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王子様と盆休み 4

 背に腹は代えられぬ。

 誠吾は携帯電話で丁寧な文章を作成すると、送信ボタンを押した。

 返信は早かった。

 OK. の文字に胸を撫で下ろすと、誠吾は携帯と財布をズボンのポケットに押し込んだ。

 自室を出る前に自らの姿を見下ろし、穴の空いたハーフパンツを脱ぎ捨てて一番マトモそうに見えるジーンズに穿き替える。暑いが我慢だ。

 Tシャツも無難なものに替えて、スニーカーを履くために靴下も着用。これでいいか。というかこれ以上は無理だ。

「母ちゃん、俺も昼いらない。外で食べてくる」

「珍しい。どこ行くの? お金あるの?」

「デート。ハンバーガー以外に二人千円以内で食べれる店ってある?」

 盆休み中の父が、視線をテレビから息子に移す。

「何か悪いことしたのか」

「どういう意味だよ。今から歳上美女とデートなんだよ。月末にバイト代入ったら返すから、千円貸して」

 嘘ではない。今からふたりで会うのだし、その相手は歳上の美人だ。

 妄想か、まあ暑いからな、と言いながらも、デート、の単語が効いたのか、父が財布から千円札を二枚出してくれた。

「あざっす! 行ってくる!」


 自転車を猛スピードで漕いだため、約束の時間五分前に現地に到着することができた。

 目上の人、それも女性を待たせるわけにはいかない。

 店の前でふぃーと息を吐いて汗をぬぐっていると、正面に涼しい顔の美女が見えた。

「セイ」

「ご無沙汰してます! 本日はありがとうございます!」

 びしいっと姿勢を正して頭を下げる誠吾に、通行人の視線とくすくす笑いがまとわりつく。お盆の田舎は、いつもよりも人目が多い。

「こちらこそ、お誘いありがとう」

 微笑むエルヴィラは、淡いグリーンのノースリーブに長い脚の形がよく分かるジーンズ姿だった。いつ見ても、どんな格好をしていても美人だ。

「ハンバーガーでもいいですか? 別の店がよければ」

「いや、ここでいい。入ろうか」


 エルヴィラは大人だが、ファーストフードには慣れていないだろうと、テキパキ注文して品物を受け取ってとしていると、できる男になったような気がしてきた。

 まあ気のせいなのは自分でも分かっている。が、何事も自分の得意分野で勝負できるに越したことはない。

 支払いをしようとするエルヴィラを制して、自分に出させてください! と言い切ったら、彼女はあっさりと引いてくれた。

 さすが大人の女性だ。

「ありがとう。ご馳走になるよ」

 男の宣言を聞き入れて、スマートに奢らせてくれる。

 惚れそうだ。嘘。それは無理。そんな度胸はない。


「あの、ユリウスは今」

「なんだ。やっぱり知ってたのか」

「知ってたというか。一昨日遠目に見掛けて」

 エルヴィラとユリウスが日本に、というか誠吾の家の近くに来ている。

 だからメールしたのだ。

 相談に乗っていただきたいことがあります。お昼一緒にいかがですか。と。

「ユリウスは置いてきた。今頃ひとりで何か食べてるんじゃないか」

 弟に冷たい。姉という生き物の生態だ。

「何しに日本に、って訊かないほうがいいっすよね。俺の話してもいいっすか」

「どうぞ。聴こうか」

 美女はハンバーガーにかぶりついても美女のままだ。

 同じ二十代の女のはずなのに清乃とはだいぶ違うな、と思いながら、誠吾は一旦ストローから口を放した。

「俺、幽霊見るようになっちゃったみたいなんですけど、対処方法とかってありますか」

「対処とは?」

「対処。えっと、除霊的な? あれっもしかして管轄違い? 魔女の亡霊とは違う話になっちゃいます?」

「どうだろう。もう少し詳しく聴かせてくれるか」


 誠吾は今月頭からの出来事をなるべく詳細に話した。

 話を聞き終えたエルヴィラは、ふうむと考えるような仕草をしてから、オレンジジュースを飲んだ。

 魔女もジュースとか飲むんだ、ちょっと可愛い。嘘。ごめんなさい。畏れ多いことを考えました。

「姉ちゃんも昨夜なんか見えたとか言ってビビって助けてくれそうにないし、もう俺どうしたらいいか」

「つまりこのランチ代は相談料ということか」

「しょぼくてすんません」

「いや。デートだからじゃなかったのか。残念だ」

「! デートでいいんですかっ? じゃあデートだからです! 光栄です!」

 調子のいい誠吾を、大人な美人が微笑とともに見ている。

 幸せだ。相手が魔女でも幸せな光景だ。


 魔女はハンバーガーを食べ終わると、ハンドバッグからボールペンを取り出した。魔法のような手付きで、トレイの上の紙にそれをさらさらと走らせる。

 誠吾が覗き込んでみると、それはデザイン画のように見えた。

 なんで今絵? と思いながらもそのまま眺める誠吾の背中を、先ほどまでとは違う冷たい汗が流れた。

「これか?」


「……このひとです。このワンピース。え。なんで? めっちゃ絵巧いっすね。そのままなんすけど。なんで?」

 魔女だから?

 魔女だから、誠吾の話を聞いただけで幽霊の絵を描くことができるのか?

