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王子様の夏休み 4

 翌朝、清乃による日本の道交法についてのおさらいと、大人三人が右ハンドル車の運転の練習をする時間を設けた。三人とも最初から清乃よりもスムーズに運転するから、すぐに終わった。

 更に二台のレンタカーを調達し再び空港に向かうと、予定より早く飛行機が到着していたらしく、今回の旅行の主役八人が待ち構えていた。

「キヨ! セイ! 久しぶり!」

 でもないな、と清乃は思った。

 ユリウスとは二ヶ月振りだ。実家に住む弟よりもよく会っている。

【日本へようこそ! みんな変わってないな!】


 誠吾は再会を喜んではしゃいでいるが、清乃は一歩引いて無事到着した八人を観察してみた。

 みんな微妙に大人になっている。

 長年に渡る寄宿学校生活に終止符が打たれたせいだろうか。開放感からひと回り大きくなったか。

 ほんの二ヶ月前に会ったばかりのユリウスも、心なしか大人に見えた。

 もう少年とは呼べない。青年だ。美青年。

「キヨの髪が伸びてる。可愛い」

 すぐ褒める。なんでも可愛いって言う。女子高生か。誰が見たって可愛いのはユリウスのほうだ。

「夏は縛ってたほうが楽だから」

 無造作なひとつ括りに、Tシャツ、膝丈ジーンズ、スニーカー。アルバイトで行先が海なら動きやすさを重視すべきだろうと思っての服装だ。

 可愛いと言われたら反応に困る。


「暑いな。日本は湿気が多いって本当だね」

 そう流暢な日本語を喋ったのはユリウスではない。

「ロン? え、言葉。あれから勉強したのか?」

 誠吾が驚いている。清乃も驚いた。ゼロから勉強して四ヶ月でここまで上達するとは。頭脳派おそるべし。

「キヨとセイと喋りたくて」

 ドヤ顔するのも当然だ。すごい。

「へええ。すごいねえ。さすが。ロンには通訳必要無さそうだね」

「まだオレのほうが巧い。語彙も多い」

 ユリウスが子どものように対抗してくる。

「日本で暮らすわけでもないのに、ふたりとも充分だよ」


「おれたちもべんきょうした。こんにちは。ありがとうございます」

「おはようございます」

「ごめんなさい」

「すみません」

「こんばんは」

「もうしわけありません」

「もうしません」

 全部清乃が出した課題だ。これだけの日本語を覚えてから来いと言っておいたのだ。

「どんだけ謝るつもりで来た」

 何も知らない誠吾がウケている。


「よーし車に分乗してー。一応日本語力で分かれたほうがいいかな」

 レンタカーは三台。八人乗りのワンボックスにカタリナとマシュー、コンパクトカーにフェリクスと誠吾、清乃が軽自動車に乗って来た。

 四、二、二が妥当か。

 違うな。思ったよりもみんな荷物が多い。ワンボックスの最後列を空けて荷物置き場にする必要がある。

 二、三、三、だ。

【オレはキヨの助手席】

 はいはい、と側近候補たちが王子の発言をさらっと流す。

【じゃあロンは日本語係。ダムを連れてカタリナ車ね】


 三台の車の先頭は清乃の軽四が走った。

 普段は帰省時にしか運転しないから緊張してしまうが仕方ない。日本の道路標識に慣れない外国人に頼るわけにはいかない。

 カーブの際に目を細める清乃を見て、ユリウスがサングラスを外した。

「キヨ眩しいんだろ。これ貸そうか」

 彼が助手席から手を伸ばして色の濃いサングラスを掛けさせてくれたら、だいぶ目が楽になった。

「ありがと。サングラス便利だね。買おうかな」

 瞳の色素が薄い欧米人の夏の必需品らしいが、運転中は借りておこう。

「似合ってはいないけどな」

「だろうね」

 ふたりのやりとりを後部座席で見ていたノアとルカスがぼそぼそ喋っている。

『あれってイチャついてるって言わないのか?』

『ユリウスはフられたって言ってたよな』

『自分をフッた女子に自分のサングラスを掛けてあげるのって有りなのか? 王子だからオッケー? 美形は何しても許されるのか?』

『さあ。ノア、この間知り合った女子相手に同じことしてみろよ。どういう反応されるか』

『害虫扱いされるって分かっててやる度胸ない』

 運転している後ろで内緒話をされるのは嫌だな、と清乃は思った。だがアッシュデール語禁止、としてしまえば、清乃も日本語を使わないとしなければフェアじゃない。仕方ないか。

