表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/78

王子様と最後のデート 3

 このくらいなら服もすぐに乾くだろうと、日向のベンチに座って休むことにした。

 初春の空気はまだ冷たいが、太陽の当たる場所は暖かい。

 カップのホットココアを少しずつ飲んでいれば、寒さはあまり気にならなかった。


「……お国のみなさんはお変わりなく?」

「うん。あ、この間姪が生まれたんだ。それがすごく可愛くて」

 ユリウスが向けてきた携帯画面を覗き込むと、生後間もない赤ちゃん特有の頼りない顔のアップがあった。

「可愛い。ルキウス様の?」

「うん。ふたり目。上の子は色々喋るようになって」

 次の画像は、同じ赤ちゃんとそのお兄ちゃんのツーショットだった。

 二歳の男の子が生まれたばかりの妹の寝顔を覗き込んでいる。

「可愛い」

 ただただ可愛い。幸せしかない写真だ。


「こっちも可愛い」

 ユリウスが携帯を操作すると、目を疑うものが出てきた。

「なんであんたがそんな写真持ってるのよ。すぐに削除して!」

 先ほどのツーショットと同じ構図だ。

 ただし時代と国と性別が違う。二十年近く昔の清乃と誠吾だ。

 ユリウスが清乃の手を避けて、携帯を高い位置に持ち上げる。

「前にキヨの実家でアルバムを撮らせてもらった。これだけだからいいだろう」

「消してよ。高校の卒業式の写真も残してるでしょ」

「ああ。今とあんまり変わってないやつ」

「変わってます。成長してます」

「そうか?」

「見比べるな!」


 騒ぎながら日向ぼっこをしているうちに服は乾いた。

 計画通りペンギンを見てから、土産物屋を覗く。

 サメのぬいぐるみを見て可愛い、と言うと、買おうか、とユリウスが反応した。清乃は無表情でいらない、と返す。

 そうだよな、と彼は諦め顔で棚に戻した。汚部屋の住人はぬいぐるみなんてもらっても大事にできないのだ。

 清乃は某国民的マスコットのご当地キーホルダーをふたつ買って、車に乗ってからユリウスに両方渡した。

「これジェニーに。友達と一緒に集めてるって言ってたから」

「ああ、見たことあるかも。ありがとう。渡しておくよ」

「次は海鮮丼?」

「うん。この近く。生魚は日本じゃないと食べられないからな」


 少し遅い昼食を終えると、二時近くになっていた。

「まだ少し時間あるな」

 腕時計を確認しながらユリウスが呟く。

「なんの時間?」

「まだ内緒。このあと何かしたいことある? おやつ買って、さっき見かけたところで花見とか?」

 なんだろう。夕食の予約時間を気にするには早すぎるし。というか夕食はどうするつもりだろう。何も聞いてないな。


「賛成。お腹いっぱいだからちょっと歩こう」

「キヨの口から歩こうなんて言葉が出るとは思わなかった」

「四日間もぎっちり研修受けたらね……」

「大変だったんだな」

「走り出したくなったの、二十年振りくらいな気がする」

「走るか」

 ユリウスは本当に走り出した。

「待って! 食後はやめてよ。お腹おかしくなる」

「なんだ。走らないのか」

「走りたいならひとりで走れ」

 本気で嫌がる清乃を見て、ユリウスはおかしそうに笑いながら戻ってきた。



 桜はちょうど満開の時期で、花見客がそこかしこに座っていた。

 天気のいい土曜日、絶好の花見日和だ。

 他のカップルと同じように、ふたりで手を繋いでのんびり歩いた。

 ユリウスは目立つことを避けていつものようにキャップを被っているが、それでもたまに周囲からの視線を感じる。

 これだけ素敵なひとだ。仕方ない。

 彼は今日一日清乃とデートする約束だが、この美貌を独り占めするのは贅沢が過ぎるというものだろう。


「何を笑っている」

「ううん。目立ってるなあと思って」

「日本では仕方ないな。うちに来たときは、キヨのほうが目立ってた」

「王子様ほどではなかったと思うよ」

 日本は日本人ばかりが暮らす国だ。

 みんな同じような外見で生まれ、みんなが日本語を使う。どうしても、アジア人以外は目立ってしまう。

 ユリウスに日本で暮らそう、という提案は無茶振りが過ぎたな、と今になってそう思う。


「やっぱりアメリカかな。大学には色んな人がいるから、人種がどうとか気にする機会は少ないってフェリクスが言ってた」

 ふたりでアメリカに移住できたら楽しいかもしれない。

 清乃も英語の勉強は細々と続けているし、苦手意識はなくなってきた。ありだな。

「でもあいつ、日本人の女の子は人気があるとかなんとか言ってたよ」

「人種気にしてるな」

「あと金髪碧眼白人の俺はモテるとか自慢してた」

「それはよくしてる」

「嘘ばっかだな。ボストンは駄目だ。ニューヨークなら世界中から人が集まるのかな。それかロサンゼルスとか? あーでもあたし都会は無理かな」

 アメリカに移住する妄想をはじめてしまった。


「カンザス州は行ったことある」

「オズの魔法使いだ。ぴったりじゃん」

「でも向こうの田舎は規模が違うぞ。仕事は農業一択だ。毎日外仕事やる?」

「甘く見てました。中途半端な田舎者には無理です」

 清乃の言う田舎は、山や海などの自然がすぐそこにあってオシャレな店や娯楽施設はないけれど、スーパーやコンビニは自転車圏内にある場所のことだ。


「治安のこともあるしな。日本に住むのが一番いいと思う。最初のうちはオレが日本に来るときは隠れてついて来る人間がいたんだけど、途中から日本ならひとりで行ってもいいって言われるようになったくらいだ」

