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王子様と盆休み 7

 清乃は実家に残したままの自室に異国の王子王女を招き入れた。

 ほんの数日で散らかしてしまった部屋を片付けるために先に部屋に上がる際、ユリウスに冷たい眼で見送られた。

 明日持ち帰る予定の服をスーツケースに仕舞う。読みかけの本やら眼鏡やコンタクトケースなどの小物、机の奥から引っ張り出してきたアレコレを元のように戻す。

 これで良し、と階下に声をかけると、誠吾がふたりの客人を連れて来る。

「ここがキヨの部屋か。可愛らしいな」

 エルヴィラが物珍しそうに部屋を見渡す。

 まあ彼女からすると、こんな狭い部屋は見たことがないレベルだろう。

「小学生から変わってないんで。このキャラクター、当時好きだったやつ」

「アパートとはまた違うな」

 ユリウスがあちこちに視線を投げながら呟く。

「あんまり見ないでよ。で? あたしはどうしたらいいの?」


 降霊術なんて見たことがない。

 清乃はこれまで無縁のまま生きてきた世界を、今から少しだけ覗き見るのだ。

「名を呼んでやってくれ」

「それだけでいいんですか?」

「ああ。あの子はキヨを探し回って迷子になってしまっているんだ。キヨが呼んでやれば、すぐに気づくはずだ」

 エルヴィラはさも簡単なことのようにそう言った。

「キヨ、あの子のことは覚えているか?」

「うん、覚えてるよ。茶色い髪に、黄色い瞳、ガリガリに痩せてる小さい女の子」

 頭や身体を洗ってやったら喜んでいた。多分、綺麗になるのが嬉しかったんじゃなくて、ああやって大人に世話を焼かれる体験が珍しかったのだ。

 敵の一味だったはずなのに、無邪気な顔をして見上げてくるあの子のことは、最後まで憎めなかった。困っている清乃たちのために、助けを呼んできてくれた。


 ちゃんと覚えている。

「マリ? いるの?」

 清乃はどこに視線を向ければいいのか分からず、なんとなく部屋の天井の少し下辺りの何もない空間を見てみた。

「セイはキヨの隣に。どっちがキヨか分からなくなって出て来なくなるかもしれないから。傍にいれば迷うこともない」

 ユリウスに肩を押された誠吾が、おそるおそる清乃の隣に立つ。

「出ておいで。これあたしの弟だよ。ドジっ子魔女、何間違えてんのよ」

「……もうちょっと優しく呼んでやろうか」

「そんなことしたらあたしの偽者だと思うんじゃない?」

 額を叩いたり鼻を捻り上げてやったり、手酷く扱ってやったのだ。

「確かに」

「マリ。手間かけさせるんじゃないよ。早く出て来な」

「…………」

「………………」

 何も起こらない。

「えっ何これ。あたし今何してんの?」

「……おかしいな」



 魔女の亡霊のうちのひとり、一体? が行方不明に。

 どうも日本に行ったらしい。

 今月上旬に日本に遊びに行ったユリウスかフェリクスにでもついて行ったのだろう。連れ戻す必要がある。それは魔女の仕事だ。

 原因を作ったのはジェニファーだ。本来であれば、彼女と、彼女とセットのユリウスが動くべき案件である。

 が、亡霊が向かった先にいると思われる清乃は、つい先頃ジェニファーの起こした騒動に巻き込まれた人物である。

 加害者を被害者の許に行かせたら駄目だろ、という話になった。

 まだ未熟な新米魔女だし。不安要素しかない。

 というわけで、新米魔女の騎士ユリウスを、約十年の経験を持つ魔女が指導がてら対処に走る運びとなったのである。


 誠吾が見た幽霊は、魔女の亡霊だった。

 清乃が魔女の夢の中で出会った、小さな女の子。彼女は清乃を追ったつもりで誠吾に憑いてしまったらしい。

「おかしいな」

 魔女でも読みを違えることがあるのか。

「近くにいるのは確かなんだろう」

「ああ。……だと思うんだが。以前日本に来たときよりも、他の霊の気配が強くて分かりにくい」

「「えっ」」

 エルヴィラがなんでもないことのように言った言葉に、清乃と誠吾の声が重なった。

 思わずお互いの服を握り締める日本の姉弟を見て、異国の魔女はかすかに笑った。

 彼女は階下で飲んでいたときよりも、髪の色が赤い。瞳の色が金に近づいている。

 夜は魔女の時間だ。異界に暮らす魔女と、現の魔女の境が曖昧になる。

 魔女の亡霊が、遠く離れたアッシュデールの城から、エルヴィラに力を貸すため日本にやって来たのだ。

