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王子様とバレンタイン 2

 ちょうど吹雪きはじめたところだ。今なら人目に留まりにくい。

(よーし)

 清乃が頑張る番だ。

 まずはコースの左下に向かって、次に向きを変えて右下へ。先ほどよりも速く、速く。


 ふたつの人影が上から降るような勢いで現れ、清乃を追い抜いた。

 ふたりとも一瞬だけ清乃に視線を留めた。気のせいかもしれないが。

 速すぎてよく分からなかった。すぐにカーブしたコースを曲がってしまう。

 多分、サイズ的にルカスとオスカーだった。


 清乃はターンすることなく、更にスピードを上げた。

 大丈夫だ。ユリウスが見ている。もっと速く!

 コースアウト。


(良い子も悪い子も真似しちゃ駄目だよ! って言わなきゃいけないやつ!)

 最初の木は自力でなんとか避けた。カーブの内側だから、大したことない。真っ直ぐ進めば、コースに戻れる。

 だがその後は下を見るのも怖くなって、ぎゅうっと目を閉じていた。

 体が揺れる。だけど一度も衝撃はない。

【キヨ!】

 悲鳴じみた叫び声のすぐ後、着地したことによる軽い衝撃がボードから伝わってくる。


 落下速度が完全にゼロになると、体を丸めた姿勢のまま清乃は目を開けた。

【なっなにやって、……キ、キヨ無事か。怪我は、】

 お。二代目チャラ男オスカーが動揺している。

 少し下で腕を広げた姿勢のままのルカスが、脱力したように膝を突いた。まさか彼は受け止めるつもりだったのか。さすがに大怪我するぞ。

 清乃は視界の端に、去っていくユリウスの後ろ姿を見留めた。

「あれ。オスカーじゃん。約束忘れたの?」

【! えっでもユリウ、あれっ? っごめ】

【ああ、いいよ。ルカスもいるし、ノーカンで。さっき助けてくれたんでしょ。超能力って便利だね。ありがとう】

【……絶対無理だと思った。うまくいってよかった】

 まあそうだろう。実際に能力を駆使したのはユリウスだ。オスカーは多分、わけが分からないまま能力を発動させようとしただけだ。


【……キヨ、ターンができないなら、下で練習してからにしたほうが。今の、オスカーがいなかったら死んでたぞ】

 清乃はそこまで鈍くもお馬鹿でもない。だが彼らは清乃の運動神経なら、こんなこともありうると思っている。

(ふふふ。腹の立つガキどもめ)