 魔女って言えばマジでなんでも有りなのか。

「セイ。これはネグリジェだ。寝間着」

「寝間着」

 ワンピースでなく。

 知らんがな。上下がくっついたスカート、ワンピースでいいだろ。

「ご馳走さま。そろそろ出ようか」

「えっあの、話」

「店を変えよう。続きはそこで」



 トンカツを食べてみたかったんだ、というエルヴィラのリクエストに応えるべく、誠吾は汗だくになりながら自転車を漕いだ。

 後ろに美女を乗せていると思えば辛くない。これも嘘だ。真夏の自転車、自分より背の高い女性を荷台に乗せての上り坂は普通に辛い。が、現在盆休み中の部活ほどではない。

 辛いがちょっと浮かれている。だって美女と二人乗り。やっぱり辛くないかも。

 アシストが必要か、と魔法の存在をチラつかせられたが、エルヴィラ様軽いんで問題無いっす、お気遣いなく! と見栄を張ることに成功した。


 トンカツ定食二人前は出せないな、と店前にあったメニューを見て財布の中身を思い出しながら涼しい店内に入る。

「男女平等の時代だ。さっき奢ってもらったから、ここはわたしが出そう。実を言うと、ひと口食べたいだけなんだ。一切れだけ頼むというわけにもいかないから、セイが頼んだものを分けてくれたら嬉しい」

「えっ……」

「頼まれてくれるか」

「はいっ」

 大人すげえ。全然腹が膨れていない誠吾に気づいての行動だったのだ。

 惚れそう。どうしよう。姉と一緒に魔女ファンクラブを結成すべきか。


 エルヴィラがトンカツを一切れ食べて、美味しいな、ユリウスの言ったとおりだ、と言うから、もう一切れ食べますか、と勧めてみた。

 ありがとう、と嬉しそうにぱくりとする姿はやっぱりちょっと可愛いと思ってしまった。

 その後はあんみつ食べてるし。

 え、これもう可愛いでよくね? じゃあやっぱりデートでいいのか。

 どうしよう。初カノジョとはついぞできなかった人生初デートだ。お相手は歳上美女。魔女だけど。でも歳上の美人。すげえ。

「さっきの白いネグリジェの幽霊の話だが」

「はいっ」

 しまった。デートに浮かれて本題を忘れていた。魔女の魔法にかかってしまっていた。


「すまない」

 謝罪?

「えっ……」

 手に負えない、力になれない、という意味か。魔女がそんなふうに言うくらい、ヤバいやつなのか、あれ。

 蒼くなる誠吾に、エルヴィラは続けた。

「うちの失態だ。アレはすぐに引き取る。怖い思いをさせて悪かった」

「…………え」

「ここの代金は詫び料だ」

「………………俺もあんみつ頼んでいいっすか」



 デートじゃなかった。

 あっぶね。美人に騙されるところだった。

「キヨに懐いていた子どもの亡霊が消えていることに気づいて、捜しに来ていたんだ」

「それが、アレ」

「間違いないと思う。ユリウスを追ってキヨを探しに来たはいいものの途中で分からなくなって、似ているセイについて来てしまったんだろう」

「どんなミスっすか」

 姉とは性別を超えた似方まではしていない。姉弟だから外見的特徴に相似点は多いが、言われてみれば、程度にしか似ていないはずだ。多分。

「アッシュデールにいたときのキヨは魔女の子孫に近い存在だったが、一度取り込んだものがだいぶ排出されて、気配が変わっているからな。混乱したんだろう」

「……ドジっ子魔女かあ」


 この店のあんみつ美味いな。黒蜜の甘さがクセになりそう。初めて食べた。親と来るときにはデザートなんか頼ませてくれないから。

「昼間に見たのは、ジェニファーがその亡霊に頼んだせいだと思う。セイが近くにいるのが分かったから、助けてもらおうと思って呼んだんだと言っていたから」

 またあの問題児か。

 喋っていることの大半がぶっ飛び過ぎてて、面倒になってスルーしてしまったのが悪かった。ちゃんとひとつひとつツッコミを入れるべきだったのだ。

「本来ならジェニファーに責任持って回収させるべきなんだが、あの通り未熟な魔女だからな。ユリウスとふたりで送り出すのは不安だということで、わたしが指導がてら日本に来ていたんだ。トンカツも食べたかったしな」

 トンカツ食べたいはガチだったのか。結構こだわっている。

「それで実地研修」

「どうやら日本にいるらしいと探して来た先がキヨの地元だったから、何故だと思っていたんだ。キヨはここから離れたところで暮らしているんだろう」

「一昨日帰って来ましたが」

「こんな短期間でまた日本に来たことがキヨにバレたらストーカーだと思われる、とユリウスが駄々をこねるから、来ていることを黙っていたんだ」

「イケメンストーカー」

「今更だろう」

「っすね」

 まあその男ゴコロは分からんでもないが、相手がアレだと思うとどうも白けてしまう。


「今夜セイの家にお邪魔してもいいかな。ご両親に挨拶して、回収できたらすぐに出て行くよ」

「あっじゃあ泊まってってください。俺を助けてくれる専門家だからって親に頼むんで」

「急に行ったらご迷惑だろう」

 王女様なのに常識的だ。

 妹とは大違い。これが大人というものか。

「大丈夫。姉ちゃんの部屋今は片付いてるから。ユリウスは俺の部屋で寝ればいいし」

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