王子様の夏休み 14
ユリウスは清乃に優しくしてくれた。
浮輪を引っ張って泳いでプライベートビーチに連れ戻してくれて、差しっぱなしにしていたパラソルを広げて日陰を作ってくれた。
清乃は日光を避けながらうつ伏せに寝転がった。
「あの野郎やっぱり許したくない」
「うん。でも許してやった。キヨはえらい」
なだめる手に頭を撫でられても清乃の苛々は収まらない。
「アヤちゃんが泣くことになって、やっぱりって思ったら、その日を奴の命日にする」
「よし。串刺しにするか」
「する。絶対してやる」
「今日のバーベキューさあ、串もある? やきとり食べたいな」
「ある。ユリウス好きだもんね。タレも作ろう」
「作れるのか」
「大丈夫。調べておいた」
「やった。キヨ大好き」
すごい王子様だ。
一緒に砂の上でゴロゴロするだけで、清乃のむしゃくしゃを少しずつ小さくしてくれている。
「ありがとうユリウス。あいつ倒してくれて。スッキリした」
「うん。昨日ひどいこと言ったから、罪滅ぼし」
「……うん」
清乃が貧相な体型を気にしながら着てきた水着に、ユリウスはこれといった反応を見せなかった。
それどころか上着ろって。ひどくないか。
いつもならなんでも褒めるくせに。後から思い出して、密かに傷ついていたのだ。
「高橋があんな奴とは知らなかったんだ。知ってたら言ってない」
「……ってそっちか」
高橋推しのひどい勘違い話。昨日の喧嘩の話題は終わったんじゃなかったのか。
「そっちってなんだ。オレ、キヨに早く恋人ができればいいなって思ってて。そうしたらオレ」
なんだ今の。恥ずかしい勘違いをするところだった。
そうだ。今だってユリウスは、隣に剥き出しの肩と背中が転がっていることなんか、全然気にしていない。
だって清乃のささやかな露出なんかよりむしろ、海パン一枚の王子様の色気のほうが真夏の太陽並みに強烈だ。
この圧倒的敗北感。どうすればいいんだ。
「恋人できたらイロケも出てくるのかなあ。やっぱり欲しいかも。つくろう」
「それ今言うのか」
「ユリウスが何かっていうと彼氏つくれって言うんじゃん」
「キヨがつくるって言うから」
そうだろうよ。
ユリウスはもうとっくに割り切っていて、清乃に彼氏ができても平気だからそういうことを言うのだ。
だから色気のない水着姿なんか見てもなんとも思わない。
それなら好き好き言うな。なんでも可愛い言うな。
言わないけど。そんなこと、絶対に口にしないけど。
付き合わない、接触禁止、恋愛感情なんかない、と言った清乃がこんなことで拗ねるのはお門違いもいいところだ。我ながら気持ち悪。
「よし。遊ぼう。プライベートビーチなんかもう一生来る機会ないだろうから、よそでは出来ないことしよう」
「来年もまた来よう。地中海とかでもいい。日本人はハワイが好きなんだっけ」
セレブめ。簡単に言いやがって。
「来年は彼氏と屋根付きプール行くもん」
「ふーん」
「とりあえず日焼け止め塗り直す。脚痛くなってきた」
パラソルの影に入りきれなかった部分が赤くなってしまった。
「背中塗ろうか」
「そういうの求めてない。自分でできる。ってかユリウスたち、なんであたしより陽灼けに強いの?」
「陽灼けに対する意識の差だろ。人種なんてほら、大した差じゃない」
ユリウスが綺麗な小麦色になった自分の腕を、清乃の生っ白い腕の横に並べる。
彼とは人種以外の差も大きいのだが。まあいいか。たまには大体同じ、ということにしておいても。
「サンオイル塗ったら、あたしもそんな色になるかな」
「やめとけ。先に日焼け止めを塗りながらゆっくり焼かないと大変なことになるぞ。キヨはどうせ、帰ったらもう陽灼けなんてしないんだろう」
「しないな。やめとく。大人しく日焼け止め塗っとく」
「手伝う」
ユリウスが差し出した手を、清乃は躊躇なく叩き落とした。
「だからやめろ。セクハラ。フェリクスか」
「キヨも大概だけどな。昨日からマシューとオレたちの体を見比べてるだろ。みんな気づいてるぞ」
バレていたか。こっそり見ていたつもりだったのだが。
「ごめんなさい」
「あっさり認めたな」
「マシューも昔はあんなだったのか、ユリウスたちも十年後にはああなるのかと」
「ごめん。期待には応えられない。ゴリラになるのは無理」
清乃とユリウスが子どものような遊びに興じていたら、他のメンバーもぞろぞろと帰って来た。
