王子様と一緒に合コン 2
二次会は男子のひとりが会場を提供してくれた。
一次会だけにするって彼氏と約束したから、と友人のひとりが帰っていった。明日始発に乗って就活行かなきゃ、と男女ひとりずつも名残惜しそうに離脱した。
あたしも予定が、と清乃が便乗しようとするも、明日昼まで遊んでくれるって約束だろ、とユリウスに引きずって行かれた。
メンタル弱い男子の一人暮らしのアパートは綺麗に掃除されていて、そういう点でも清乃と気が合いそうになかった。
途中コンビニで買った酒とつまみで、一次会と同じように、だけど今回はみんながそれぞれの話をしながら飲んだ。
ユリウスは一次会で話の中心になり続けたことを反省し、楽しそうに聞き役に徹していた。
「これが日本の合コンか。面白かったな」
日付が変わる前に解散しようとアパートを出て、同じ方向に帰るグループを作った。
「うん。ごめんね。ユリウス君。今日のは全然合コンじゃなかった」
「ただの楽しい飲み会だったな。今も楽しい。このカオ見てるだけで楽しい」
「そうか。まあこのカオが役立ったならよかった」
謙遜しない外国人を、日本の大学生がケラケラ笑う。
「きよっちを送るのはユリウス君に任せていいのね。紳士だもんね。信じてるよ」
「大丈夫。信用して」
「ユリウス君頑張れ! 俺は応援してるぞ!」
「ありがとう。頑張る」
「何をだよ」
「色々」
「じゃあね〜。ハタチになったらまた飲もうね〜」
「ばいばーい」
疲れた。
「疲れた」
「おんぶする?」
そんなことはされたくない。
「しない。歩く」
「じゃあ手」
ユリウスが差し出した右手を、清乃は叩き落とした。
「つながない。そんなことするなら、今日みたいなのはもうやめて」
「でもあれがオレの本心」
「そんなものあたしに押し付けないで。迷惑だし失礼だよ。あたしにも、今日集まってくれたみんなにも」
「そうか」
「そうだよ。反省しろ」
「はい」
ユリウスは絶対反省なんかしていない。してたら、こんなときに手なんかつながない。
「あんなのはもう嫌だよ。二度としないって約束して」
「約束したら、キヨは自分で彼氏見つけてくる?」
「あんたとそんな約束をする理由はない」
手を振り払おうとしたら意地になったように力を入れて握られるから、諦めて好きにさせておく。
「理由はある」
と見せかけて、脇腹をつねってやった。ユリウスがうぎゃっとなった隙に手を取り返してスタスタ歩く。
「あたしにはない」
いつになくしつこいユリウスに肘を捕まえられた。
「じゃあオレはいつどうやってキヨを諦めたらいいんだ。好きだ、ってずっと言ってるのに。意味が分かってるのか」
「責められる筋合いない! あたしちゃんと言ったよね? 日本に来て欲しいって。拒否したのはユリウスだよ」
再び振り払うと、ユリウスの顔が歪んだ。
(なんであんたがそんな顔するの)
好きな気持ちを忘れることと、好きにならないよう努力し続けること、どっちが辛いかなんて分からない。
一方的に被害者ぶられても、清乃は反発するしかない。
「……あんなのずるいだろう。無理だって分かってるくせに」
「じゃああたしにどうしろって言うの? 先がないって分かってて付き合ったりなんてできないよ。やることやったら自分の身体がおかしくなるかもしれないんでしょ。日本を出たくないって言ったら、おかしくなった後に捨てられちゃうか、下手すれば消されちゃう。それを分かってて簡単に好きとか言うそっちのほうがずるい」
あの国は多分、そのくらいのことはやる。危険の芽を残すようなことはしない。
清乃が魔女に近い存在になって、それでもアッシュデールを拒否し続けるなら、新たな魔女の家系が日本にできる前にその可能性を潰す。
清乃がユリウスに提案した日本で子どもを持たないまま暮らす、も、例え彼が頷いたとしても実現できたかどうか分からない。
「だからキヨが早く彼氏つくってそいつと幸せになってくれたら。そうしたらオレ」
「そうしたら何よ。もう会いに来なくて済むって?」
歳下だからと甘やかしすぎた。
好きだと言ってくる完璧な王子様の存在を無視して、別に好きになれるひとを探すことなんかできるわけがない。
実際に無理だった。どんなひとを見ても、ユリウスと比べてしまう。好きになるどころか興味すら持てない。
清乃が彼氏をつくるのが先じゃない。
ユリウスが態度を改め、節度と距離感を保った付き合い方を覚えるほうが先だ。
もしくは、それができないのであれば、会うのをやめるか。
