王子様の夏休み 2
【ごきげんよう、ミズ・スギタ。今回の君の任務だが】
誰がスパイだ。
「不可能です」
【大丈夫。そこまで複雑な任務じゃない。うちの悪童どもの監視を頼みたいんだ。いや、本当に。お願いします】
【ユリウス聞いてるー? ボスに行き先を教えたら休暇にならないよー?】
【キヨ、今度おじさんと映画館デートしようか。妻と行くより楽しめそうだ】
世界的に有名な映画ネタを振っておいて何を言うか。誰でも反射的にノれる。
でも美形中年との映画館デートにはちょっと心惹かれる。程良くスマートに楽しくエスコートしてくれそうだ。あの作家とかあの作家とかのファンらしいし、映画の感想も面白いものが聞けそう。
【早く用件を言え。自分が交渉するって言ったんだろう】
大半が無駄話だったので省略しよう。
要約すると、大学入学前の大きな子どもだけで国外旅行をさせるのは非常に不安である、そのため、清乃に現地での世話役を頼みたい。という依頼だった。
つまりアルバイトだ。
仕事内容は交通手段の手配、困ったときのサポート、現地で羽目を外し過ぎないよう監視と指導。
経費別で日給二万円。
食事の準備でもなんでも本人たちにやらせて構わないが多分できない、やり方を教えて手伝ってやってくれ、後は適当に遊んでやって。の条件で、自分も遊びつつ三泊四日プラス事前準備一日分で十万円。
おいしい。普段の清乃のアルバイト代ひと月分よりも多いくらいだ。
もらい過ぎ、とも思ったが、事前リサーチや予約等も含めての額であれば妥当か、もらっとこう、と契約書にサインして送り返した。
あ、ついでにセイにも頼んだから。彼は基本遊んでるだろうから、キヨのアシスタントとして日給三千円で話がついてる。だそうだ。
だから何故先にそっちに話を通す、と清乃は思った。
まあ田舎の高校生のことだ。県外に遊びに行って一万二千円の小遣いが手に入るのであれば、大喜びだっただろうことは想像に難くない。
清乃の意見も聞かれながらリサーチしながら、宿泊先は貸別荘にした、と連絡が来た。どうやらお偉い筋から手配したらしく、庶民には借り方の見当がつかないところだ。
プライベートビーチもあるが、それではつまらないとの要望を受けて、徒歩で地元民が集まるビーチに行けるような立地である。
大人を三人事前に送る、と言われたリストには、フェリクスとカタリナ、もうひとつ初見の男性名があった。
十八歳の男八人に、保護者が三人。過保護、と言いたい気もしたが、多分逆だ。
十一人の中に、王子がふたり。護衛役九人中七人が学生というのはお気楽が過ぎる人選だ。学生七人もどちらかというと護衛される側の身分の人間であり、しかも現地ガイドは素人の学生ときている。
大丈夫かよ、と言われても仕方のない旅行である。
でも別にいいのか。その王子はふたりとも、単独で何度か日本に来ているのだ。護衛役がいるだけまだマシだ。
清乃はコンパクトカーをレンタルして途中で誠吾を拾い、空港に三人を迎えに行った。
さすが新東京国際空港改め成田国際空港。
日本とは思えないほど外国人が多く歩いており、小柄な姉弟は人混みに埋もれながら、百九十センチ近い長身という目印を探してキョロキョロしていた。
向こうからこっちを見つけるのは無理だろうと思っていたが、フェリクスが真っ直ぐ清乃たちに向かって来ることにギリギリまで気づかなかった。
「よう」
夏には必須なのであろうサングラスが、彼のチャラさを倍増させている。
「おう」
「お久しぶりです」
年齢順に挨拶するが、最年少の誠吾が一番まともだった。珍しい。
「カタリナたちは? 一緒に来たんでしょ?」
「はなれてすわってたから」
なんでだよ。仲悪いのか、と言おうとしたが、すぐにその理由は判明した。
【キヨ!】
笑顔で手を振る金髪美女に向かって、清乃は駆け出した。
