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王子様と芸術の秋 2

 フェリクスはアッシュデール王国国王の弟の息子、現在はまだ王子の称号を持ったまま、二十二歳独身、美青年、である。

 モテる。らしい。

 まあそうだろうな、とは清乃も思う。

 アメリカの大学で自由を謳歌しているフェリクスも、他国のご令嬢のお誘いにホイホイと乗っかるわけにはいかない。乗りたいが乗れない。

 相手に恥をかかせないようにやんわりお断りしなければならない。

 アッシュデールは気軽に異国から人を迎えていい国ではないし、王族は異国で婚姻関係を結ぶことは許されない。

 結婚を視野に入れたお誘いは受けるわけにはいかないのだ。


【しつこい女が日本に来てる。友人から妹を託されているから、という口実で逃げたいんだ】

「ふーん」

 その日は日本で知人のコンサートに行く予定が、と遠回しに誘いを断る。

 まあ、わたくしもそのコンサート行きたいと思っていましたの、と返ってくる。

 そうでしたか、では現地でお会いするかもしれませんね、と言うしかなくなる。

【女連れだとあからさまだろ。子連れなら向こうも引き下がるしかなくなるから】

「子連れ」

【この制服は、ツテを頼って手に入れた。いかがわしい物じゃない】

 ツテってなんだ。その時点でいかがわしいし、自分が持っていたらいかがわしく見えるという自覚はあるのか。

「一応言っとくけど、あたし日本では中学生って言ったら無理がある程度には育ってるからね」

 体格はともかく、大学生と中学生では肌の質感が違う。

 六つもサバは読めない。

【……そうなのか】

 疑いの眼で見るな。

「そうだよ。こんな制服着て、中学生です、お兄ちゃんの友達に頼んでコンサートに連れて来てもらいました、とか言ったらドン引きされるよ」

 と思いたい。え、そうだよね。間違ってないよね。

【……大人びた十三歳】

「ずいぶん大胆な設定にしたな。せいぜい十七、八くらいのつもりで生きてますけど」

 何故フェリクス相手に自虐せねばならないのだ。普通に二十一歳だ。

【微妙……】

 十八歳ならフェリクスとは四歳差だ。子連れとは言いにくい。なんなら真剣交際か、と勘繰られそうな年齢だ。

 でもそのお相手の女性も欧米人なら、大人びた十三歳、で通じるのかもしれない。言わないけど。

「そういうわけだから、この話はここまで。ホッケ頼んでいい?」

【なんでも頼め】

「すいませーん、ホッケともろきゅうと冷奴、とあんたビールまだ飲むの? じゃあこれ、ハイボールお願いします。あっあと梅酒の水割り、薄めのください」

 話は無事終わった。一杯だけ飲んで帰ろう。


【日本の居酒屋フード美味いよな】

「たまに食べたくなるよね。飲めないからひとりでは入れないけど。〆に焼きおにぎりも食べる?」

【食べる。ボストンでつくったらウケたぞ。みんな、うまいって】

「そりゃよかった」

 山盛りの枝豆を食べながら、しばし平和な時間になった。

【おまえシューカツは順調なのか】

「全然。明日の説明会キャンセルして朝一で帰ろうかと思ってるところ」

【いいのか、それ】

 フェリクス相手には珍しい日常的会話。

「うーん。地元に帰ろうって思い立っちゃって。それなら無駄かなって。フェリクスは心理学の資格取ったら帰国するんでしょ?」

【ああ。国の仕事もあるしな。経験は国内で積む】

 優秀な上にすべきことが決まっているのだ。羨ましい、なんて簡単に言ってはいけないのだろうけど。

「あんたも大変だよね」

【まあそれなりにな。明日の予定なくなったんなら気晴らしにでも行くか】

「明日はコンサートに行くんじゃないの?」

 憂鬱な見合いもどきを兼ねた音楽会。

【夕方からな。昼間は予定ないから、観光に付き合ってくれ】

 観光か。

 東京観光なら清乃もしたいかもしれない。

 しかしこいつとふたりでか。

「……んんん」

 ホッケの身をほぐしてやりながら、眉間に皺を寄せて清乃は悩んだ。

「なぜなやむ」

 取皿に分けられたホッケを下手くそな箸使いで食べながらフェリクスが顔をしかめる。

 チャラ男とペア活動が嫌だからだよ。

「…………やっぱり明日朝一の説明会だけ行く。その後、東京タワーで集合。お昼食べて解散。でどうだ」

 我ながらお上りさんらしいチョイスだ。外国人は浅草とか行きたいかもしれないが。

「そんなにけいかいするな。わかった。そのプランでいい」



 何故同じホテル。王子のくせに。もっといいところ泊まれ。

 宿泊客じゃないと上まで行けないシステムなんだろう。待ち伏せでもしないと、おまえ絶対拒否するだろうが。

 だから予告無しで来たのか……!

