王子様と大学祭 2
お祭り騒ぎは好きじゃない。
だけど、気の合う友人と少しばかり馬鹿なことをしてはしゃぐのは、それなりに楽しい。
清乃は長い黒髪ストレートにひらひらした白いロングワンピースという、一見好きで着ているかのような格好が恥ずかしくて、あえて前髪で顔を隠すホラースタイルのまま構内を移動した。
似たような人はそこら中にいて、たまにギョッとされるくらいで、そう目立つことなく歩き回れた。
根暗な清乃なりに、学祭をちゃんと楽しんだ。
だから別に、夜まで楽しむ気はなかったのだが。
「明日もクレープ巻くんだから、早く帰ろうよ」
「キヨが冷たい!」
【せっかく遠くから会いに来たのに!】
うるさい。
「マイク持って叫ぶな」
清乃より先に誠吾が友人ふたりをどついてくれた。
今日どこに泊まるの? と訊いたらキョトン顔になるオスカーにげんなりして、清乃に彼らを泊める気はないと丁寧に言ってやった。
フェリクス様はよくてなんで俺たちは、と文句を言うふたりを、大学の友達がカラオケに誘ったのだ。朝方まで歌うらしい。
勝手にしろ、と帰るわけにもいかず、清乃も仕方なく付き合って来ている。
「フェリクスにもいいなんて言ってないからね。あいつが何言ってるのか知らないけど、なんでも鵜呑みにするのやめなさいよ」
「キッチンの床で寝てもいいって言われたって」
「……泊まりたいならキッチンか玄関にでも転がってろとは言ったかも」
ニュアンスが違う。
「みんなはキヨから何か訊いてない? 彼女がユリウスに冷たくなった理由」
ロンが投げた爆弾に、清乃は咄嗟に逃げの体勢になった。
ジュース持ってくる、とグラスを持って立ち上がる彼女の腕を、友人たちが掴んで引き戻す。
「何それ初耳。きよっち何してんの」
「……何もしてない」
「なんかしろよ。イチャイチャするとかちゅーくらいするとか」
「友達相手にすることじゃないな」
「イケメン相手にしたいと思うべきことだよ」
女友達は遠慮がない。清乃の幸せを願うのが半分、面白さを求めるのが半分だ。
【ユリウスが悩んでる。キヨが冷たくなった、でもそうされる理由が思いつかないって】
「きよっち元々塩対応してたじゃん。更に冷たくってどういうこと」
「ねえ、なんで? ユリウスの奴が無自覚に何かした? 謝らせるから教えてよ」
まさか彼らは、そんなことを聞くためにはるばる日本までやって来たのか。
なんという主想い。忠臣どもめ。
「冷たくなんかしてないし、ユリウスは何もしてない」
【じゃあ本命ができた? だからユリウスを遠ざけようとしてる?】
【だから何もないって言ってるでしょ】
【でもジェニファー様を言い訳にして同室を拒否したとか、会いに行くって話をしてもはぐらかされるとか】
筒抜け。最悪。だから子どもは嫌なんだ。
【あたしだってそれなりに忙しいの。それにケジメは必要でしょ】
【今更】
【あんたたちには関係ない。ユリウスに言っときな。なんでも周囲にベラベラ喋るならもう来ないでって】
清乃が言い放つと、オスカーが焦った。
【待て。悪かった。あいつが喋ったんじゃなく、俺たちが吐かせたんだ。様子がおかしかったから】
公務に障りが出るほどか。ふたりは憂えた国王から依頼でもされたのか。
君たちちょっと息子の話聞いてやってくれない? といつもの調子で軽く言われたのか。あり得る。
「あの子何やってんの。チョロ過ぎじゃない」
【言ってやるな】
【まあまあまあ。オスカー君もロン君も、そんな詰めないでやってよ】
一緒にカラオケに集まった清乃の友人は、女ばかりが四人。
大学一年の必修科目で知り合ってからの仲だから、三年近い付き合いになる。
そう長いものではないが、全員が一人暮らし、期待と不安を抱えながらの新生活を始めたばかりの彼女たちはすぐに濃い付き合いになった。
みんな清乃の扱い方を熟知している。
友人の友人、もしくは弟の友人、つまりただの知人扱いの外国人とはわけが違うのだ。
「だってさぁあ?」
「うんうん」
「ユリウスあんなカオしてるじゃん?」
「綺麗で可愛いよねえ」
「ねー? あたしあんな美形生まれて初めて見たわけよ」
「ここにいるみんな同じだよ」
「そうそう。同じ」
「ユリウス君綺麗だよね〜」
友人が勧めるカシスオレンジを飲みながら、清乃はグチグチと喋りはじめた。内容は主にユリウスに対する賛辞である。
愚痴っぽい口調とは裏腹に、ひたすら男友達の美を讃えている。友人たちの同調の調子は、悪口を聞かされているときと同じものだ。
誠吾、ロン、オスカーは、BGM代わりに控えめに歌ってろとおねえさま方に命じられ、交代でボソボソと英語の曲を歌っている。
【話がさっきから進んでない】
【あれなんの話? ユリウスを褒め称えてる?】
【と見せかけて小馬鹿にしてるようにも】