「そんなひとがいたの?」

 気づかなかった。

「実は。夜はオレがキヨの部屋に居るのを確認したらホテルに泊まるとか緩い護衛だったけど」

「確かにユルいな」

「キヨとセイみたいな穏やかな子が育つ国なら大丈夫かって意見と、訓練も受けていない一般人があんなに強い国ってヤバくないかって意見に分かれてて」

 知らないところで日本代表みたいな扱いになっている。


「結論が、日本は平和な国だと」

「魔法も超能力も銃弾も飛んでこないしな」

「銃弾」

「たまにしか飛んでこない」

 しょっちゅう飛んでくる国のほうが珍しい気がするが。


「やっぱり日本(おうち)が一番、か」

 オズの魔法使いのドロシーは、本当に求めるものはうちの近くにあると言っていた。うちの近くにないものはどこにもない。

 清乃が求めるものも、うちの近くにあるのだろうか。

 ユリウスが本当に求めるものは、清乃ではないということだろうか。

「There is no place like home. だ」

 そう思って生きていくしかないのだ。


「おうちが一番」

「ワインはうちのが一番だ」

「なんだかんだ和食が一番美味しい」

「農業国だから、アッシュデールの収穫祭は盛大だぞ」

「日本はお菓子も綺麗で美味しい。そろそろおやつ食べようよ」

「そうしよう」


 レジャーシートの用意はないから、眼についた石の上に並んで座った。

 和菓子屋で買ってきたおやつを袋から取り出して、まずは鑑賞する。

「ネリキリか」

「そ。練り切り。中学高校と茶道部に入っててね、これを食べるのが楽しみだったの」

 ユリウスが掌にそっと乗せてためつすがめつする。

「桜だ。綺麗だな」


「うん」

 綺麗だ。

 桜と練り切りとユリウス。

 綺麗なものばかりが清乃の視界に映っている。


「桜は物事の始まり、だったな」

 アッシュデールで清乃がネイルについて解説したときの話だ。

「よく覚えてるね」

「母があれから興味を持って、色々調べてたから。これ、綺麗だけど食べてもいいのかな」

「食べよう」

 情緒的なものはふたりとも控えめだ。儚い芸術品をあっさりと口の中に入れてしまう。

「食べても美味しい」

「食べたらお茶飲むの」

 ペットボトルの緑茶だが。でも充分美味しい。

 温かい緑茶をひと口飲んで、ふたりで満開の桜を見上げる。


「美味しい。日本で食べてないもの、まだいっぱいありそうだな」

「いっぱいあるよ。食べてないものも飲んでないものも、見てないものも」

「うん」

 ユリウスはまた食べに来たいな、とも見たいな、とも言わなかった。



「……あたしね、久しぶりに実家に住むことになったんだけど」

「ああ。職場が近いから」

「そう。でもね、田舎だから地元に帰っても友達ほとんどいないわけよ。みんな県外に出ちゃってて」

「そういうものか」

「そういうものなの。でね、休みの日は家か図書館に篭もって読書三昧かなあって考えてたら、昔の友達から連絡がきたの。帰ってきたなら遊ぼうよって」

「よかったな」

「うん。よかったんだけど、すごいなあと思って」

「何が?」

「その子中学時代の友達だよ。卒業以来だから、もう七年会ってなかったの。当時はそれなりに仲良かったんだけど、別の高校行ったら連絡しなくなっちゃって。でもお互い薄情なとか言うこともなく、会う機会があれば普通に話ができて」

「友達ってそういうものだろう」

「うん。これが恋人とかだったらこうはいかないよね。七年もなんとなく連絡しなかったってなったら、もうおしまいでしょ」

「まあ多分」

「ね。その子と友達でよかったなって思ったの」


 ユリウスは聞き上手だ。

 清乃が喋りたいときにはいつも、ほどよい相槌と適切なツッコミを入れながら話を聴いてくれる。

 ちゃんと話を聴いて、清乃が何を言いたいのか正確に理解してくれる。

「……そっか」

「うん」


 ふたりの距離はいつになく近い。

 清乃はデートだからいいか、と思って、肩が触れる距離に座っていたユリウスに寄りかかった。

「疲れた?」

「ちょっとね。朝早かったから。次の予定まで時間あるんでしょ。少し休ませてよ」

「そうだな。この後疲れさせる予定だから。今のうちに休憩しよう」

「……何をさせる気よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