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魔女の国の王様と 前編

王子様の代わりに王様が出てきます。

よろしくお願いします。

 六月、合コン帰りの清乃は、ユリウスの超能力で瞼を持ち上げられなくされてしまい、間もなく意識を手放した。

 夕方から深夜まで飲み続け、その後異能力バトルを見学させられ、帰宅したときにはすでに日付が変わっていた。

 目を閉じていたら普通に眠くなって、寝てしまったのだ。

 何をするんだ、こんなときに能力なんか使うな、と多少文句を言った記憶はあるが、たいして暴れることなく眠ってしまった気がする。だって眠くなったから。

 起きたときには、彼の姿はなくなっていた。

 つまり結局何もしないまま、ユリウスは去ってしまったのだ。


 あれから半年が経つが、メールも電話も突撃訪問も、それまで頻繁にあった彼からの沙汰は一度もない。

 清乃からも連絡していない。

 彼の親族や友人など、アッシュデールに関わる人間とは誰とも連絡を取らないことにした。

 向こうからもこないのは、ユリウスが命令だかお願いだかしたためだろうか。

 これでいいのだ。

 ユリウスがそうしなければと考え、清乃がそうしたいと考えた、これがふたりの関係の現在地、そして結末だ。




【久し振りだね、キヨ。元気だったかい?】

 電話から聞こえてくる声からは、相も変わらず重みが感じられない。

 最重量級な事情を抱えた国のトップとは思えない。

【はい。陛下もお変わりないご様子で何よりです】

 一週間ばかり前に、ダヴィドの私的なアドレスからメールが届いたのだ。

 いついつに電話するから出てね、という内容だった。特に予定のない夜の時刻指定だったため、了解の旨だけ簡単に返信しておいた。


【君の体調と、周囲に異変は?】

 アフターフォローか。国王自ら。

【特にありません】

【それならよかった。じゃあ今度、約束の映画館デートに行こう】

【約束】

 心当たりがない。

 提案された記憶はうっすらあるが、約束をした覚えはない。

【ああ。安心してくれ。うちに来てくれとは言わない。ちゃんと家まで迎えに行くし、門限までに送り届けるよ】

 一人暮らしの大学生に門限なんかない。

 彼は今、ハイスクール設定で話しているのか。四十年も昔の話だろうに。

【どなたといらっしゃるご予定ですか】

 王妃と護衛が何人か、くらいだろうか。目立ちそう、というか確実に遠巻きにされる。

【嫌だなあ。デートだと言っただろう。ひとりで行くよ】

【そんな畏れ多い。辞退します】

 言下に切って捨てると、電話の向こうから笑い声が聞こえてきた。何がおかしい。

 一国の王とふたりで外出など、おそろしいことはできない。

 清乃は護衛役としてなんの役にも立たないのだ。襲撃事件でも起こって、騎士道精神を発揮した王に庇われてしまったら目も当てられない。その結果彼の国が王を喪うことになったとしても、責任なんか取れない。


【わたしの都合で申し訳ないんだが、年明け四日とかどうかな。もちろん日本時間だ】

【前科のある既婚男性とふたりで出掛けて、トラブルに巻き込まれるのは避けたいです】

 返事の内容を無視されたから、同じように無視し返してやった。

 電話の向こうで揉める気配がする。

 しまった。王妃も一緒だったか。小耳に挟んだレベルの過去の不倫ネタを出すべきではなかった。

【お気遣いありがとう、キヨ。でも気にしなくて大丈夫ですよ。今更そのくらい】

 棘がある。


 なんだこれ。何もしていないのに、夫婦問題に巻き込まれているのか。厭味を言いたいがために選んだネタが悪かったのか。

【王妃陛下。ご無沙汰しております】

【ええ。突然ごめんなさいね。若いお嬢さんとデートだなんて厚かましいとは言ったのですけど。一度だけでいいから、この中年にあなたの時間を分けてもらえないかしら】

【……陛下がそうおっしゃるのなら】


【ありがとう! 今観たい映画はあるかい? 考えておいてくれ。行きの車で相談しよう】

 また軽い中年男性の声に変わった。

 清乃は子ども向けアニメを観たいと言ってやろうかな、と考えながら、分かりました、と言って電話を切った。



 インターフォンの音に反応して玄関のドアを開けると、そこには背の高い外国人が立っていた。

「ほんとに来た」

 異国の王様が。日本の小娘とデートとやらをするために。

【約束したからね】

 しまった。このひと、なんとなく日本語分かるんだった。

 美形中年は軽い口調とは裏腹に渋い大人の笑みを浮かべ、ビタミンカラーの可愛らしいミニブーケを差し出してきた。

 清乃が思わず硬直してから、私にですか、と視線で問いかけると、頷きが返ってきた。

 いらねー。とはもちろん言えない。言いたい。


【……ありがとうございます。こういうのって、もらったらすぐ活けるべきなんでしょうか。帰って見たら枯れてた、ってなったら微妙な気持ちになる気がするんですが】

 受け取った花束の行先の正解が分からず、経験豊富な大人に訊いてみることにした。

 映画の女性はどうしてたっけ。

【あはっ。確かに扱いに困るな。ごめんごめん。そのままでも一日で枯れたりはしないはずだけど。でも気にしてくれるなら、花瓶に挿しておくのがベストじゃないかな。わたしは車で待ってるから。ゆっくりでいいよ】

