別の王子のはかりごと 前編
別の王子の話です。
メインのふたりは出てきません。
言語の使い分けがないので、「」で統一してあります。
彼の名前はフェリクス。
アッシュデール王国国王の弟の息子、つまり王子様である。
王太子の息子が生まれすくすくと育っている今、そろそろ自分の役割は終了としていいだろう、と王弟が言い出した。彼は息子共々王子の称号を返上するタイミングを計っているところである。
その息子のフェリクスは、普段はボストンで大学院生をしている。
全部親父に任せるわ、として、王子の身分に執着を見せることはない。
長身美形な外見と高い身体能力、優秀な頭脳、身分などなくともどこへ行っても生きていけるだけの能力を持っている青年である。
女癖の悪さを欠点と見る人間もいるが、そこがいい、相手してくれそう、とする女性も少なくない。
格好良い。
と、ロンも思っている。
いっそ神々しいまでの美貌のユリウスとはまた違った雰囲気の色男だ。
アッシュデール十代男子のご多分に漏れず、ロンもチャラ男教の信者である。フェリクス王子のようになりたい、と見上げながら大きくなった。
だが、この姿はいかがなものか、と思うだけの冷静さを失うほど盲目的ではない。
「おう、来たか」
「……来ましたが。何なさってるんですか」
第二王子の学友の立場を持つロンは、フェリクスの部屋も何度か訪れたことがある。
王子に相応しい広さと装飾の部屋である。
その部屋の中央にあるソファに座り、書籍を手に持つ姿もかっこいい。
が、その前のローテーブルに積まれた本はなんなのだ。よく見ると、今読んでいるものもそうだ。
「研究」
意味が分からん。
「この表紙、すごい絵ですね」
一般的な人間の汚く見える部分を徹底的に省き、綺麗な部分だけを強調したような顔の男女の絵である。
「ああ。すごいだろ。日本のマンガ。最近ジェニファーがハマってるらしくてな。借りてきた」
へえ、と言いながら、ロンも一冊手に取ってパラパラとめくってみた。普段読み慣れた書籍とは逆にページが進んでいくが、日本の書物を数冊読破済みの彼はすぐに違和感をなくした。
登場人物全員が、ユリウスのような美形ばかりだ。とんでもない世界である。
「面白いですか」
「全然」
「なんで読んでるんですか」
「まあ座れ。そしておまえも読め。日本語分かるんだろ。ほら、一巻はこれだ」
ロンがまじかよ、との気持ちを顔に出しても、真剣な表情で少女漫画に取り組むフェリクスは気づかない。
仕方なく読みはじめる。
えっなんで、とか、このひと何してんの、意味分からん、とか最初は思う。思いながらも読み進めていく。
あっという間に一冊読み終わっていた。
「……えっ何これ。おもしろっ。次ください次。二巻読みたい」
「面白いのか……あーっと、おまえたち最近別の名を使ってるんだったな」
海外留学中のフェリクスはしばらく知らなかったのだ。夏に一緒に日本に行ったときに話し、それ以降はお互いに留学先に行っていたため、ほとんど顔を合わせていない。
今回はたまたま帰国のタイミングが合い、久しぶりに会ったのだ。ロンたちの新しい通称に慣れていないのも当然である。
「ああ、はい。ロンって呼んでください」
主の現在のパートナー、清乃のための名前だ。
彼女のためのドラゴンになる。ひとりでは無理でも、六人で紅い竜のような騎士になる。
六人でそう決めて、清乃の帰国後も貴族の子息にしては簡単過ぎる名を大事にすることにしたのだ。
「ロン。おまえそれ全巻読んで、レポートを提出しろ」
「レポート。えっ感想文ってことですか」
「そんなものはいらん。これ全部、キヨのおススメらしいんだ。串刺し公がどんな顔してこんなの読んでるのか想像できないが、まあ年頃の娘らしくこういうのに憧れる一面もあるってことだろ」
「はあ」
清乃の話か。
ロンにとっての彼女は冷静な眼と豪胆さとを併せ持つ尊敬すべき軍師であり、それと同時に優しく可憐な女性でもある。
主の想いびとに対する以上の気持ちを持っているが、それを表明しようとは思っていない。彼女が名実共に主のパートナーとなり、ふたりに仕える日が来ることを夢見ている。
主はその未来を望んでおらず、そうなることを阻止するよう命令を受けているのだが、家臣にも夢見る自由くらいは与えられてもいいはずだ。
「ユリウスに再現させてやれ。使えそうな部分をピックアップして、計画書を作成しろ」
「フェリクス様もなかなかアホなこと考えますね」
「そうか? こういうときには、大学の連中とも仲間内で協力して綿密な計画を立てていくぞ」
「まじっすか」
王族相手に真面目な話をしているときには許されないが、アホな話をしていると口調も自然とアホになる。その程度には気安い相手だ。