「…………おボン、か」

 ユリウスが呟いた単語に、清乃と誠吾は同時に閃いた。

「「ご先祖さまか!」」

「ふたり本当に仲良いよな。うちとは大違いだ」

「ユリウスきめえこと言ってんなよ。今お盆だから、ご先祖さま帰って来てんだよ、きっと」

「ぼんやりとしか覚えてないけど、小さいときに亡くなったお祖父ちゃん。この家で息を引き取ったって。なんだ。おじーちゃん、ここにいるの?」

 毎年帰って来ているご先祖さまなら別に怖くない。実際見えたら怖いかもだけど。

 小さい清乃と赤ちゃんだった誠吾を可愛がっていたという祖父なら、怖がっては可哀想だろう。

「ふたりの祖先の御霊に阻まれているのか」

「わーエルヴィラ様台詞がファンタジー。素敵」

「魔女だからな」

 存在自体がファンタジー。

「じゃあ外出る? 今から出るって言ったら怒られるかもだけど、エルヴィラ様とユリウスが一緒なら大丈夫でしょ」

「だな。ユリウス来て。かーちゃんの前でニコニコしといて」

「頼んだよキラキラ王子様!」

「……なんかオレの扱いが詐欺師みたいに」

「気のせい気のせい。かーちゃーん! ちょっと今から外歩いて来る!」


 可能な限り嘘はつかない。どうせ後からバレるんだから。

 清乃に言い聞かされて育っている誠吾は、若者らしく青春してくる! と理由にならない外出理由を告げながら玄関に向かった。

 大丈夫、エルヴィラ様って保護者が一緒だから、アホなことはしない。すぐ帰る。

 勝手言ってすみません、と王子様がキラキラしながら頭を下げたら、田舎のおばちゃんには何も言えなくなる。

 誠吾がカラダを張ってアホな高校生の衝動的行動を演じたことにより、スムーズに外出することができた。

 清乃は誠吾がアホなこと始めたらすぐ引き摺って帰るから、いってきます、と言うだけでよかった。

 ガレージから十代ふたりが自転車を出してくる。

 誠吾がエルヴィラに後ろどうぞ! とやるから、弟を白い眼で見た清乃はまたユリウスの荷台に乗った。進行方向左を向いて横座り。もう酔いは醒めているから、運転手の腹に掴まる腕は一本だけで充分だ。


「来た時期が悪かったな。霊の気配が濃い場所を探して見つからないから、墓地にまで行っていたところだ」

「あー、だからあそこの墓に」

「セイ、気づいてたのか」

「なんかヤバそうだったからスルーした」

 時刻は午後十二時前。もうすぐ日付が変わる。

「どこに向かうの? 人目がなければ大丈夫かな?」

「河川敷?」

「お盆に水辺はやめとけ。山……もなあ。公園行くか。自転車で十分。頑張れ」

 最近は田舎道もだいぶ道路の舗装がされていて、どこへ行っても車のヘッドライトが気になる。ひとりの夜道は心細いと思うときには人通りが少な過ぎると感じるが、人目を避けたいと思って探せば、人の死角になる場所は意外と少ない。

 右向きに座ったエルヴィラと向かい合わせになって、なんか変ですね、自転車のふたり乗りは今日が初めてだ、楽しいな、と言い合いながらのんびりと到着を待つ。

 姉をトレードした十代男子が競争を始める。

 最初は体重の軽い清乃を乗せたユリウスが勝っていたが、途中から誠吾が猛スピードで追い越して行った。

 エルヴィラの長い髪の毛の靡き方がおかしい。後ろ向きに流れるべきところを、進行方向にたなびいている。魔女の魔法だ。

「くそっ。キヨ、しっかり捕まってろよ。絶対追い付くぞ」

「えー」

「早く!」

「えー……」

 負けず嫌いな王子様、アホみたいなスピードで猛追したが、魔法の風には勝てないままゴールしてしまった。


「こんなスピードで走れるなんて、あたしの愛車自身も知らなかっただろうな」

 競技用でなく普通のママチャリである。荷台に乗せていたお尻が少しばかり痛い。

「エルヴィラ、勝負に水を差すな」

「負け惜しみか。姉ちゃんが重かっただけだろ」

「そういうことを女性に気軽に言うんじゃないよ。あたしがショックで拒食症になったら責任取れるの?」

「そうだぞ。どう見てもエルヴィラのほうが重い」

 ユリウスが不自然につんのめった。

 夜のエルヴィラは息をするように魔法を行使する。

「ご両親が心配するだろう。早くすませて帰ろう。キヨ、もう一度頼む」

 はい、と頷いてから、清乃は誠吾の隣に立って前方に両手を伸ばした。

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