してくれるよね? 大丈夫、トドメは自分で」

「だまれ」

 頭突き。それは清乃の持ち芸なのに。


「いたい」

「セイから聞いたぞ。彼はキミに好意を持っているだけだ。抹殺する必要はない」

「何それ。どこのカレの話。そんなにカレー食べたいなら、もうルー入れちゃえば」

「オレは揉めているところしか見ていない。さっき何があったんだ」

 スルーするな。さりげなく隣に座って肩を抱くな。

 なんだこの相談に乗ってやる、みたいな上から目線な態度。

「カキ氷を奪われそうに」

「なんと言って」

「……運んでやるから貸せ」

【ただの親切だな】

 ルカスまで。

「あいつ見たら分かるでしょ! 完全にあたしのこと()る気だったよ。()らなきゃ()られるんだって。田舎のヤンキー怖いんだから!」

「そんなの子どもの頃の話だろう。今は真面目に働いているとセイが言っていたぞ」

「会社に昔の不良(センパイ)がいるからでしょ。油断したら、あたしなんか校舎の三階から吊るされちゃう」

 噂ではそういうことをしていたことになっている。奴ならやりかねない。

 だからこの十一年間、必死で逃げ続けてきたのに。県外の大学に進学して逃げ切ったと思っていたら、こんなところで。


「落ち着け。子どもの頃に何をしたらそこまで恨まれると言うんだ」

「……奴が体育の授業で足首ちょっと捻ったって情報が入った翌日に、患部を攻撃、鳩尾に膝入れて息を止めたところに人中に拳。戦意喪失を確認してから顔面殴ったら鼻血吹いてた。全部計画通り。それ全部事故だったって嘘ついて大人の前で泣いてやったら、奴が悪いって決めつけられてベソかいてた。ザマアミロ」

「子どもの喧嘩というより、タチの悪いチンピラの手口だな」

「だってムカついたんだもん」

【悪いのはキヨのような気がしてきた】

 反対隣にルカスが座る。デカい奴に挟まれてしまった。


「なあキヨ。マシューが言っていたの、悪くない気がしないか?」

 密談体勢になった。だから気安く肩を抱くなと。

「どの話。スパイスカレーか。確かに美味しそう」

「それもだけど。キヨの彼氏候補」

「おまえもあたしの敵か」

「聴けって。タカハシはキヨのことが好きなんだ。彼はキヨより歳上で筋肉質、子どもにお菓子をやるような男だし、キヨに優しくするつもりもある。悪くないと思うぞ」



 マシューがアレンジを加えたカレーはとても美味しく好評だった。

 が、辛すぎたためにフェリクスとカタリナのふたり以外は二、三口でギブアップした。

 作った本人もそうだったため、カタリナのために作った激辛カレーだったのだとすぐに知れた。仲良しだ。

【この肉大きくていいな】

【俺が切った】

【ルカスサイズか。さすが】

 食べやすいようにと小さめに切った野菜は清乃サイズと言いたいのか。マシューも大きさを合わせて切ってくれているのに。


【キヨ、おまえの元カレ、俺にガンつけてきたぞ。次見たら殴ってもいいか】

 カタリナのための激辛カレーを食べながら、フェリクスが清乃に文句を言ってきた。

「そんなおぞましい過去はないけど、奴のことなら二度と立てないくらいにしてやってよ。うっかりやりすぎたら、埋めるの手伝ってあげる」

「……どうした。ツェペシュモードか」

 串刺し公はやめろ。自分が言い出したくせに。

【それよりキヨ、ユリウスのあれ何? ケンカ?】

 ダムがダイニングチェアでなくソファに座って黙々とカレーを食べているユリウスを示す。分かりやすい不機嫌オーラの王子様。

 その隣には、ルカスが仕方なく付き合って座っている。

【ユリウス様がキヨを泣かせたんだ。ひどいことを言って】

 マシューがしれっと答えを投下する。

【そういうこと。マシューが助けてくれたの】

「キヨはすぐそうやって被害者振る! ひどいのはどっちだよ」

「そっちだよ」

【ユリウス、食事中はやめろ】

 従兄に咎められて、ユリウスは膨れっ面のまま食事を続けた。

 嫌な空気を作り出した王子様は、早々に食べ終わると立ち上がって食器を流しに運んだ。

「……後で洗うから」

「エラい」

 清乃が褒めてやったら、睨みが返ってきた。

「キヨよりはな」

「いや、教えたのあたしだから」

【ふたりともやめろって言っただろ。外でやれ】

「よしキヨ、表に出ろ」

「やだ。あたしまだ食べてる」

【これってケンカ? じゃれ合ってるだけ?】

【ケンカなんかしてない。ユリウスが言い掛かりつけてくるだけ】

 フェリクスが立ち上がった。清乃の後ろに立ったと思った次の瞬間、首根っこを掴まれた。

「何すんのよ! はなせ痴漢!」


【うるさい。カレーが不味くなる】

 ウッドデッキにポイっと放り投げられてしまった。オスカーが清乃の食べかけの皿をそっと持って来て置いた。

 フェリクスの指示を受けたルカスとアレクがユリウスを運び出すと、窓、鍵、カーテンの順にテンポ良く閉められていく。

【なんでオレまで!】

 閉め出された。

「…………あの野郎」

 口の中で毒づくが、悪いのは清乃とユリウスだ。

 清乃は仕方なくその場に座り、立てた両膝の上にカレーの皿を置いてもそもそと食事の続きにかかった。

 さっきの短い間に激辛カレーを足されていたようだ。誰の仕業だ。辛い。美味しいけど辛い。

「……何故泣く」

「……からい。水欲しい」

「……残り食べようか」

「もう少し頑張る。ユリウスが口付けたらあたし食べれなくなるでしょ」

 ふたりで協力して激辛カレーを完食した。

 窓の側に皿とスプーンを置いて、外で洗って乾かしておいたサンダルを履いて海まで歩くことにした。

 外はまだ暗くはなっていない。最後に時計を見たときは十九時過ぎだったか。

 海の家はすでに閉まっていたが、自動販売機があったため、ヒリヒリする口の中を鎮めることができた。



 夕陽は海に沈んでいなかった。

 それはそうか。方角が違う。

 砂浜に転がっていた流木にふたりで並んで座ってペットボトルの水を飲んだ。

 人が少なくなった浜辺に波の音が心地良い。

     ザザー……


「……え。何。この時間」

「なんでこの歳になって叱られて閉め出されてるんだ」

「しかもチャラ男に。意味分かんない」

 ちょっと言い争ったくらい、なんだというのだ。

 存在するだけで犯罪みたいな奴に咎められるいわれはない。

 我に返ったふたりは同時に立ち上がった。

「帰ろう。カーテンが開いてる部屋から中に瞬間移動し(はいっ)て鍵を開けられるから」

「あ、その前にスーパー行こうよ。財布持っててよかったあ」

 最寄りのスーパーは歩けない距離ではない。

 真っ暗になる前には帰れるだろう。

「よーし。あいつらに内緒でアイス買って食べよう」

「たっかいヤツ買ってやろ。経費で落としていいよね?」

「いい、いい」

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