「カタリナ! お久しぶりです! っなななんでゴリラさんも?」
広げられた腕に飛び込みかけて、直前で急停止してしまった。
【メンバーのリストが届いたでしょう】
「……マシューさん? ゴリラさんが?」
素敵な筋肉の持ち主が苦笑しながら頭を下げる。日本式のお辞儀。
【キヨノ様、セイゴ様。ご無沙汰しております。ゴリラでも構いませんが、よろしければわたしのことはマシューとお呼びください】
金髪美女カタリナの筋肉彼氏の名前、そういえば知らなかった。ゴリラで通じてたから。
【……失礼しました、マシュー。ようこそ日本へ……】
他人の彼氏相手に赤面してしまった。不覚。カタリナごめんなさい。
誠吾の後ろに隠れる清乃を、フェリクスが嫌そうに見下ろす。
【俺には「おう」だけでゴリラにはその反応っておかしいだろ。俺今はまだ王子だぞ】
自分たちだけで飛行機に乗りたいと言う十八歳の希望で、大人組は事前準備も兼ねて先に日本入りすることになったと連絡があった。
大人だけで旅館に泊まろう、とふた部屋予約済みだったのだ。
誠吾をどうするか迷ったが、連れて来て正解だった。
男部屋と女部屋で分かれるつもりだったのだが、清乃は急遽ゴリラ改めマシューと部屋を交代した。
大浴場には清乃とカタリナで仲良く入ってきた。
誠吾は大きな外国人ふたりを相手に三助気分を味わってきたと言っていた。何をやってきたのだろう。いい大人が大きな風呂にはしゃいでいたのか。
豪華な夕食に舌鼓を打ちながら、ここでの清乃と誠吾はアッシュデールの客人ではなく、お坊ちゃんたちのお守りをする彼らの同僚だと話はついた。
【あーくそ。あいつら公私混同しやがって。今頃楽しんでんだろーなあ。邪魔しに行くかー?】
フェリクスがつんつるてんの浴衣姿で座椅子の背中に体重を預け、ブツブツ言っている。
「やめろ。完全にそのつもりの人選でしょ。あたしだってそのくらいの空気読むよ」
子どもの見張りはほどほどでいいから遊んでおいで〜、というご褒美任務だ。
「俺は別にどっちでもいいっすけど。でもこんだけ部屋広くても、フェリクスさんとマシューさんふたりいたら圧迫感すごそう」
百九十近い長身と、ゴリラ並みの筋肉の持ち主のふたりである。
【想像だけで暑苦しい。確かにこのほうがマシか】
「そんな羨ましがるくらいなら、自分だって彼女のどっちか連れて来ればよかったのに】
【彼女たちは俺のカオが好きなんだ。つまりユリウスを見たらキモチが移る】
「冷静な分析」
確かにフェリクスの美形面が好きならば、更に上回る美形が現れたら乗り換えたくなるだろう。なんと言っても二股でも別に、な関係らしいし。
【キモノ美女じゃなくてキモノ幼女が相手で残念だが飲むか】
地酒もツマミも入手済みである。清乃が日本酒は飲めないと言ったら、フェリクスが梅酒も買ってくれたのだ。付き合わないわけにはいかない。
「着物てか浴衣ね。誠吾、あんた最後まで起きてて、あたしが布団に入るとこ見届けてよ」
浴衣の下はTシャツにハーフパンツ着用済みだ。寝乱れても問題はないが、布団に入っていないとだいぶ見苦しいことになる。
「どんだけ飲むつもりだよ。弱いくせに大丈夫かよ」
「大丈夫。梅酒なら薄ーく作れるから、長時間飲める」
最近覚えた技である。同じく弱い友人に、飲み会を楽しむ方法として伝授されたのだ。薄めで、って店員さんにこっそり頼めばいいんだよ、だそうだ。なるほど、と思って実践している。
美味しく飲めるし、途中で離脱する必要がなくなった。
「それって俺いつ寝られんの?」
「さあ。あたしが寝るまでそこで夏休みの宿題してな、受験生。大学生ふたりで見てやるから光栄に思え」
「えいごとすうがくならいけるか。どんなのやってるんだ。みせてみろ」
「じゃああたしは他の文系科目担当で」
「酒飲みながらできんのかよ」