王女様と魔女の宴 中編
「あんなところで暴れたら危ないことになるのは当然だ。昔のカタリナは尖っていたからな。マシューと付き合うようになって丸くなった」
「へええ」
【カタリナとマシューの話聴きたーい】
ジェニファーが目をきらきらさせる。
【あたしも。聴きたいです!】
魔女の夢の話よりも、参考にしたい大人の恋の話のほうがずっといい。
「よし。いいだろう。ふたりの出逢いはカタリナが学校を卒業したばかりの十八歳の頃だ」
【え。本人じゃなく、エルヴィラが語るの?】
【客観的な視点からの話だ。補足があったら言えばいい】
カタリナは学生時代から武闘派の名をほしいままにしていた。同年代の男に彼女に敵う者はおらず、とにかく恐れられていた。
【あなたとつるんでいたから、というのも大きな理由だったんだけど】
まあそうだな。とにかく彼女は、魔女の友人、暴れ馬、狂犬カタリナ、そういう物騒な呼び名をたくさん持っていた。
「魔女の友人、って物騒なんだ」
【警戒すべき危険な名よ】
勉強はあまりできる子ではなかった。だから高校は、国営軍の養成所のようなところに通った。戦闘力に特化した少年少女の集まりだ。
そこをトップの成績で卒業したカタリナは、そのまま軍に入った。
そのときの同期のなかにいたのがマシューだ。
マシューは大学を出てからの入隊だったため、年齢はカタリナの四つ上だ。
ほぼ野生動物だったカタリナは、同期の男のなかで彼のことだけは認めていた。自分より強いのが彼だけだったからだ。
自然とマシューはカタリナ係と目されていった。
ふたりはそれぞれ地方に配属され、同時期に中央に帰ってきてから再会した。それが二年前のことだ。
どちらからどう、という話は聞いていない。
気づけばふたりは、仕事中にすれ違えば目配せを交わし、影でこそこそするようになっていた。
【エルヴィラ、もう少し言い方に配慮して】
【そうだな。ふたりとも優秀な若手で、仕事に支障をきたすことはなかったからな。気づいた上司も咎めることはなく、むしろカタリナが扱いやすくなったとマシューに感謝するくらいだった】
エルヴィラの言葉には遠慮がない。
多分事実なのだろう。カタリナは苦笑顔になるが否定はしない。
人に歴史ありだ。
【あのっ。肝心な馴れ初めが不明のままです!】
野暮だろうかと思いながらも、気になった清乃は指摘した。
カタリナは興味津々の清乃とキラキラ顔のジェニファーを見比べて、言葉を探して宙を見た。
そして彼女はくいっと日本酒を飲み干し、空になったグラスを左右に振った。
【わたしはお酒が好き。マシューもね。あるときふたりで飲みに行く約束をしたの】
そこでカタリナは一度話を切った。
【共通の趣味を通じて仲良くなったということ?】
【そんなところです】
カタリナは大人だ。
十六歳という年齢よりも幼いジェニファーには聞かせられない話を、含みを持たせることで清乃にこっそり教えてくれた。
「そっかああ」
【ドラマチックな展開はありません。ありきたりな話です】
職場の同期と恋愛、現在同棲中。
清乃に言わせれば充分なドラマだ。
でも参考にできそうな話ではなかった。
酔った勢いだか酒の勢いを借りてだかは知らないが、どちらも清乃には真似できそうにない。少し飲むだけで気持ち悪くなる、もしくは眠くなる、だけだからだ。
そもそもである。まずは、そんな流れになったら関係を持つこともやぶさかでない相手を見つけるところまで至らなければならない。
【カタリナはマシューのどこを好きになったんですか?】
【筋肉】
即答。愚問であった。
【マシューは優しくて気配り上手、料理もできる完璧彼氏じゃないですか。例えば彼の中身がフェリクスみたいなチャラ男だったら?】
【嫌な例えだわ】
【ごめんなさい。気になって】
【……そうね。そう考えたら、……包容力? とか?】
【結局筋肉か】
