王子様と大学祭 5
【つまりキヨの言う男が嫌い、は、未知の生物だから、ってことなんだろう】
ユリウスとジェニファーが自国に跳んだ、人気のないベンチでオスカーがそんなことを言い出した。
屋台が並ぶ区域からはだいぶ離れた研究棟の影で、喧騒が遠くに聞こえる。
誠吾とロンはトイレ行きたい、とふたりで連れ立って行った。
清乃は戻ってくるまでは待ってやるかと、オスカーと並んで座っている。
【嫌いなんて言ったことないよ。嫌いなら彼氏欲しいなんて言わない】
【それ、ユリウスを忘れるためだろ】
【普通にお年頃だからですが】
【未知の生物じゃなくなれば嫌いじゃなくなって、天使じゃなくなったユリウスのことも好きなままでいられると思うんだ】
なんだか嫌な空気だ。
そう思って清乃は腰を浮かせようとした。
その手首を、オスカーが捕まえた。
立ち上がれなかった清乃を、彼が座ったまま高い位置から見下ろす。
清乃は他人から見下ろされるのは慣れている。
小さく生まれついた者の宿命だ。仕方ない。
だが、この表情はいただけない。
年齢差を無視した余裕のある表情。そこから、己の優位を信じて疑わない、侮っている、見下している、という表現からそう遠くない感情が透けて見える。
【あたしそろそろ行くよ。誠吾たちももうすぐ戻ってくるだろうから、ひとりでも大丈夫でしょ】
【やっぱり。キヨは賢いひとだ。俺たちは、ユリウスに相応しい女性はキヨしかいないと思ってる】
【手を放して】
オスカーは抗うすべを持たない細い手首を放さなかった。
力を入れられたら、清乃ではその手を振り払うことはできない。
【分からなくて怖いなら、知ればいい。俺が練習台になれる。ちゃんと知って、怖くなくなってからユリウスのものになればいい】
これは彼が師匠から教わった手口か。乗り気でない女を引き寄せ、至近距離で囁く。
清乃は目をすがめてオスカーの顔を見た。
「歳上舐めるのも大概にしとけよ、クソガキが」
【キヨ】
「マリ」
清乃はアッシュデールの魔女を名乗れる立場であるらしい。
喜んで受け入れたわけではないが、彼女は夏にその称号を受け取ることを了承したのだ。
「はあい」
不本意ではあるが、魔女の国の男を相手に、魔女として振る舞わせてもらう。
「呼ばないって言ったのにごめんね」
何もない空間に現れた白いネグリジェの少女。
清乃はオスカーに手首を掴まれたまま、困っていることをアピールするような微笑を浮かべた。
手首を掴む手に力が篭る。オスカーは緊迫感を持って清乃を引き寄せようとしている。
「いいよ。呼んでくれて嬉しい」
清乃は自分を引っ張る腕に全力で抗った。
【キヨ、駄目だ。そいつから離れろ!】
さすが魔女の国で騎士となるべく育てられた青年だ。ひと目でマリの正体に気づいた。
困惑しながらも清乃を守るため彼女の腕を引き寄せ、背中に庇う。
「離れるのはあんただよ」
【キヨ!】
「マリ、こいつをそっちに連れて行ける? 怪我はさせないで。少ししたら呼ぶから、そのとき無事に帰して欲しいの」
「できるよー」
清乃は自分を庇う背中を両手で押した。
「じゃあお願い」
マリがオスカーに飛びついた。
その途端、ふたりの姿が消えた。
ふう。
清乃は息を吐いてベンチに座り直した。
ユリウスとの付き合いが始まってから、危険な目に遭うことが増えた。
そろそろ護身術のひとつも習うべきだろうか。
そこまでしなくても、体を鍛えてみるとか。すぐに老ける、なんて怖いことを言われたばかりだし。
筋トレか。嫌だな。
「あれ。オスカーは?」
誠吾とロンが帰ってきた。
「ああ。おかえり。マリ、さっきの奴返してちょうだい」
ふたりに、というよりロンに見せびらかすように、清乃は使役亡霊を呼び出した。
マリは清乃の呼び掛けにすぐさま反応し、オスカーを背後から抱えるような格好で現れた。
「はあい。言われたとおり怪我はさせてないよ。すんごい暴れてたけど」
「ありがと。ごめんね、また今度遊ぼうか」
「うん!」
「一回だけね。ばいばい、マリ」
「ばいばーい」
清乃は椅子に座ったまま動かず、オスカーに一瞥もくれてやらずマリに手を振った。
誠吾は硬直している。
ロンは戦闘態勢をとりかけた中途半端な姿勢から走り出した。へたり込むオスカーの元に駆けつける。
『……無事か。怪我は』
『…………ない。悪い。俺のミスだ』
出た。彼らお得意の内緒話だ。
清乃はベンチに座ったままふたりの様子を眺め、淡々と告げた。
【ふたりとももう帰りな。会えて嬉しかったよ】
オスカーは立ち上がる際にはロンの肩を借りたが、すぐに自分の足で立った。
確かに怪我はしていないようだ。
次の行動を無表情で見守る清乃の前で、オスカーは片膝を突いた。
【無礼をお詫びいたします、魔女殿。ご温情に感謝を申し上げます】
そうきたか。
こいつ反省はしてないな。
これは腕力差にものを言わせて女を怯えさせた、その行為そのものについてでなく、魔女を侮ったことに対する謝罪だ。
彼が今ひざまずいている相手は、主の想い人ではなく、国から魔女の称号を授けられた女、清乃という人間ということか。
詫びは、受け入れてやらないでもない。
謝罪は受け入れるが、彼の存在を受け入れることはもうやめる。
【そういうのいらない。その呼び掛けもやめて】
【は】
【立ちなよ。そして帰って。今後はユリウスがいないところでオスカーには会わない。ロンも覚えといてくれたら嬉しい】
立ち上がったオスカーの前に出たロンが頭を下げる。
【承知しました。仲間にも周知し徹底いたします】
【そこまではいいよ。オスカー本人と、ロンが覚えててくれたらそれで。ユリウスに報告する必要もない】
【は。ではそのように】
よいしょ、との掛け声と共に清乃はベンチから立ち上がった。
「帰り道は分かる? 正門まで送ろうか」
「は……うん。ありがとう」
ロンがオスカーの背中を叩いて清乃について来る。
「……ごめんなさい。ありがとうございます」
「よし。オスカーも大事な日本語覚えてるね。えらいえらい」
誠吾はずっと無言のままだ。無言のまま、清乃の斜め後ろ、彼女と後ろふたりの間を歩く。
清乃は弟をはじめとする歳下の男三人を後ろに従えて正門まで歩いた。
人で溢れ返る大学の敷地内では、その奇異さが目立つことはなかった。
「来てくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
「うん。急に来てごめん。楽しかったよ」
「あたしも楽しかったよ、ロン。ユリウスは幸せだね。こんなに想ってくれる友達兼側近がいて」
「……ありがとうございます。さようなら」
「さようならオスカー」
「王子様と大学祭」はこれでおしまいです。
次から冬の話になります。
引き続きよろしくお願いします。