 花瓶なんか、この部屋にはない。棄てそびれて溜まっているジャムの瓶でいいかな。

【ありがとうございます。ではお言葉に甘えて】

【あっ、あとね、女性の服装に注文を出すのは失礼だと分かってはいるが、言わせてくれ】

「はあ」

【なんでスーツ? そこまで自分の意思(プライベート)じゃないアピールされたらさすがに傷つくよ。着替えて欲しいな】


 失礼のない服装を、と考え抜いた結果だったのだが。

 もしかして間違えてるかも、と気づいたのはほんの五分ばかり前だ。約束の時刻が迫っていたから開き直ることにした。

 まさかやり直しを要求されるとは。暴君め。

 ダヴィドはジャケットの下にハイネックを着た大人の休日スタイルだ。格好良い。

 並んで歩きたくない。スーツを着てお付きの人間のような顔をして後ろを歩くくらいがちょうどいい。

 ゆっくりでいいって言ったじゃん、と言って三時間くらい待たせたらどんな顔するかな、と考えながら、清乃は玄関の扉を閉めた。



 もちろん、目上の人間に待ちぼうけを喰わせる度胸は清乃にはない。

 急いでラッピングを剥がしたブーケを瓶に突っ込むと、クローゼットを開けて少しだけ悩んだ。

 結局清乃は、ブルーよりはカジュアルさが軽減されるかと穿いた黒デニムに、アッシュデール訪問以来しまいっぱなしにしていたレース付きブラウス、濃緑色のカーディガンの上にグレーのコート、を正解とすることにした。

 くたびれていない無難そうな服を順に着ただけだ。スーツが駄目ならこれくらいしか着るものがない。

 駐車場の隅に停まっていたのは、セダンタイプのレンタカーだった。

 一般人のように車をレンタルして来たようだ。

 清乃の姿に気づいたダヴィドがすぐに車から降りてきた。後部座席の左ドアをさっと開けてにこにこする。

 ぺこりと頭を下げてから、エスコートされる立場に甘んじることにする。抵抗感を見せたら面倒なことを言われそうだし。


【今日は一日、デイヴと呼んでくれたら嬉しいな】

 ダヴィドは運転席の後ろの席。運転するのは別の人物のようだ。

 見たことがある。確か国王の側近的な人だ。

【デイヴさん。今日はよろしくお願いします】

 ダヴィドに向かって言った後で、バックミラー越しに運転席の人物にも会釈をしておく。

 半白髪の落ち着きある紳士だ。五十半ばのダヴィドと同年代に見える顔だが、白髪の割合が多いのは、上司に振り回されているせいだろうか。

【ああ、彼とは面識があったんだったかな。妻が若いお嬢さんとデートなんて非常識なことをと言うものだから、仕方なく連れて来たんだ。いないものと思っていいよ】


 いいわけがないだろう。

 彼はアッシュデールでの清乃の振舞いをすべて把握しているはずだ。部屋の隅で気配を消しつつも、たまに笑いを噛み殺していた姿を覚えている。

【この方が失礼な言動をするようなら、すぐに引きずって帰るよう密命を受けております。何かありましたら、いつでもお申し付けください】

 秘密の命令じゃなくなってる。

【おい】

【ありがとうございます。よろしくお願いします】

【まあ今日は、金持ちのおじさんと遊びに行く、くらいの軽い気持ちで付き合って差し上げてください】

 それ多分、軽い気持ちでしたら駄目なやつ。

【この近くの映画館は、ショッピングモールの中にあるんだろう。そこでいいかな。キヨは何を観たい?】

【SFゾンビ】


【いいねえ。観たかったやつだ】

 ダヴィドの勧めてくれる小説は、人間の心理を深く掘り下げた作品が多い。それでいて冗長にならない小気味良いストーリーで、日本語訳されたものも読みやすい。

 清乃は翻訳本はたまにしか読まないが、彼から勧められて読んだ三冊はどれも面白かった。

 映画に関しては有名どころは大体押さえている、程度のようだ。清乃も同レベル。

 つまりハリウッド作品ならば無難に観れるだろうと予測を立てられる。

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