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王子様と夏祭り 前編

前話直後の話です。

「じゃあユリウス。飛行機の時間には遅れるなよ」

「分かってる」

「キヨ、弟を頼む」

「はい、って返事すると思います? あたし何も聞いてない」

「すまない。わたしは行きたいところがあるんだ。邪魔だったら、マリを呼び出して向こうへ連れて行かせればいい。帰りにわたしが拾っておく」

『魔女が冗談でそういうこと言うな!』

「本気だ」



 ふざけんなよ、と言いかけるユリウスの目の前で、ドアが閉まる。プシュー。

「…………何? 今から来るの?」

「………………明日昼まで、お世話になってもよろしいでしょうか」

「駄目って言ったらどうするの」

「……ホテル代はエルヴィラが持ってるから野宿かな」


 完全な事後承諾。

 こんなキラキラした王子様が夜中にひとりでフラフラしていたら、よからぬことを考える輩が現れないとも限らない。

 女の清乃よりも危険だ。

「そういうことは事前に言いなさいよ。そしたらちゃんと片付けて出迎えてあげられるから」

「普段から片付けておけ」

「役立たずの魔女に役立ってもらおうかな」

 意外と役に立ちそうだな、使役亡霊。使う気なかったけど。

「ごめんなさい。皿洗いと掃除はするので泊めてください」

 清乃だって、遠くから来た友人は快くもてなしてあげたい。

 そのためには、アポを取ってから来てもらう必要があるのだ。



「もう予告無しで来ないで。なんのための携帯だと思ってんの」

 清乃が実家からアパートに戻るための電車に、ユリウスとエルヴィラも一緒に乗ったのだ。

 空港に向かうには途中までは同じ路線だ。清乃の実家の両親に帰ります、と挨拶していたから、てっきりそのまま飛行機に乗るものと思っていたら。

 清乃はアパートの最寄り駅で電車を降りてバスに乗った。バスを降りると、ユリウスがスーツケースを引きずってついて来る。

「今回は不可抗力だ。キヨには黙って解決して帰るつもりだったんだ」

「何それ。日本に来るなら顔見せてくれたっていいじゃん」

「……来てもよかったのか」

 バス停から更に十分ほど歩く必要があるが、彼女は数歩進んだところで足を止めた。

「駄目な理由ないでしょ。そこのコンビニで時間潰してから来てよ。最低でも二十分」

 二十分で片付く部屋ではない。見られたくないものを隠す時間だ。

「うん」

 嬉しそうににっこり笑うユリウスに手を振って、清乃は残りの道程を汗をかきながら歩いて帰った。


 数日閉め切っていた一Kは、扉を開けた途端にむわっとした空気を吐き出してきた。それをもろに浴びた清乃は怯んだが、意を決して室内に入っていく。

 短時間で客を迎えられる部屋に調えなくてはならないのだ。

 灼熱のアスファルトからの照り返しよりも不快な室内の空気を追い出すため、玄関に近い窓から開けていく。

 室内に吹き込む風が涼しいと錯覚したのは一瞬のことだ。エアコンが効き始めてすぐにまた窓を閉める。

 帰省した日が可燃ゴミの日でまだマシだった。生ゴミが残っていたら、ゴミ袋を密閉していても臭いが大変なことになっていただろう。

 ユリウスは清乃が散らかした部屋は見慣れているから、とりあえず下着類だけ洗濯機とタンスとに分けて突っ込んでおけばいい。残りの時間で本は本棚、ゴミはゴミ箱、カゴに出しっぱなしの食器は食器棚に仕舞う。

 そこまでしたら、インターフォンが鳴った。


「はーい。どうぞ」

「お邪魔します」

 以前、ただいまって言うな、とユリウスに指導したら、律儀に頭を下げて挨拶してから入って来るようになった。

「はい。いらっしゃい」

「……よし。片付けは任せろ」

 一歩室内に入ると、遠慮がなくなった。

「もう勝手にしたら。諸々の約束事は忘れないように」

 開けるの禁止、触るの禁止、な場所や物の話である。他にも興味を持つのも禁止、な危険物もある。

「分かってる」


「あたしはあと三時間もしたら出て行くからね。夕飯は勝手に済ませて……って言っても冷蔵庫空だな。今のうちに買い出し行こうか」

「いや、気にしなくていい。準備があるんだろう。花火はここからでも見える?」

 自分も行きたい、と言いたいのを我慢する表情の美形に、清乃はうっとなった。

「……見えないよ。ひとりで行けそうなら行っておいでよ。ユリウスなら歩いても行けるかな。国道出て右に真っ直ぐ行ったら人混みが見えるから、すぐ分かると思うよ」

「うん。行ってみる。甚平に帽子で目立たなくなるかな」

 素直に頷くな。健気か。

 清乃は悪くないはずなのに、罪悪感が芽生えてしまう。

「多分ね。色んな人がいるから大丈夫だと思うよ。でも知らない人に声かけられても簡単についてっちゃ駄目だよ」

「キヨはオレをいくつだと思ってるんだ」

「十八歳だって分かってるから言ってるの。女の人に困ってるから助けて欲しいって言われたら、ユリウス絶対ついて行くでしょ」

「えっ駄目なの?」

「駄目じゃないけど。あたしの友達はそれで逆ナン成功したって言ってた」

「…………オレはどうすれば」

「ついて行くなら大人になる覚悟と準備をして行け」


 大袈裟だろうか。でも多分、こんな目立つ美形にはこのくらいの注意喚起は必要なはずだ。

 外国人だからというだけでなく、長年寄宿学校で育った王子様は世間知らずだ。上流階級の人間ばかりが集まる社交界とは勝手が違う庶民の生活のことを、まだよく分かっていないのだ。

