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魔女の国の王様と 後編

 これほどまでに他人から求められた経験は、清乃のこれまでの人生に一度もなかった。

 スポーツ界で記録を残したことも、うちに来て欲しいと学校側から求められるような頭脳も、その他特殊な技能も持ち合わせていないのだ。

 それともこれが特殊な技能といえるのだろうか。

 魔女の亡霊を、消滅させる技能。


【光栄です。ですが】

【うちの子たちは君に夢中だ。その理由と、彼らに懐かれても君が嬉しい顔をしない理由がなんとなく分かった気がするよ】

【心理分析ですか】

【ああ。わたしは素人だけどね。君は考えることが多いんだろう。目の前に人がいれば、その人間を思わずにいられない。相手が何を好みどうしたいと思っているか。相手の好む提案は、その後ろに立つ人物の意に沿わぬものではないか。無意識のうちに観察し、考察し、理解しようとする。その対象は、魔女の亡霊(てき)にまで及ぶ。厭世的になるのも当然だ。他人と会うと疲れるだろう】

【……アメリカの給料、中国人のコック、イギリスの家、日本人の妻を持つのが理想、でしたっけ。私よりも気配り上手なひとなんて、日本にはたくさんいますよ】

 本心から清乃は言った。

 民族的特徴を持ち上げられてもな、と思う。そんなの、清乃である必要はない。


【フェリクスもそう考えて、日本をフラフラしてみたらしい】

「ナンパ旅行」

 多分言葉は通じたが、分からない振りをされた。

【それでもキヨがいいそうだよ】

 鳥肌が立った。

【聞かなかったことにさせてください】

【そんなに嫌がらないでやってくれ。小さい女の子にしか見えなくて良かったと言っていたから、そこは安心して】

 それはそれでムカつくな。

【……お褒めの言葉は光栄ですが、私はそこまで言っていただけるような人間ではありません】

【君は自分を平凡な人間だと言う。確かにそうかもしれない。だがそんな君を、我々は欲しているんだ。得体の知れない魔女(モノ)を相手にしても自分を失わない、その上、魔女に好かれる才能を持つ。わたしの妻もそうだが、君ほどじゃない。そんな人間は滅多に現れないんだ。得難い人材だと思って、今日は種を蒔きに来た】


 畳み掛けられるのかと思って身構えていた清乃は、最後の言葉にまたたいた。

【種、ですか】

 ダヴィドの微笑は柔らかい。

 走行中の車内という密室で、立場の弱い人間を強引に口説こうとする意思は感じられなかった。

【君はまだ若い。こんな若いお嬢さんを、うちのような国に連れて帰ることに罪悪感を覚えてしまう。こちらからの勧誘を断ってくれて良かった、と正直思ってしまったくらいだ】

 若いというより、幼い子を見る眼だ。

 幼い子どもは気分が変わりやすい。前回は嫌だと言ったが、今回もそうとは限らないだろうとでも言われているようだ。

 簡単に意見を翻しても責めたりはしないよ、と。

【そうですか】


【仮定の話だ。君がもし、今後どういう形でもいい、うちの活動に協力してもいいと思ったときに、実際に何をすることになるのか。我々が君に何を期待しているか、話をさせてくれ】

【リクルートですか】

【そうだ。気の早いヘッドハンティングと言ってもいい】

 早すぎる。清乃はまだ内定が出ただけで、正式に就職したこともない学生だ。




 ダヴィドの話を聴き終えると、清乃は深々と頭を下げた。

【ありがとうございました。私の気持ちは変わりませんが、お話は覚えておきます】

【そうしてくれると嬉しい。去年渡した勲章は売ってないよね?】

「あっ……」

【えっ】

【ちゃんと持ってます。売ってません】

【あーよかった! おじさんを揶揄うのやめてくれないかな!】

 相変わらずノリのいいおじさんだ。


【すみません。なんとなく】

【君はうちの子たちと違って真顔でやるから怖いよ。勲章、今後もちゃんと保管しておいてくれよ。今後我が国に関わってもいいと君が思ったときに、あれが身分証になると思ってくれ。うちの人間に見せれば、君に便宜を図ってくれる】

【……ああ、私だって証明するもの、必要ですよね。日本人の顔、見分けがつかないですからね】

【そういう意味じゃなくて】

【先ほど、私と同じ色のコートを着た女の子に話しかけてましたよね?】

【……見てたのかあ。でもすぐ間違いに気づいたよ】

【ショックでした。あの子多分、まだ中学生くらいです】


 運転席のおじさんが、我慢するのをやめて笑い出した。

【おい笑うな】

【いやあ、やっぱりデイヴも嫌われてるな! 勧誘役は奥さまにお願いすればよかったのに】

 口調が砕けた。

 やっぱり彼は、ダヴィドの学生の頃からの友人なのだろう。ユリウスとその同級生たちのような関係なのだ。

【えー……、まあ若い女の子はおじさんは嫌いだろうけど】

 そういうとこだよ、と思ったが清乃は黙っていた。

【そういうところだろ。公爵は格好良いと言われていたらしいじゃないか】

 側近のおじさんが代わりに言ってくれそうだったから。

 やっぱり言ってくれた。


【言動がおじさん臭いか。そんなに?】

【というよりおっさんのくせにチャラさが滲み出ているのが嫌なんだろう。フェリクス様と同類だと思われてる。そんなところですよね?】

 さすが国王の側近。観察眼が鋭い。


【はい】

【ずいぶんはっきり肯定するんだな! やっぱり君は魔女向きだ。女ばかりで集まって色々企むのが好きだろう】

【そうかもしれません】

【デートしようなんてセクハラだったな。申し訳なかった】

【はい】

 そんなことありません、とは思わなかったから言わなかった。けっこう真剣に不快だった。

 王妃の口添えがなかったら来ていなかった。

【だからはい、って。ひどくないか。君はわたしのことをなんだと思っているんだ】

【デイヴさん】

 お忍び用の名前だ。

 今日のわたしは一般人だよ、と言ったようなものだ。だからその通りの扱いをしているだけだ。



 一般人の父親は息子が想い人との関係に悩んでいるからと、様子を見に来たりはしないということを彼は分かっているのだろうか。

【多分近いうちにユリウスから連絡があると思う。そうしたら、話を聴いてやって欲しい】

 さらりとそんなことを言うダヴィドを見ながら、清乃は思った。

 一国の王には見えない、だけどやっぱり一般人とは感覚の違う美形中年。

 自分と同じように過酷な人生を送る我が子に、せめて恋くらいは自由にさせてやりたいと願っている。

 清乃以上に人のことを考えているくせに、それでもそれが面倒臭いと放棄したりしないひと。

 それが当たり前過ぎて、負担に感じることがないのだ。

 器の大きさはなるほど、人の上に立つ人物だと思わせる。

 彼は魔女の国の王様だ。



【さて、温かいものでも飲んでから帰ろうか。キヨは何がいい?】

【ココアかミルクティーにします】

【おじさんが買ってあげよう。待ってなさい】

「大変。誘拐されそう」

【使役亡霊を出すなよ。君みたいな厄介な子、絶対誘拐したりしないから】

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