【後ろ黙ってろ。次のサービスエリアに置いて行くぞ。日本にいる間は日本語と英語以外禁止だ】

 さすが王子様、運転手がイラっとする空気を読んでくれたか。

【かしこまりました、殿下】



 海辺の貸別荘に到着したのは、ランチタイムにしようという頃だった。

 白い外壁、海に面したウッドデッキに出られる巨大な窓。金持ちの夏用別荘だ。

 こんな建物実在していたのか、との感想を持ったのは、おそらく清乃と誠吾だけだ。

 内陸国から来た十一人は海にばかり気を取られていて、別荘にはこれといった反応を見せなかった。

 キヨのオムライス食べたい。とのリクエストは聞いているが、死なない程度の家事能力しかない清乃には、一気に十三人分も作る方法が分からない。

 近くの洋食屋を予約してある、と連れて行くと、全員喜んでがっついていた。特大にしてくれと頼んでおいてよかった。

 ユリウスも気づいたはずだ。キヨのよりうま。と。顔に書いてあった。

 もっと早くに食べに連れて行ってやればよかった。舌が肥えている王子様のこと、本当に美味しいものはすぐに分かるのだ。




 清乃はビーチパラソルの下で膝を抱えたまま監視員の仕事を続けた。

 しかしよくもまあ十八にもなって海であんなはしゃぎ方ができるものだ。

 長時間飛行機に乗って、日本に到着したその日にする遊び方か、あれは。

 ビーチフラッグ。速すぎて見ている人が引いている。勝っているのは誠吾だが。足が速いのに加えて、砂の上を走ることに慣れているからだ。でかい奴には負けねえ、だそうだ。

 友人の手足をふたりで持ち上げ、勢いをつけて海に放り投げる。投げた浮き輪まで競泳。強い奴は海中でも強いのか。海中格闘技って何。アホか。

 でもゴメンナサイ、アブナイ、と片言の日本語でぽかんと見ている子どもを優しく避難させているのはえらい。後で褒めてやろう。


 十代の九人は仲良く、うん、あれは格闘技(アソビ)であって喧嘩ではないはずだ、遊んでいる。

 カタリナとマシューは清乃のすぐ横のレジャーシートに寝転んで日焼け中だ。金髪ビキニ美女とゴリラ筋肉の組み合わせに、隣の清乃ごと遠巻きにされている。

 フェリクスの姿が見えない。どこかでナンパでもしてるのか。保護者が率先して団体の風紀を乱すってどういうことだ。

 まあ遊び慣れている奴のことだ。放っておいても問題を起こすことはないだろう。

「ナンパじゃない」

 言葉のほうが先だったのに、頬に冷たいものを当てられるのを避けられなかった。


「っつめっ……て……ありがとう」

 カキ氷だ。清乃が好きなイチゴ味。

【ビール飲むか】

 自分と大人ふたりには缶ビール。

【いただきます】

 買い出しか。冷たいものは嬉しいが、何故いつも黙って消える、とも思う。

 フェリクスがパラソルの影に入れろと腰を下ろすから、清乃はカタリナがいる右側に尻をずらした。

 清乃の左右だけ地中海のリゾート風だ。

 サングラスの外国人に挟まれたちびっ子は、周囲の視線を気にしないことにして、シャクシャクと氷をつついた。

「おまえともだちすくないだろ」


 唐突な悪口。

「多くはない」

【だろうな。人が楽しく遊んでるのに、そんな冷たい眼で見てやるなよ】

「……別に誰も気にしてないじゃん」

【言っておくが、おまえらの友達ごっこはユリウスの好意と努力がなければ成り立たないものだからな】

