王子様の夏休み 17
「今から何やるの?」
事前に言われて持参していたリクルートスーツを着て、清乃は誠吾を見た。
彼は高校の制服だ。エアコンを全開にしているとはいえ、この暑いのに学ラン。
「さあ。制服着て待てとしか」
貸別荘の広いエントランスは、吹き抜けになっていて開放感がある。
そこで姉弟ふたり、待ちぼうけを食わされているのだ。
用意してくるからふたりは待ってて、と他の面々はそれぞれの部屋に篭ってしまった。
パーティーってスーツでするものなのか。入社式か。
「……え。入社式じゃないよね。地球防衛軍に就職する気はないってあたしちゃんと言ったよ」
「……逃げるか」
「よし、車の鍵はある。急げ」
「待て」
突然姉弟の目の前に現れたユリウスに逃亡を阻止された。
「テレポートやめてってば! びっくりするでしょ!」
「ごめん。ふたりが逃げるとか言ってるから」
「ユリウス、何その格好。それ勝負服だろ」
王子様仕様の白い詰め襟である。前に見たときと、微妙にデザインが違う気がする。成長に伴って新調したのか。
「そ。今から叙勲式するから、並んで並んで」
「……叙勲って。誰の。なんの」
【キヨのだよ】
この場にいないはずの人物の声がした。
フェリクスが持つノートパソコンから聞こえた。その画面には、声の持ち主の姿が映っている。
【やあ。楽しんでいるかい?】
テレビ電話。初めて見た。
【報酬分の仕事はしてます】
【同じく】
冷たい姉弟の答えに、ダヴィドはめげなかった。
【本当はわたしが直接勲章を付けたかったんだけどね。キヨはもうアッシュデールに来てくれないと言うから、継承権三位の王子を代理に指名しておいた】
清乃に勲章を授ける? 何故。
いつの間にか、全員が正装を纏って姿勢を正し、整列している。
カタリナに手を取られて、清乃は玄関まで歩いた。
十代組は階段の幅で左右に分かれて二列になっている。全員群青色の詰襟だ。似たような形の黒い学ランの誠吾も、階段に一番近いところに並ばされた。
玄関を背にして見ると、階段まで続く花道ができた形だ。
正面には、階段の一段目に立つユリウス。その左側に同じく白い詰襟のフェリクス。右側少し離れて群青色の詰襟のマシュー。
清乃の背を押すカタリナも同じ群青色だ。
エントランスに置かれたグランドピアノが厳かな音を奏でる。一小節遅れてバイオリンの音色。
ノアとジョージ。弾けるのか。彼らの良家の子息らしい姿は初めて見る。
【キヨ、パソコン画面の前まで進んで】
ユリウスの前に置かれた台の上。アッシュデール王国国王の正装した姿を映している。
王冠、長いローブに笏。古い絵画に描かれた国王のようだ。
【スギタキヨノ。あなたの智慧と勇気ある行動により、我が国は一歩、輝かしい未来へと近づいた。あなたに感謝を捧げ、その功績をここに表す】
輝かしい未来。魔女の存在しない未来か。
清乃が魔女の亡霊を数体消滅させた。そのことに対する勲章か。
ユリウスがパソコンの台を避けて階段を降りる。その手には赤いリボンの付いた勲章。
清乃は彼を手で制して、パソコン画面に向かって喋った。
【儀式の中断を要求します】
きっぱりと言った清乃に、後ろのほうからうわあと小さな声が上がった。
ダヴィドは画面の向こうで笑いを噛み殺している。
【受け入れよう。なんだろうか】
【この儀式を続行した場合、私はアッシュデール王国でどのような立場に置かれるのでしょうか。魔女撲滅活動に参加することを了承したことになるのでしたら、私は今すぐここを離れます】
【やだなあ。そんな騙し討ちはしないよ。ただ君の功績を称えるためだけのものだから】
【キヨ、これ純金製だから。とりあえず受け取って、気に入らなければ売ってもいい】
【売るのはやめて欲しいなあ】
一国の王から授けられたものを売る度胸は清乃にはない。
【はあ】
【これを受け取った女性は、アッシュデールの魔女を名乗ることを許される。我が国で最も名誉ある称号のひとつだ。義務が発生するものではない】
名誉。
過去の魔女を滅ぼした現世の魔女に贈られる名誉か。別に欲しくないけど。
「…………まあ義務が発生しない純金ならいいか」
【あっ売らないでくれよ?】
しかつめらしい顔での儀式の進行を諦めたユリウスが、苦笑顔で清乃のスーツの左胸にリボンを取り付ける。
「我が国における現世の魔女は、人々から尊敬される存在だ。理解できなくてもいい。我々の感謝と尊敬を受け取って欲しいんだ。キミはそれに値する人間だ」
清乃はユリウスの手元を見ながら、難しい顔になった。弟に視線を投げると、彼から返ってきたのは、よく分からん、の仕草だけだ。
フェリクスは真面目腐った表情で頷きを寄越す。マシューは同じく軍人らしい堅い態度で瞬きしてみせただけだ。
「……あたしは何をすれば?」
仕方ない。訊くしかない。
「国王陛下のお言葉に返答を」
簡単に言ってくれる。アドリブが効くほうではないのだ。そういうことは事前に教えておいてくれ。
清乃は左胸に下げられたリボンの先のメダルを見てから、パソコン画面に視線を戻した。
【謹んでお受けいたしますと共に『アッシュデール王国の更なる発展をお祈り申し上げます』】
まだかすかに残っていたアッシュデール語を頭の隅から引っ張り出して、簡単に返答とする。
画面の向こうでダヴィドが微笑んだ。
【ありがとう。さあ、儀式はこれでおしまいだ。祝賀会にはわたしもこのまま参加しても】
清乃とパソコンの間に、ユリウスが顔を突っ込む。
【じゃあね、父さん。あとは若者だけで楽しむから】
【伯父さん、帰ったら写真見せるよ】
【陛下、お疲れさまでした〜】
【さよなら〜】
ダヴィドは何か言っていたが、あっさりと通信は切られた。
そんな感じでいいんだ、王様の扱い。相変わらずだな。
【着替えてパーティーにしよう。正装暑かった〜】
みんな切り替えが早い。上着を脱ぎながら、それぞれの部屋に帰っていく。
【キヨも着替えましょ。母からのプレゼントがあるの】
「ルイーザさんから?」




