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王子様と過ごした日々 2

 アッシュデール王国が表に出てきたのは、せいぜい数十年前のことなのだ。

 そうでなければ、数百年の歴史を持つ国の名が四十年前の地図に載っていない理由が説明できない。

 清乃の両親が学校で地理を学んでいた時代には存在が秘されていた。だから地理が得意だったと自慢する父も、その国名を知らなかった。

 ()じた国を開いて外国との交流を再開した矢先のことだったのだ。

 おそらく、現国王ダヴィドがまだ王子だった頃に開国し、彼は外の世界の書籍を気に入った。彼のコレクションに、その頃に出版された本が多かったのはそのためだ。


 アッシュデールから帰国して、古い地図を見たときから清乃の妄想は始まった。

 そういえば、とアッシュデールで見聞きしたものの記憶を繋いでいって、ユリウスたちの様子を見て、妄想が少しずつ現実に近づいていくのを感じていた。

 そして予感していた通りのことが起こった。


 ユリウスは清乃の前に現れなくなった。彼の友人たちも。美しい魔女も。

 繋がらないことを確認するのが怖くて、電話もメールもできないままだ。


「あたしの妄想のままにしておきたい」

 話を聞かなければ、こちらから連絡を取ろうとしなければ、彼らはこれまで通り普通に暮らしているのだという可能性も残しておける。


「国を鎖じた。うちの事情を知っている近隣国の協力を得ている」

「ひとの話を聴け」

「人々の意識に上らない。普通の人間は、地図を見ても気にしない。あそこにあるのはただの森だ。過去に観光に行ったが、もう廃れて何も残っていない。行っても何もないから行かない。あそこに近づくほどそんな気がしてくるようになってる」

「………………」

「キヨは賢い。調べようとしていたら、誰かが記憶を消しにやって来たかもしれない。アッシュデールの全員がキヨを知っているわけじゃないからな。俺のように外に残ってそういう工作をしている同胞が世界中にいる」

 やっぱり怖い話だった。


「……フェリクスは今何してるの?」

 彼は鎖じた国の外に残った。

 だからこうして清乃に会いに来れた。

「CIAの関連組織にいる」

「予想外にカッコいいことやってるな」

 いちいち腹が立つ。

「訓練にも参加させてもらえるし、情報も手に入れやすい。色々便利なんだ。今日は仕事で日本に来たから、ついでにキヨの顔でも見ていくかと思ってな」

「そんな適当な感じで来たのか」

 面倒臭い話じゃなくて良かった。

「ああ。ちょうど頼みたいこともあったしな」

「何。厄介事はやめてよ」

 過去を思い返せば、彼の話は大抵厄介事だった。


「大丈夫だ。大した話じゃない。国を鎖じた理由があってな。魔女の力が強くなりすぎてるから、というのがそのひとつだ。同じ世代に魔女がふたりも出現した。亡霊の暴走も頻繁に起こるようになった。キヨのように狙われる女がいつ出てもおかしくない状況だ」

 大した話だ。美味そうに日本酒を飲みながらする話ではない。

 ツッコミ待ちなのか。無視してやろう。そうしよう。


「もう揚げ物ってトシでもないよね。きゅうりでも食べる?」

「任せる。キヨはSNSはやってるか」

「アカウントは作ってるけど、見るの専門。友達が見てって言うから」

「だと思った。今は世界中の人間があれで情報をばら撒くだろ。空飛ぶ人間を見た、手を触れることなく物を浮かす奴がいた。サイキックだスーパーマンだと世界中に証拠写真を挙げる」

「…………生きづらい世の中になったよね」

「まったくだ。俺たちみたいな生き物は隠れるしかない。だから隠れることにしたんだ。亡霊諸共閉じこもって、再び外へ出られるように、毎日亡霊どもの相手をしてる。それが今のユリウスたちの近況だ」


 喋りながら、フェリクスは遠い眼をした。

 それを見て清乃は、彼は故郷の話をしたくて来たのだろうかと考えた。

 寂しそうだ。

 仕方ないか。大好きな従弟に会えないのだ。

 彼はきっと、ユリウスに会えなくなったことで清乃よりもずっと、辛く寂しい思いを抱えている。


「そう。王子のフェリクスが外に残ったのは、外で動く人たちの纏め役をやるため?」

「ああ。もう王子じゃないけどな。外に残るために称号の返還を早めた」

「ふうん」

「責任者として、俺は先を見据えて動く必要がある」

「大変だね」

「ああ。だからキヨに頼みたい」

 なんだ。本題があったのか。

「まあ、聞くだけ聞くけど」

「俺の子を産んでくれ」

「今日あたし研修だったんだよ。頭疲れちゃった。明日も仕事だからもう帰るね」

「聴けよ」

「Dry up! You graet prune!」


 口を閉じろ、間抜け野郎!

 映画で覚えたこの台詞を使ったのは久し振りだ。

 もうフェリクスのための構文と言っても過言ではない。

「おまえは英語上手くなったな」

 久し振りに会って頭を鷲掴みにするってどういうつもりだこの野郎。


「馬鹿なの? ああ違う。久し振りだから話くらいは聞いてやろうと思ったあたしが馬鹿だったのか。自分の非を認めて帰るよ。だから放せ犯罪者」

「聴けって。国を鎖じてもう六年だ。一度もナカからの連絡はない。多分相当難航してるんだ」

「……亡霊との闘いに」

「そうだ。スムーズに国を開けるよう、外で準備して待機しているのが俺の仕事だ。いつになるかは分からない。そろそろ出て来るだろうと思ってたがその気配がないんだ」


「とりあえず頭放せ。離れろ」

「じゃあ逃げるなよ。そのときが来たときに俺が動けないと困るんだ。二、三十年なら待てるが、それ以上になったら俺も生きてられるか分からん。後継が必要だ」

 だから酒を片手にする話じゃないだろう、それ。

「事情があるのは分かった」

「助かる。じゃあ早速」

「が。あたしに言われても困る」

「おまえしか適任がいない。産んでくれさえしたら、育てるのはこっちでやる。礼もする。頼む」

 適任てなんだ。一時的に魔女化して妊娠したら強い能力を持つ子が生まれるとか、生まれた子がポルターガイストを起こしても清乃なら騒ぎたてないとか、そういう話か。


「何言ってんの。それは困るって散々大騒ぎしたのはなんだったの?」

「あのときとは状況が違う。でもそうだな。子どもだけじゃなく普通に結婚するか。キヨなら事情が分かってるから面倒がなくていい」

「おまえほんと最低だな」

「どうせ彼氏なんかいないんだろ」


「…………いる」

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