【それもだけど。四つ歳上だからかも。最初からこう、わたしにない余裕のあるひとだったわ】
「やっぱり歳上かあ……!」
就職さえすれば、カタリナのように素敵な出逢いが待っているのだろうか。
しまった。
今日は就活のことは忘れようと思っていたのに。思い出してしまった。
「キヨ、フェリクスは歳上だよ」
「マリは黙ってて。その話は終わったでしょ」
「まだ狙ってるひともいる」
「魔女長! これ問題発言じゃないですか?」
「大丈夫だ。ジェニファーがしっかりしていれば、もう問題にはならない」
「大丈夫。任せてキヨ」
軽い。ジェニファーは可愛いけれど、その幼さゆえにあまり信用できない。
いつぞやのスイートルームのときと同じように、ジェニファーは先に寝ろと追いやられた。
だいぶ疲れていたらしい少女は、部屋の隅に敷いた布団に潜り込むとすぐに静かになった。
エルヴィラがその様子を確認し、優しく妹の頭を撫でてから酒宴の卓に戻ってくる。
「よし。ここからは大人の時間だ。ジェニファーには声が届かないようにしておいた」
なんて便利な魔法だ。全世界の育児中の家庭に伝授してあげるべきだ。
【なんの話をするの? あなたとフェリクス様の昔話とか?】
「……それ、周知の事実なんだあ」
「カタリナだけだ。さすがに親は知らない。……と思いたいが。どうだろうな」
エルヴィラの娘の顔は貴重だ。
忘れがちだが、彼女は清乃と二歳しか違わない。大人ではあるが、まだ二十三歳の娘さんなのだ。
「その話はあんまり聞きたくないかもです」
【そう? 今でも続いているとしても?】
また爆弾が投下された。
大人女子会恐るべし。
「……それ、は、あたしが聞いても大丈夫なレベルの話ですか?」
「他言無用だぞ。魔女は子を産むことを禁じられているからな。わたしは生涯独身と定められている。魔女の相手をしてやろうという度胸のある男は多くないし、あいつのような奴は都合がいいんだ」
「都合」
色々衝撃だったが、清乃は一番当たり障りがなさそうな単語に反応してみた。
「都合だ」
「都合かあ」
親戚の話をしているときに出てくる言葉とは思えない。
やっぱり軽く生きていると、軽く扱われるということだろうか。清乃はそうならないよう気をつけよう。
「昔はともかく、今のあいつは最初の相手としてそう悪くはないと思うぞ」
「ってそれあたしに言ってますっ?」
大人女子会怖い。
「キヨは多分、関係した男の影響をかなり受けることになるだろうからな。ああいう、女を自分色に染めてやろうという気持ちが無い男で練習しておくというのはありだと思う。場数だけは踏んでるしな」
ここでまさかのチャラ男推し。
「それってやっぱり、色々吸収しちゃうって話の」
「ああ。これまでキヨが男を避けて生きてきたのも、本能的に分かっていたからなんだろう。自分の意思とは無関係に自分が変わるというのは、誰だって恐怖を覚えるものだ」
そこまで考えが及ばなかった。そうなのか。
「………………ありがとうございますエルヴィラ様。答えが出ました」
「ほう」
【なんの答え?】
「今からあたしが探すべき男性の正解。自分に似たひとを探します。そういうひとが相手なら、変化しても大したことないってことですよね」
よし。少しだけ将来が見えてきた。
自己分析をする必要がある。就活と並行して進めることが可能だ。効率的。素晴らしい。
でも大丈夫かな。そんなひとが目の前に現れたとして、果たして好きになれるものだろうか。清乃はナルシストになる必要があるのか。
「そうきたか」
【間違ってはいない】
「正解としていいのか」
「フェリクスよりは正解に近いはずです」
「姉として一応訊いてみるが、ユリウスが正解になることはないのか」
「姉として」
清乃は誠吾の好きなひとにそんなことを訊いたりはしない。多分。
「すまない。アッシュデールの王の娘として、と言うべきだったか」
「王女様。それはないです」