 そんな王子様を放置して行っていいものかとは思うが、先約があるところにアポ無しで来られたのだから、清乃にはどうしようもない。

 まあ小さい子どもではないのだし。腕っ節には自信のある彼のことだ。何かあっても、最悪相手を振り切って逃げて来ることだろう。

「……キヨはそれでいいのか」

「あたしには保護する義務がないのと同時に、口出しする権利もないからね」

「権利はある。口出しして欲しい」

「そ。じゃあ、あんまり遅くならないうちに帰っておいで。日付変わっても帰って来なかったら、チェーンかけて寝ちゃうから」

「はい分かりました!」

 ヤケクソな返事ではあるが、言い付けを守るつもりはあるのだろう。

「よし。いい子」



 バス停まで歩いて行く予定だったが、ユリウスが自転車で送ってくれた。

 下駄で長時間歩くのは大変だから、ありがたく荷台に乗ることにした。

 浴衣を着て甚平姿の男の子と二人乗り。中高生カップルのようだ。現役時代にもしたことがないのに、今更。

 ユリウスは現役高校生な年齢だ。清乃は見た目だけなら現役だ。

 つまり、はたからは高校生カップルに見えているのだろうか。大学の知り合いに見られたら恥ずかしいな。

 自転車では五分もかからない距離だからと、清乃は心を無にして荷台の端に掴まっていた。


「夜中に女性ばかりで歩いて大丈夫なのか」

「そんな危ないところじゃないよ。友達はナンパ慣れしてるから、声かけられても上手にあしらってくれるの」

 清乃はいつも、勉強になります、と言うのだが、勉強の成果を披露する機会にはなかなか恵まれない。

「でも、ユカタ可愛いから心配。何かあったら電話して。跳んで行く」

「トぶのはやめろ。そういうこと言うひとユリウスだけだから大丈夫。世の中色んな人がいるから、あんたみたいな子は相手が同性でも気をつけるんだよ」

「……本棚に不穏な表紙の漫画が増えてたな」

 不穏てなんだ。近隣に同性婚可能な国があるくせに。やっぱりこんな顔をしていると色々あるのだろうか。

「最近あの界隈がアツいらしくて、友達がおススメ貸してくれたの。あたしも今まで敬遠してたんだけど、あのシリーズはストーリーがしっかりしてるから読み応えあったよ。読みたかったら読んでもいいよ」

「…………機会があったら」

「あっバス来た。じゃあね。送ってくれてありがとう」

「はーい。いってらっしゃい」



 今夜は大学の友人と四人で花火大会に行く約束をしていたのだ。

 浴衣を着てバス内で合流した。全員約束通り、それなりに着付けてきている。

 花火が上がる前にカキ氷や焼き鳥やらを買ってから、しゃがみ込んでも浴衣が汚れない場所を確保する。

 今日集まった全員が県外出身で、それぞれ実家に帰省してこっちに戻ってきたところだ。一年生のときから恒例になっている各地の銘菓交換をして、口寂しくなったタイミングで食べてしまう。

 そのうち空に火の花が咲きはじめ、どぉんと遠くから重低音が響く。

 ぉおお、とどよめきがあちこちから上がる。

「キレイだねぇ」

「ねー」

 最近の花火はバラエティ豊かだ。ハート型だったり、スイカだったりリボンだったりする。

 ユリウスもどこかで見てるのかな、と思ったら、なんとなく落ち着かない気分になってきた。


 そんな清乃を見て、友人のひとりが何気なさを装って訊いてくる。

「きよっちはさあ、ユリウス君とどうなったの?」

「どうって。普通に友達って言ったじゃん」

「水着は? ちゃんと着たの?」

「着たよ。せっかく買ったんだから。でもあたしなんかより、あの子の水着姿が目立ちまくってて居心地悪かったよ」

「それはあたしも見たかった」

「あたしも。色気ヤバいよね。あの子ほんとに十代?」

「あの色気に当てられないきよっちのがヤバいよ」

「がっつり当てられてるよ。日本で暮らしてくれるなら付き合う、って言ったら振られちゃった」

「えっ……」

 いつまでも言い続けられるのも面倒になって、今まで隠していた情報を少しだけ加工して開示してみる。


 正確には結婚して日本で一緒に暮らそう、だ。

 一足飛びにプロポーズ。他にいい方法が思いつかなかったから。

 ユリウスにはその場でごめんなさいされた。

 そのおかげで、清乃の心は平穏を取り戻すことに成功したのだ。

 彼を相手に恋はしない。していない。

 恋人が相手ならなかなか会えないことに寂しい思いをしたり、団体で来ることに苛立って、他の男が近づいても平気なのか、と詰め寄ったりしたかもしれない。

 だがふたりは友人だから、そんなことを思う必要はないのだ。楽だ。

 フラットな感情のまま、歳下の友人に接することができる。

 水着姿をスルーされてモヤモヤしたり、浴衣姿を可愛いと評されて密かに喜んでしまうのは、他の友人知人が相手でも同じことだ。そこまで特別な感情ではない。

「失恋した。慰める会開いてよ」

 してないけど。大前提である恋をしていないのだから、失いようがない。

 そう言っておけば、友人たちも納得するだろうと思ったのだ。

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