【うちの王子舐めんなよって言うべき?】
【おまえがすでに舐めてるな】
【おい、小僧ども! 歌が止まってる! 余計なこと喋らず気配を消しとけ!】
清乃の友人のなかでも一番圧が強いおねえさまからの指示に、三人の小僧は反射的に従った。
「Yes, boss!」
「これだから十代男子は」
「ねー。ユリウス君もあれだよね。やっぱりまだ十八歳だし」
「なんかやらかしたんでしょ」
「そりゃやらかすよ。歳下なんてそんなもん」
「歳上彼氏もアレだけどね」
「歳上彼氏羨ましい……!」
最近清乃を惹きつけるワードに、彼女は思わず喰いついた。
「きよっちはなんで歳上がいいの? 歳上はユリウス君みたいに綺麗じゃないよ」
「そうそう。換気しても部屋臭いままだし」
「あたしの部屋も大概だからそこは問題ない」
うっかり生ゴミを棄てそびれると、小さな一Kはすぐに臭くなるのだ。
「きよっち、なかなか部屋入れてくれないもんね」
「片付けできない」
「やれよ」
「ユリウス君、きよっちの部屋掃除したって言ってたよ」
「あの野郎。なんでも喋るからヤなんだよ」
「あー。そういうとこ子どもだよね」
「ねー」
「子どもだけど、でも、ってかだから、可愛いでしょ。天使だと思ってたのに。なのにこの間」
「何なに?」
「なんかされた?」
期待する友人たちの視線を集めたまま、清乃は顔を伏せた。
「ヒゲ剃ってたの……!」
カシオレとカルーアミルクを一杯ずつ飲んで真っ赤になった清乃は、靴を脱いだ足をソファに乗せて抱えた膝に顔をうずめた。
あんな顔して髭とか反則じゃない? なんで生えるの。いつからあんな子になったの。天使だと思ってたのに詐欺じゃん!
自棄になってここ数ヶ月分のモヤモヤをぶちまける清乃に、友人たちはすでに白けはじめている。
「……えっと。キヨ、ユリウスが男だって知らなかった?」
「…………ゴメン。いってなかったカモ」
「そうだとしても気づくの遅。ルカスよりひどい」
「何言ってんだおまえら。あいつ姉ちゃんの前で何回も脱いでるだろ」
小僧どもの口出しは無視することにする。
【セイはまだ生えてなかったのか】
【最近はたまに剃ってる。姉ちゃんが家にいたの俺が中学のときまでだから、知らないかもだけど】
【キヨのなかの十代男子の基準がそれだからショックだったのか】
【俺のせいにするな】
「やだもー。この子、天使って本気で言ってたの?」
【……性別無いと思ってたってこと? 上ないけど下もないと思ってた?】
【ユリウスあんなカオだけど、下はちゃんと付いてるぞ】
「やめて!」
聞きたくない。
【……そういえばユリウス、キヨの前で男出したら全力で拒否されるって言ってたな】
聞きたくない!
【出さなすぎたかあ】
「弟くん、そこのうるさいガイジンふたり連れてジュース持って来て。お姉ちゃんの好きなやつね」
「ぅいっす」
小僧どもが大人しく部屋から出て行くのを待ってから、清乃は友人たちから説教を喰らった。
「清乃さん」
「はい」
「思春期拗らせるのも大概にしとけ?」
「そんなこと」
「言い訳しない。あんたユリウス君が男だってやっと認識したってことでしょ」
「別に女だとは」
「天使だと思ってたんでしょ」
「……だって」
「今までツッコまなかったけどさあ。きよっち、ユリウス君家に泊めてるよね」
バレていたのか。今まで誤魔化していたのに。
「……うう」
「男だと思ってなかったからかあ。ユリウス君可哀想」
「割りと大胆なことするなあとは思ってたんだよね」
花火大会の翌朝、まだ少年らしさのなくならない線を描く顎にシェーバーを当てるユリウスを目撃して、言いしれぬ衝撃を覚えたのだ。
美少年とか王子様とか、そういうキラキラした生き物だと思っていた彼が、急に生々しいものに見えた。
彼が清乃の部屋に住んでいた頃は、そんな素振りを見せなかったが、いつもツルツルの肌をしていた。
カミソリを買ってきてあげなきゃ、なんて思いつきもしなかった。弟が滞在すると仮定して、必要になりそうなものを揃えたのだ。
なのにいつの間にあんな。
髭剃りなんかするような生き物と同じ部屋に泊まるとか無理じゃない? 無理だし駄目だ。今度からは拒否しなきゃ。
そう決意せざるを得なくなった。
「ヒゲかあ」
「そりゃ十八にもなれば生えるよ。あのカオでも」
「天使じゃないからね」
「ううう」
「もー。この子どうするー?」
「ユリウス君もうっかりだねえ。スタート地点にすら立ってなかったんじゃん」
「そりゃ付き合えないわ」
「とりあえず歌うか。小僧どもも帰ってきたことだし」
「はいっ小僧ただいま帰りました。不肖の姉の代わりに歌います!」
「よーし歌え! 弟くん、お姉ちゃんよりも可愛いな!」
「よく言われます!」