 そんなこと、フェリクスに言われなくても分かっている。

 ユリウスは真っ直ぐに好きだと言ってくれて、恥ずかしくなった清乃が冷たくしてもめげずにニコニコしてくれる。遠い外国から交通費(カネ)にモノを言わせて会いに来て、他愛ないメールのやりとりを楽しみにしてくれている。

 清乃はふたりの関係を維持するために、なんの努力もしていない。

「知ってる」

【少しは愛想良くしてやれよ。あいつはおまえに会いに来てるんだぞ】

 そんなこと言われても。


 真っ当な意見に、清乃は言葉に詰まってカキ氷を口に入れた。頭がキーンとする。

 清乃相手にチャラチャラしなくなったフェリクスはいちいち厳しい。言っていることは正しいから、子どものようにむくれるしかない。

【っは。一人前に説教か】

 美女の冷笑に、フェリクスがビールを飲む姿勢のまま固まった。

【いやあ、殿下も大きくなりましたねえ。感激です】

 ごくり、と喉が鳴る音が左側から聞こえた。

 右には作り笑顔のマシュー。いや、迫力。怖。

「…………よしキヨ。あそぶぞ」

 フェリクスがビールを一気に飲み干して素早く立ち上がる。


【フェリクス様、わたしも仲間に入れてください】

 細マッチョにガチマッチョが絡みに行った。

 というか周りの人間が驚く暇もなく、砂浜に倒した。デカい男ふたりの一瞬の攻防の勝負がつく前に、カタリナが音もなく動いていた。

「キヨ、すな」

 カタリナがフェリクスの両脚を拘束しつつ、片手で器用に砂をすくう。

「あ、はい」


 清乃は慌ててカキ氷を置き、両手で砂をすくってフェリクスの体にばっさばっさと乗せていった。

 めざとい少年たちが我も我もと集まってきて、長い四肢を押さえる役と砂を豪快にかける役とに素早く分かれる。

 清乃はもう用無しかな、と途中で身を引きかけたが、話の流れ上それもどうかと思い直しその後は無心で砂をかけ続けた。

 瞬く間に巨大な山が出来上がった。身動きが取れなくなったフェリクスが、眩しい、サングラス、と要求するから、優しくかけてやるついでに黒いレンズの上に砂をそっとかけておいた。

 あ、カキ氷、と思い出し慌てて見ると、まだ氷の粒が少しだけ残っていた。冷たいうちにとジュースの要領で一気に飲んでしまう。甘いイチゴジュース。


【埋めるだけ埋めて放置プレイか。ほんとにつまらん女だな】

 砂山の下から何か言っている。

「なんでそんな絡むの。人には向き不向きってもんが」

【キヨ、放っておきなさい。彼らは自分たちのやりたい遊びに、無理矢理女の子を付き合わせているだけよ。彼らはあなたがここにいるだけで満足するんだから、何も気にしなくていいの】

 清乃は母親役か。

 彼らは自分たちだけで楽しく遊べるが、たまに振り返ってママがちゃんと見ていることを確認し、安心して遊びを続ける幼児なのか。

「姉ちゃん、俺もカキ氷食べたい」

「オレも」

「はいはい。全員ね」

 九人分か。

 清乃は預かっている予算を入れたポシェットを肩に掛けて立ち上がった。

「オレも行く。そんなに持てないだろ」

「目立つからいい。誠吾おいで。仕事」

 また冷たい言い方をしてしまった。

 清乃は努めてフェリクスのほうを見ないようにしながら、足早にその場を去った。

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