【あっ帰って来た! マシュー、ちょっとこれ見てください!】
砂まみれになって笑顔で手を振る清乃に、みんな安心したように手を振り返してくれた。
【ほらパパ、ご指名だ】
【光栄です。キヨ、何か面白い物でもあった?】
【ありました! 早く来て来て、こっち!】
にこにこなお父さん役の姿が清乃の目の前で、消えた。
ざばあっ どすんっ
【っ! っっ⁉︎ ふぁっ⁉︎】
初めて見た。ゴリラが慌てる姿。
彼の後ろを歩いていたみなも驚き、すぐにゲラゲラ笑い出した。
【ゴリラが落ちたー!】
「ぃえーーい」
清乃とユリウスはハイタッチでイタズラの成功を喜んだ。
巨大な落とし穴である。
昨日の、先にマシューが言い出したことなのに、オレひとりを悪者にしてひどくないか? とユリウスが言い出したのだ。
しかもあいつ、自分の発言はなかったことにしてオレに説教したぞ。許せん。だそうだ。
ご立腹な王子様、自分の持てる能力を最大限に活かして砂浜に巨大な穴を造り上げた。
またお家芸の超能力の無駄遣いである。
ユリウスが砂浜に向けて衝撃波的なものをぶつけると、大きな穴が空いた。海水を運んできて、穴の中に入った清乃が崩れないようペタペタと固めた。
その間にユリウスが別の穴を造る。
【うわっ】
【なんで!】
たくさん造った穴の上に、薄く広げた砂を被せたら完成だ。
本命のマシューが落ちた後、ユリウスは清乃の合図で目を閉じた。
カムフラージュの砂が見えない支えを失って、一気に穴に落ちる。
その上に立っていた人を道連れにして。
「あー。やっぱりフェリクスとルカスは無理だったか。昔一緒にやってるからな」
ユリウスが残念そうに引っ掛からなかった人の数を数える。十一人中五人。なかなか悪くない数字だ。
「ばかめ。バレバレなんだよ」
危険を察していたフェリクスが、穴だらけの砂浜を余裕の表情で歩き出す。
「つまらん奴め」
清乃が吐き捨てた瞬間、もうひとりの本命フェリクスの姿が消える。
特別深い穴に落ちた。ざまあ。
「ほら言ったでしょ、策は二重三重に敷いとくものなんだよ」
超能力は関係ない、ノーマルな落とし穴だ。穴の上に被せたレジャーシートを踏んだフェリクスが落ちた。
「さすがキヨ」
感心するユリウスが、近くの穴から出てきた腕に引き摺り込まれる。
その後はもう、彼らの大好きな大乱闘が始まるだけだ。
清乃も一度だけ遠慮がちな腕に優しく落とされたが、怪我をしないうちにと早々に戦線離脱した。
これまでずっと大人な態度を貫いていたカタリナとマシューの動きが、素人目にも一番ヤバい。だってほとんど動いているように見えない。やっぱり本職は違う。
果敢に挑む青年たちがひとりにつき数秒しか掛けてもらえず、海や穴に投げ込まれている。
「プライベートビーチでしかできない遊び」
確かにそうだが、清乃はこんなつもりではなかったのだが。
「なんか違ってきたな」
全身砂まみれの王子様が、おかしいな、と首を傾げる。
「まあいいけど。みんなよく怪我しないね」
「そこらへんはプロだから」
なんのプロだろう。戦闘、というか乱闘か。
うちの弟、そんな訓練受けてないはずなんだけどな。よくもまあ頭ひとつ分も大きいフェリクスを落とせたな。やり返されてるけど。あそこのふたりだけ、何故かやたらとムキになっている。
「楽しいね」
「うん。来てよかった」
肩の砂を払いながらユリウスが微笑む。
清乃はその綺麗な横顔を見ながら立ち上がった。
「でも正直もういいかな。先に帰るよ。そろそろ肉が届く頃だし」
「安定のキヨだな」
「フェリクスにノリ悪いって文句言われた」
「ふうん。あいつがそういうこと言うの珍しいな」
タイプが違う人との付き合いって面倒臭い。
無理をしなくてもノリが合う女ばかりのグループなら、こんな思いはしなくて済むのに。
頑張って水着着た、色々足りないけど、と自虐したら、確かに足りないと笑ってくれる女友達となら楽なのに。
確かに足りないけどきよっちは細いからいーじゃん、とフォローもしてくれる。試着中にそう言って励ましてくれたのだ。
きよっちの武器はスレンダー体型だから。骨とウエスト強調して華奢アピールしとけ。だっけ。
ホネってどこのだ。最近夏バテ気味で体重が落ちたせいで、肋骨が浮いてしまっている。コレは多分違うだろうとは思うのだが。