「だが初手からつまずいている。ほらこれ見ろ。どの話も、主人公の女は早い段階で相手役に恋愛感情を持つ、もしくは話が始まる前から持ってる。相手の男の顔が良ければ尚更だ。ここは理解できる。現実でも大体そうだからな」
さすが外見に恵まれた男の言うことは説得力がある。
その見目の良さから多数の女性から恋愛感情を向けられているフェリクスは、漫画のヒーローの気持ちが分かるのだろう。
ロンには分からない。
むしろパッと見美形に描かれてはいるが平凡設定のヒロインに感情移入してしまう。
イケメンヒーローにドキドキする気持ちも、気後れする気持ちも、自分なんて、と卑下してしまう気持ちも分かる。ひとたび共感してしまえば、素っ頓狂な行動も仕方ないと思えてくる不思議。
「へええ」
「何故キヨはユリウスを平然とあしらうんだ。あいつ情緒が枯れてるのか。あれをどうやってこの話の序盤の展開にまで持ち込めばいい」
「さあ」
「あのフラグクラッシャー、美形王子に惚れない、ピンチは自分で切り抜ける、ユリウスと俺が風邪引いて倒れたときは嫌な顔しかしない。銃創見たときなんかどうしたと思う? ナプキン出して的確に処置しやがったんだぞ。可愛くない。あいつはなんのためにこんなマンガ読んでるんだ。全然身になってない。読むだけ無駄だ」
ついでにユリウスの友人に迫られた際には、再起不能にしてやることも可能だが今回は見逃してやる、と静かに脅しをかけることもお手の物だ。
それはロンとオスカーの秘密だが。
清乃がかけてくれた最後の情けのおかげで、主はその出来事を知らないままでいる。
誠吾もきっと言わない。彼は清乃がこれ以上アッシュデールに関わることを憂慮しているからだ。
「彼女の場合、クラッシュしてるというよりスルーしてるだけに見えますけど」
「可愛気がない」
「そうですか? ああ、でもキヨ、最近までユリウスのこと男だと思ってなかったらしいですよ」
フェリクスが眉をひそめる。かっこいい。
「……どういうことだ」
「天使だと思ってたとか。ユリウスは告白失恋まで済ませた今になって、ようやく意識され始めたって話ですかね」
「面倒臭い女だな!」
「あ、そこも可愛いじゃないんだ」
はああ、と息を吐きながら金髪をかきまわすフェリクス。そんな姿もいちいち絵になる。
「……キヨは口も態度も悪いが下品さはないし、猫を被ることも知ってる。頭も悪くないんだから、うちに来てもそう苦労することはないはずだ。そうだろ?」
フェリクスは、清乃が身分差に悩んで身を引いたとでも思っているのか。
それも理由のひとつではあるかもしれないが、そうではない。
そうではないだろう。
「はい。キヨはちゃんとした大人だと、俺も思ってます」
多分フェリクスも、清乃の気持ちは分かっているはずだ。
ロンでも分かる。多分誰の眼から見ても、清乃の選択は賢く正しいものだ。
彼女は平和な国で生まれ育った人間だ。
危機に対応する能力は驚くほど高いが、それはかなり無理をしての結果だ。
特別な訓練を受けているわけでもない、むしろ一般よりも脆弱なかよわい女性が、そんな無理を続けなければならない環境に身を置いたらどうなるか。
清乃がアッシュデールで暮らすことになれば、遠からず彼女は壊れる。
彼女は、そんな分かり切った未来を迎える気はない。それは清乃らしい正しい選択だ。
ロンは、ユリウスの命令がなくともその選択を支持したい。彼女の心身を護りたい。
フェリクスは全部承知の上で、それでも大切な従弟の未来のために清乃が必要だと思っている。
「キヨは常識的で善い人間だ。だけどそれだけじゃなく、狡猾で打算的な人間でもある」
「軍師ですからね」
「そうだ。串刺し、おまえも見ただろう」
清乃が頭の中で作り上げた地獄絵図の話だ。
「……あれは、哀れな過去の魔女を救うために」
「それだけが理由なわけないだろう。あいつはあの戦場を正確に読んだんだ。この場の最強は騎士。騎士は魔女を救けに来た。ならば自分たちは、魔女を虐げる奴らを倒さんとする姿を見せればいい。敵じゃない、目的は同じだ、攻撃する必要はない。敵に回してはいけない連中に、そう考えさせるべきだ。……それが、周り全部が敵に見えるなかで、群衆だけを串刺しのターゲットにした理由だ」
「…………あり得なくはないとは思いますが」
「それがキヨだ。おまえも分かってるんだろ。あんな冷徹な善人がユリウスのパートナーになれば、安心できると思わないか」
「……その話は、陛下にも」
「した。面白がってる。とにかく、今はユリウスの息抜きになればとりあえずそれでいい。これを参考にして計画を立てろ」
学年トップの成績で学校を卒業したロンの頭脳を、ずいぶんくだらないことに使わせるものだ。
だってこれ絶対、正解が存在しないやつ。
「……まあ、面白いんで読むのは読みますけど」