【キヨ、上着はどうした】

【ああ、練習してたら暑くなっちゃって】

【雪山を舐めるな。死ぬぞ】

 舐めてるのはおまえだ、オスカー。まだ分からないのか。

 紳士らしくだか騎士らしくだか、上着を清乃に提供して、薄手の長袖一枚になった自分はどうするつもりだ。

【うん。ありがとう】

【……キヨ、ユリウスは】


 オスカーのウェアに袖を通す清乃を見て、ルカスがわずかに目を細める。

 彼は何かおかしい、と気づいている。気づいても、氷点下のゲレンデでトレーナー一枚の女に上着を貸してやる友人を止められない。

【三人を見つけたって言って、すんごいスピードで飛んでったよ】

【……キヨを置いて?】

 騎士道精神の塊のようなユリウスが、こんな鈍い清乃を放って。

 ふたりとも、ありえない、と言いたげだ。

【うん。さっきはちょっと失敗しちゃったけど、あたし雪には慣れてるから。行っておいでって言ったの】

【ちょっと】

【ちょっとだよ。気にしなくていいから先行って】

【そういうわけには】

 ルカスが渋い顔になる。

 まあそうだろうな。先ほどの派手なコースアウトを見たばかりでは仕方ない。

【信用ないな。あたし歳上だよ。ルカスはともかく、オスカーは約束守ってよ。ほら、もう行って。下に着いたら、ルカスに上着渡しとくから】

【……分かった。ルカス、下で待ってるから】

 薄着のオスカーがすぐに見えなくなる。


【……約束、ってなんの話?】

 ルカスが清乃の少し下を後ろ向きにゆっくり滑りながら、先ほどの会話への疑問を投げる。

【ん? オスカーと勝負して勝っちゃって、ちょっとね】

【俺だけじゃ飽き足らずオスカーも倒したのか】

【人聞き悪いな。オスカーってフェリクスを尊敬してるんでしょ。チャラいのがイラっとして、ユリウスいないときには来るなって言っただけ】

【ふうん? でもあいつ、フェリクス様にはなれそうにないけどな】

【あたしもそれはちょっと思ってた】

【オスカーはフェリクス様と違って、()極に引き寄せられるほうだから】

【表現がマイルド】

 虐めっ子気質のフェリクスとは違うタイプのチャラ男である。本人は気づいていなさそうだけど。


【だからキヨに惹かれる】

【心外です】

 誰がサディストだ。マゾヒストはお呼びじゃない。

【だってそうだろ。ユリウスを筆頭に、オスカー、ロン。ダムもやや向こう側だな。キヨに懐く奴ら全員がそうだ】

【だからルカスはユリウスに惹かれるのか】

【かもな】

【主従逆なんだね。あたしの友達に紹介したいわ。そういう話が大好物な子がいるの】

 ユリウス言うところの不穏な表紙の漫画、の持ち主である。

【なんの話か分からないけど、聞かないほうが良さそうな気配がする】


【残念。ほら、そんなに見張ってなくても、もう下手打ったりしないよ。前向いて滑らないと危ないよ】

【見てないほうが怖い。いっそおぶって下まで降りようか】

 二メートル近い身長と、見るたびに分厚くなっていく筋肉を持つルカスならできそうだ。

 が。

【いやいや、自分で滑らなきゃ雪山来た意味ないじゃん。危ないし】

【大丈夫。先月、キヨより大きくなった妹をおぶって滑ったけど問題なかった】

 ルカスの妹は今十歳だっただろうか。春には、清乃と同じくらいと言っていた。成長期なのだから、すぐ大きくなるのも当然だ。

【そんないちいち話題に上らせちゃうほど妹大好きなんだね。さすがお兄ちゃん】

【まあね。サイズ感で思い出す】

【確かにルカスはN極に向かいたいタイプみたい】

【キヨほどじゃないけど】


 ルカスとふたりで話をするのは初めてだっただろうか。想像以上にマウントを取り合ってしまっている。なかなか疲れるな。

 その割りに彼は清乃が怪我しないよう、慎重に見張ることをやめない。手っ取り早く確実な方法として、自分の半分にも満たない体重の女を抱えて下まで降りたいと思っている。

【ルカスは、ユリウスを独り占めしたいとか思わないの?】

【何それ。気持ち悪い】

【あなたたちって、全員不思議なくらい健全だよね】


 美しい王子とその側近候補。

 彼らは王子と対等な友人として接しつつも、家臣である自分を忘れない。

 盲目的であるように見えて、十代の学生としての自分を優先することもある。非常時に下される命令には即座に従うけれど、日常的にイエスマンになることはない。

 なんというか、健全なのだ。

 彼らがどうやってバランスを取っているのか、清乃は疑問に思ってしまう。


【側近候補に名を挙げられるための、最も大事な条件だからな】

【健全な精神を持つことが】

【王子の仕事は、国家運営に関わることももちろんだけど、うちの場合はそれにプラスして魔女に負けない心身を保つことも重要だから】

 心を病んだ王族ほど厄介なものはない。

 強い能力を持ちながら魔女の亡霊の支配を受けた者は、人間社会を滅ぼしかねないのだ。

【ちょいちょい怖い話挟むよね。こっちは一般人なんだから、もう少し配慮して欲しい】

【話を振ったのはキヨだろ。そういうわけだから、俺たちの仕事は、健康的な人間として育つこと。それが一緒に育つユリウスの助けになるから】

【ふうん】


【だから俺たちは王子の精神の健康を守るためにも、別の男を選ぶ女じゃなく、キヨにユリウスの側にいて欲しいと思ってる】

「ちょっと今必死で滑ってるとこだから、めんどくさい話はやめてくれるか」

【了解。後にしよう】

【あとルカスは平気なのかもだけど、向かい合って滑られたらすごい怖いからそこどけてよ】

【分かった。もっと下で受け止める準備しとく。いつでも落ちてきていいよ】

 ルカスが笑いながら進行方向に身体を向けた。

 清乃はそれを確認すると、後ろ側に尻を落として止まった。


「落ちるのはあんただよ」

 空飛ぶボードが見えた。

 清乃の動体視力では、空中で逆さまになった人型のものがルカスの大きな身体にぶつかったようにしか見えなかった。

 その一瞬の出来事を見ていたのは、多分清乃だけだ。

 カーブを描くコースに、他の人物の姿が消えた、その間隙を縫って起きた出来事だった。

 宙を舞ったユリウスが、スピードと超能力とを組み合わせてルカスの巨体を攫った。白色を幹に張り付けた木々が生い茂る崖へとふたり揃って落ちていく。


「……落ちたな」

 ユリウスは大丈夫任せろと笑っていたが、本当に無事なのだろうか。

 分からないが、どうせ無事なのだろう。

 彼らは、清乃には理解できない理のなかで生きているのだから、気にしたって無駄だ。

「よいしょっと」

 気合いを入れて立ち上がる。

 次に清乃がすべきことは、自力で下まで辿り着くことだ。

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