 清乃は最後までトゲトゲしながら、部屋まで送ると言うフェリクスを置き去りにしてエレベーターにひとりで乗った。

 犯罪者と密室に入る気はない、と宣言すると、彼はハイハイと聞き分け良い返事をした。


 翌朝身支度を整えてホテルの部屋を出ると、またフェリクスがそこで待っていた。

 ドアを閉めるだけの時間がもったいない。

 仕方なく近くのカフェのカウンターで並んで朝食を食べることにした。


【何もしてないオンナと朝食って。なんだこれ】

 フェリクスが勝手にひとりでウケている。

「あんたが勝手に待ってたんでしょ」

 ストーカーみたいで気持ち悪い。興味もない女を追いかけ回さないで欲しい。

「トモダチがとおくからあそびにきてるんだから、いやなかおするな」

「友達」

「トモダチだろ」

「見える範囲にはいないな」

 普通に答えると、フェリクスは眉間に皺を寄せた。まさかこいつ、友達のつもりでいたのか。図々しい。


「ユリウスは」

「友達」

「エルヴィラは」

「憧れのひと」

「カタリナ」

「優しいおねえさん」

「……ルカスほかろくにん」

「友達の友達? 弟の友達?」

「……おまえトモダチすくないだろ」

 この台詞前にも言われたな。


「多くはない」

【恋愛だけじゃなく友達になるまでのハードルも高いのか。面倒臭い奴だな】

「そんなに高くない。痴漢野郎と友達になりたくないだけ」

【ふうん。まあいい。友人、恋人、夫婦、のステップを踏みたいだろうと思ってたが、全部すっ飛ばして結婚しても俺は問題ない】

 なんの話だ。

 まさかアレか。ヘッタクソなプロポーズの話。

「就活頑張ってくる。じゃあね」

【ああ。疲れたらやめてもいいぞ】

「定年まで働ける会社を見つけてくるよ」

 清乃は財布からきっちり自分の分の代金を取り出すと、ゆったりとコーヒーを飲むフェリクスの前に置いて立ち上がった。

【このくらい出してやる】

「結構です。奢られる理由はありません。昨夜は話を聞く代わりに出してもらっただけ」

「そうか。じゅういちじはん、とうきょうタワー。わすれるなよ」

 今朝の待ち伏せは念押しのため。ひとりで観光するのがそんなに嫌なのか。さびしんぼめ。

「……分かってるよ」



 清乃は会社説明会で社会の厳しさを、というか自分の田舎者振りを再確認してから、地下鉄に乗った。駅まで辿り着くのも駅構内でも、電車を降りてからもオロオロしっぱなしだった。

 ここは清乃の知っている日本ではない。

 帰りたい。

 一回くらい東京タワー登ってみたいとか、アホなことを考えずに最後まで拒否すればよかった。

 駅からとぼとぼ歩く清乃を追い越したタクシーが少し先で停まった。

「っておまえかよ。セレブめ」

 後部座席から出てきた長身を見て、清乃は顔をしかめた。

 王子様は下々の者が乗る電車には乗らないのか。

 タクシーなんて。くそ。羨ましい。

【おまえそんな不安そうな顔して歩いてたらすぐにカモられるぞ】

「日本はそんなに治安が悪くないんです」

 不安そうな顔ってなんだ。別に迷子になったりしていない。ちゃんと目的地を確認してから歩いていたのに。


 就活のことを考えていたせいだろうか。

 将来のことは確かに不安だ。

 入れそうだからと高校を決めて、受かりそうな大学を受験して、そこまではなんとなく生きて来られた。

 これからはそうはいかないのだ。

 余暇に本が読めるならどんな仕事でも、なんて考えでいては内定なんて夢のまた夢だ。

 就職浪人なんて嫌だ。なんとかしなきゃ。


【シューカツか。ユリウスが言ってたように人気書籍紹介業でいいだろ】

 女性をエスコートすることに慣れているフェリクスは、長い脚が無駄に思えるくらい、清乃の横をゆっくりと歩いた。

 それを彼女に申し訳ないと思わせないように、周りの風景を楽しむ外国人を演じている。

 黒い就職バッグを肩に掛け直して、清乃は精一杯の速さで短い脚を前に運んだ。

「やだよ。そんなお情けでもらえる仕事なんて」

 夫の顔色を窺って生きるなんて真っ平だと、王子妃候補の誘いを蹴った意味がなくなる。

【じゃあ分かりやすくユリウスと結婚】

「やめろ」

【そんなに俺のほうがいいのか。俺は構わないぞ。いつでも来い】


「やっぱり観光はやめよう。帰る」

 君子危うきに近寄らずだ。

 なんでこんなブラコンの変態野郎の誘いに乗ってしまったんだろう。馬鹿だった。

 こいつは清乃が将来を考えて不安になっているところに付け込みに来やがったのだ。

「まて。きょうはデートするやくそくだろう」

「あんたはすぐそういうこと言うから嫌なんだよ。フツーに観光って言え」

【女扱いを嫌がる女は面倒臭いぞ。そのままでいたら絶対カレシなんてできない】

 それもあった。


 のんびり生きてきた清乃の人生に、こんなに高い壁が立ちはだかったのは初めてだ。

 就職活動に、恋人探し。

 どちらも何をどうすればいいのか分からない。

「……やっぱりそうか」

 清乃は弱っていた。胡散臭い外国人の言葉に動揺してしまうなんて、普段の彼女にはあるまじきことである。

【なんだ。珍しい反応だな】

「あんたに何が分かる」

 フェリクスは清乃に興味なんてないから、普通も珍しいも分からないはずだ。

 彼はそんな冷たい反応など意に介さず、バッグの持ち手を握り締める小柄な女を優しい表情で見下ろした。

【前にも言っただろう。俺はキヨのことを考えてる。何を悩んでるのか話してみろ。聴いてやるから】

 清乃は立ち止まって、その整った顔を見上げた。

 秋が深まりつつある冷たい風が街路樹の葉を舞い上げながら、ふたりの間を通り過ぎていった。


「……チャラ男が胡散臭え。やっぱり帰る」

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