「……そうだよ。もうすぐ、会いたくても会えなくなる日が来る。そうなる前に、自分の意思で日本に来るのをやめたい」
「じゃあ今すぐそうしなさいよ。自分の意思の弱さを他人のせいにしないで」
「そん……伏せろ!」
伏せろってなんだ、ここをどこだと思って、一般人は銃なんか見ることない日本だ。
清乃の反射神経の大部分は思考に割かれている。
伏せろと言われてすぐに身を低くすることなんかできない。
ユリウスはそれをよく分かっているから、自分がしゃがむついでに清乃の脚を払って強制的に伏せさせた。
アスファルトに激突する直前に彼の腕に受け止められていなければ大惨事になっているところだった。
ずいぶんと乱暴なことをされた。
緊急事態なのだ。
「キヨ、怪我はしてないな。走れるか」
清乃がパニックを起こさないようにだろう。ユリウスは慌てる様子を見せずに、穏やかな声で彼女の現状を確認した。
「た、多分走れない。怪我はしてないけど、アルコールが残ってる」
「分かった。乗って」
しゃがんだユリウスの背中に清乃が体重を預けると、彼はすぐに立ち上がって走り出した。
二次会のアパートを出てすぐのところにあった土手を通り、川に架かった橋を渡って住宅街に入ろうとしたところだった。
時刻はもうすぐ零時。
人通りは皆無、たまに車が通る程度だ。
そんななか、ユリウスは清乃を背負ってさっき渡ったばかりの橋の上を全力疾走している。
人ひとりおぶって何故こんなに速い、とのツッコミは今更だから頭の外に追いやってしまう。
何が起こっているのだろう。
今から何が起こるのだろう。
説明を求めるより先に、聞いておくべきことがある。
「あたしは何をしたらいいの」
「隠れる場所はなさそうだな。キヨはオレの後ろ十メートルくらいの位置になるべく小さくなって気配を消してて」
今からユリウスはナニカと戦うのか。
清乃はとばっちりを喰らわない、何かあったらユリウスのPKを発動できるよう視界に入れる位置で邪魔にならないようにしていればいいということか。
「気配を消すって、動かない喋らないってことでいい?」
「それでいい。いつもながら反応と理解が早くて助かる」
「マリは呼んだほうがいいの?」
「最終兵器はなるべく隠しておけ。だけど危ないと思ったときはすぐに呼び出して」
土手まで駆け戻ったユリウスは河川敷にジャンプに近い降り方をした。
梅雨明けはまだ先だ。
今朝まで降っていた雨のせいで、地面はぬかるんでいた。
ユリウスは湿り気の多い草むらで清乃を降ろすと、すぐに膝を抱える彼女の視線を正面から捕まえて両手を握った。
「他には? あたしにできることがあるなら教えて」
「オレはキミのことが好きだ。キミは無事でいてくれればそれでいい。ここで待ってて」
ユリウスにキスをされたのはこれで三度目だ。
一年以上前、頬に二回。今回は、ぎゅっと握られた右手の指の付け根。
さっきまで言い争っていた。きっと、それでも気持ちは変わっていない、と伝えたかったのだ。
こんなのは嫌だ。
この後何が起こるか分からないから、後悔しないように生きる。
そんな覚悟持って欲しくないし持ちたくもない。
「していいって言ってない。後から説教だよ」
間違えた。
気をつけて、とか怪我しないでね、とか、そういうことを言うつもりだったのに。
「ちょっとやる気を出したかっただけだ。赦してくれ」
経皮感染はほぼないという実験結果が出ている。だから問題ないだろうという理屈なのか、ユリウスはもう一度清乃の指先に唇を付けてから立ち上がり、彼女に背を向けて歩いていった。
橋の欄干に黒い人影が立っているのが見える。
普段清乃は夜出歩いたりしないから、たまにこうして月の明るさに驚かされる。
満月ではないものの、円に近い形の月をバックに立つ人物は、髪の長い女性のように見えた。
(すごい。登場シーンがアニメみたい)
正義の味方でも悪役でもいける場面だ。
あの立ち位置、なんの意味があるんだろう。アニメなら印象付けたいがための演出だと認識できるが、現実に見せられたらどう考えればいいのか分からない。
目立ちたいのか。そうかも。魔女の亡霊は自己顕示欲高めみたいだったし。
魔女がユリウスの姿を見つける。
ああ、なんだ。見晴らしのいいところからユリウスを探していただけか。自己演出過剰な目立ちたがり、とか思ってごめんなさい。
欄干から飛び降りた魔女は、空中を滑空してユリウスの前に着地した。




