王子様とバレンタイン 3
「キヨ」
「あれ、ロンは捕まってないんだ」
「キヨがひとりになるからって見逃された」
これは嘘かな。油断したところを、ユリウスへの人質にされるか。
そこまでするか? と思ったが、なんとなく彼らはやる気がした。
清乃は自力でロンを撒かなくてはならないということだ。
「そ。今回は三人で来たの? 他の子は?」
「いないよ。三人だけ」
清乃はスキー板を装着して、リフトの列に並んだ。ボードはひとまず売店の前の雪に挿しておいた。指導者無しでの自力滑走はなかなかしんどかったから、慣れたものを使うことにしたのだ。
欧米人にしては小柄なロンは、周囲に容易に溶け込みながら、清乃の隣に並んだ。
「医学部って忙しいんじゃないの? こんなに遊んでて大丈夫?」
「連休を利用して来てるから大丈夫。勉強は飛行機でもできるし」
「えらいな」
リフトはふたり乗りだ。
身内でも彼氏でも友達でもない異性と乗るのは気まずい。
嫌だな、とは思ったが、別々に乗ろうと提案するのはあまりに無神経に思えた。
清乃はなんとも思っていない顔でロンの隣に座り、雪景色を楽しむ振りをすることにする。
「キヨ、あからさますぎ。そんなに嫌がらなくてもよくないか」
視線を合わせないまま、ロンが苦笑する。
「別に嫌がってなんか」
「まあ先に態度に出した俺が悪いのか。ごめん。俺は君に何か言うつもりもするつもりもないから安心してよ。他の連中と同じ、ただ主君の想い人として、君を大切にしたいだけ」
「……何度も言ってるけど、あたし大人だし雪には慣れてるよ。スキー場でひとりにしても問題ないよ」
「信用できない」
「どいつもこいつもうっぜえな」
リフトの終着点が近づいてきた。
清乃は腰を上げ、そのまますいっとコースに向かった。止まることなく滑走をはじめる。
「えっあれっうそっキヨ滑れたのか!」
だから最初から言っているのに。
スノボは片足しか固定されていないから、一度座って滑る準備をする必要がある。
その必要がないスキーヤーの清乃は、ロンを放置して可能な限りのスピードで下を目指した。
この程度では、すぐに追いつかれてしまうだろうことは想定済みである。
清乃は途中コースの端で止まり、急いでオスカーに借りたままの上着を脱いだ。下にはちゃんと自分のウェアを着ている。下に置いてあったスキー板にユリウスが掛けておいてくれたのだ。
案の定ロンは、ウェアの色がカーキからブルーに変わった清乃に気づかず、アホみたいなスピードで通り過ぎていった。
彼女の少し上でバランスを崩した人物の影に入れたことも幸いした。
ふう、やれやれ、と荷物になるカーキのウェアを着直す清乃のすぐ近くで笑い声が上がった。
無自覚にだろうが、隠れ蓑になってくれていた人物である。
見知らぬ外国人。観光地は外国人が多い。
【なんだ、遊びだったか】
英語だ。喋れるようになっておいてよかった。
【ええ。ごめんなさい。びっくりさせてしまいましたか】
スキー場でウェアを脱ぎはじめたら、誰だって驚く。しかもその直後に、非常識なスピードで通り過ぎていく人物まで現れた。
何事かと思われてしまった。
【今のスノボの彼と追いかけっこ? 非常事態かと思ったよ】
【すみません、そんなところです】
それだけ言って、清乃は軽く会釈して滑り出した。
下まで降りると、大きくて邪魔なウェアを一枚脱いでしまう。
疲れたから休憩しよう、とカフェコーナーに入ると、後ろから背中を押された。
【急げ。さっきの彼がすぐそこにいるよ】
【…………どうも】
先ほどの外国人だ。
さっきの彼、とはロンのことだろうか。
遊び、と認識している様子だった。なのにわざわざ。
なんだこいつ、と正直思う。ただのノリのいいガイジンか。それとも。
【あれっ。警戒してる? ごめんごめん。僕は君みたいな年齢の子に声かけるほど若くないから安心して】
どう見ても同年代だ。
ユリウスよりも少し低い程度の長身、帽子を取ってぺたんとした赤茶色の髪の下の顔は、二十代前半より上のものではない。
【教えてくださってありがとうございます。では】
スルーしよう。見知らぬ外国人に実年齢を主張しても何にもならない。
【ああ、待って待って。本当は下心があって声掛けたんだ。君は言葉が通じるみたいだったから、助けて欲しくて】
【何かお困りですか】
日本語が分からなくて困っていたのか。
【僕には君くらいの妹がいてね、日本土産を買って来てと言われているんだが、どこにあるのかさっぱり分からない。店員さんは英語が分からないみたいだし】
【どんなものですか】
【これ。日本中の観光地にあるって本当?】
差し出された携帯画面には、某国民的キャラクターのストラップが複数写っていた。土地によって衣装が違うやつ。コレクターは海外にもいるらしい。
【……ああ。多分お土産コーナーに】
近くを歩くスタッフに託そうかとも思ったが、言葉が分からないと焦らせるのも可哀想だと、そこまで先導して行くことにした。
無事妹への土産を見つけた彼は、その場から去ろうとする清乃を引き留める。
お礼を、必要ありません、そんなこと言わずに、と揉めるのが途中で面倒になる。
仕方なく奢られることにした自販機のココアを啜りながら、清乃はなるべく無言でとおした。
まさかこれナンパか。
遅ればせながら気づいて、モヤモヤしてきたのだ。
ひとりのときにされた経験がないから、気づかなかった。もしかして今、外国人のナンパに引っ掛かったことになっているのか、これ。
まさかな。
【さっきの彼は、君の恋人?】
【……いいえ】
【友達? ああ、お兄さんかな】
【いいえ】
【スノボ巧いんだね。プロなのかな】
【いいえ】
清乃はいいえ、しか言うことがない。
【困ったな。警戒されちゃってる】
眉尻が下がる苦笑顔。
ちっとも困っていない。ただ、こいつ面倒臭えな、と思っている気配だけ伝わってくる。
彼はやっぱり、ナンパ師なんかじゃない。もっとタチが悪い奴だ。
【いいえ。ご馳走様でした。私はこれで】
引き留められる気配を察して、先手を打つことにする。
清乃がトイレマークを指差すと、また後で、と男が手を振る。
「失礼します」




