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王子様の夏休み 18

 リビングダイニングの天井には大量の風船が浮いていた。

 明るい色のテーブルクロスの上にはオードブル。寿司もある。ピザやケーキ、お菓子の袋も並べてある。彼らが好きなものを自由に並べたのだろう。

 日本滞在中は十代の飲酒禁止、の約束を守るためのジュースも大量だ。

 先に着替え終わって集まっていた男性陣は、全員ラフなリゾートスタイル。

 先ほどの堅苦しさはカケラも残っていない。


【あっ来た来た。なんだキヨ、その頭。可愛いな】

 美形なだけの青年に戻ったユリウスは、誕生日に清乃がプレゼントした甚平姿だ。

 プラチナブロンドに甚平。意外と似合う。

【カタリナがやってくれた。甚平着てくれてるんだ】

【うん。涼しくて好き。ルキウスも欲しがってた】

 清乃の中途半端に伸びた髪は、カタリナがふんわりした団子にまとめてくれた。

 うっすら化粧もしてもらった。ファンデは無し、アイシャドウとチーク、薄い色のリップだけで、不機嫌に見られがちな清乃の顔を明るいものにしてくれた。

【そのワンピース、ルイーザが作ったやつだな】

 フェリクスは派手なアロハシャツ。チャラ男仕様だ。

【うん。カタリナとエルヴィラ様が生地を選んで、ルイーザさんが縫ってくれたって】


 お詫びだと書かれたメッセージカードと共に受け取った。

 夏らしい水色のワンピースだ。普段自転車で移動する清乃は選ばない、裾がふんわり広がるスカート。

 スクエアタイプの襟からタイムリーに鎖骨が見えている。肩はギリギリ隠れるが袖は無い。胸の少し下からウエストまでを絞ってあるせいか、短い脚が少し長く見えることに感動した。

 ホネとウエストの正解はきっとこんな感じだ。

【ルイーザが古臭いデザインのものを作ろうとしていたから、エルヴィラが指示を出していたぞ。若い娘に着せたいなら腕が出るものにしろ、キヨが鎖骨を出さずに誰が出すんだとか言ってた】

 別に誰が出しても良かろうよ。チャラ王子の鎖骨だってチャラチャラしてる。

【素敵なワンピースをありがとうございますって伝えておいて】

【ああ。良かった。よく似合ってる】

 サラッと褒める。怖。今日の彼は清乃の前でもチャラ男なのか。態度の悪い輩のほうがまだマシだ。

 胸元がざっくり開いたサマードレスのカタリナには、マシューが耳元で何か囁いている。

 全体的に欧米だ。

【乾杯しよ乾杯】

 良い子たちが炭酸飲料を片手にせっつく。うん。今夜は色々見ない振りをしてあげようかな。

 大人はシャンパン。清乃も最初の一杯だけはアルコールにしておく。


 乾杯と同時に天井の風船が降ってきた。

 テーブルの上に落ちないように、みなで騒ぎながら捕まえた。

【何なに、これ浮くヤツじゃなかったの?】

 オードブルを庇って捕まえた風船をふたつ抱えながら、清乃は笑ってしまった。大きな人間がこんなに集まって、無駄なくらいに手際良く風船をさばいていく様子には笑うしかなかった。

【手配できなかったから、みんなで膨らませた。オスカーたちが順番に浮かせてたんだ】

 風船から料理を守りながら、笑いながらユリウスが解説する。

 またか。超能力の無駄遣い。


 でもないか。楽しむために使うなら、それは正しい使い方のはずだ。

 彼らにとって、魔女の血を引いているのは悪いことばかりではないのだ。


【パーティーって、ユリウスの誕生日みたいなことばっかりしてるんじゃないの?】

 綺麗に着飾って、マナーを遵守、上品なダンス。庶民が想像する、いかにもな社交界。

【あれは国の行事だよ。子どもにはあんなのつまらないだろう】

 みんな言動がセレブっぽくないな。

【大学の連中とはもっと馬鹿騒ぎをしてる】

 アメリカはなあ。と思ってしまうのは偏見ではないはずだ。

【大人も大して変わらないけどな。任務終了の打ち上げには、キヨは招待できない】

 されたくないな。マシューの口振りから想像するに、清乃はドン引きして空気を悪くしてしまいそうだ。

【日本の大学生は?】

【陽気な人たちは色々してるのかな。あたしはイベントとかあれば友達と集まって飲み食いするくらい】

 それなりに楽しくやっているが、大人しいものだ。


【オレこの前、日本の女子大生の女子会に混ざってきた】

 ユリウスがはいはいっと手を挙げる。

 あれか。外食しに行ったら友達グループと鉢合わせして、相席したときの話。普通にトンカツ定食を食べて帰っただけだが。

【えーいいなあ】

「……いいか?」

 嫌そうに言うのは、小学生の頃から姉の友人に揶揄われて育っている誠吾だ。ある意味女性に対する耐性が強いのだ。

【羨ましい。俺も混ざりたい】

【面白かったぞ。話があっちこっちに飛ぶのに、みんなちゃんと分かっているんだ。混乱してたのはオレだけ】

【それ国とか年齢関係ない。女の話はいつもそう】

【そう?】

 カタリナが首を傾げるから、清乃もさあ、と反対側に首を傾けておく。

 ユリウスが話に追いつこうと必死なのには気づいていたが、面白いからフォローせずにいたのだ。

【キヨ、今度俺も呼んでくれ】

【絶対やだよ。あたしの友達を三人目にしないでよ】

 喜んで金髪碧眼の三人目の彼女に立候補しそうな子もいるが、トラブルになったら面倒だ。紹介したくない。


【日本ではダンスはしないのか】

【盆踊りとマイムマイムくらいしか分からん】

 誠吾が言うから、清乃も同じく、と頷く。

【踊る人はいるんだろうけど、一般的ではないんじゃないかな】

 クラシックバレエ、ヒップホップ、社交ダンス、とテレビで見たことのあるものを思い浮かべることはできるが、清乃には縁がない。


【フォークダンスか】

 瓶の口から直接地ビールを飲みながら、フェリクスがエントランスに移動する。

 何をするのかと解放された扉から見ていたら、ピアノの前に座って演奏を始める。こいつもか。

 音楽的素養が皆無の清乃にはその巧拙は判断できないが、それでもうまっと思わず口に出る。

 ルカスが楽器を持ってその横に立つ。なんだっけ、あれ。サックス?

 若い男の子の旅行支度にしては荷物が多かったのはこのためか。

「キヨ、これ」

 ユリウスが差し出してきたのは、白い手袋だ。青いリボンが付いている。

 接触を避ける、か。暑いが仕方ない。


「え、ていうかマイムマイムやるの? ここでこのメンバーで?」

 変じゃないか、それ。キャンプでもないのに。

 腰が引け気味の清乃の手袋をした手をユリウスが引っ張る。

 踊らないとパーティーが始まらないのか。なんて奴らだ。

 ダムに手を引かれた誠吾も嫌そうだ。でもまあいいか、とすぐに気持ちを切り替えて笑いながら動き出す。

 ノリが悪いと言われても馬鹿騒ぎは拒否したいのが清乃だ。

 そもそもあまり動きを覚えていない。

「右、左、」

 ユリウスが教えてくれるが、テンポが合わない。

 反対側のロンも笑いながら指導に加わる。

「右ジャンプ、左ジャンプ」

「できない!」

 どうしてもひとりだけ動きがずれる。

「何故」

「キヨのリズムかんどうなってるんだ」

 手元は狂うことなく旋律を奏でながら、清乃の駄目振りを眺めるフェリクスのリズム感のほうが絶対に異常だ。

 と、急に曲のスピードが変わる。ゆっくり、ゆっくり。これなら動ける。

「右斜め」

「右斜め」

「左横」

「左横」

 リピートしながら動くだけの余裕がある。

 ゲラゲラ笑うフェリクスの多才振りには腹が立つが、ようやく動きが分かり始めた。


「ちょっと楽しい?」

 必死な形相が少し緩んだ清乃を見て、ユリウスが訊ねる。

「ちょっと楽しい」

 答えるだけの余裕が出てきた。

「そりゃよかった」

 いつの間にか、ピアノ奏者がアレクに代わっている。少しずつ元のテンポに戻っていく曲に慌てて、自分の足に集中を戻す。

 清乃とロンの間に入ってきたフェリクスがヘラヘラしながら確実に足を動かす。


「みんな弾けるの? さすがだね」

「キヨはなにかできないのか」

「鍵盤ハーモニカとリコーダー。義務教育レベル」

 そんなセレブな家で育っていないのだ。彼らとは育ちが違う。

「おまえはほんとに、そだちがいいのかそうでもないのかわからんな」

「悪いよ」

 失礼なことを言われている気がしたが、清乃の返事は上の空だ。

 足を動かすことに集中しないと、すぐにテンポがズレる。

「うちではそんなそぶりみせなかっただろう。あれはなんだったんだ」

 外国人相手にハッタリをかました話か。本当に育ちのいい日本人相手には絶対通用しない、大和撫子ごっこ。

 欧州の上流階級のマナーなんてさっぱり分からないから、これが日本の流儀ですが何か、といった顔をしてやったのだ。

 やっぱりこいつ、意外とチョロいな。

「さあ」

「別にそんなことどうだっていいだろう。キヨはちゃんとした大人だから、どこへ行ってもちゃんと出来るだけだ」

 ユリウスのはフォローかな。なんだろう。まあいいか。

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