王子様の夏休み 13
今頃ユリウスがキヨを慰めてるだろうから、もうちょっとこっちで遊んで行こう、と外国人集団は海に飛び込んで行った。
誠吾はモヤモヤしたままそれを見送って、レジャーシートに寝そべるカップルの横で膝を抱えた。
【セイはやっぱり度胸があるな。よくあのフェリクス様にあそこまで言った】
アッシュデールは強い者が尊敬される国である。
そんな国で、王族の男たちは人々に盲目的に敬われているのだ。
超能力の使用を禁じる、という条件下では国内有数の強者であるマシューも、制約を外したフェリクスには勝てないらしい。
物理現象を起こす念力ならともかく超感覚を格闘技にどう使うのか、誠吾には想像もできない。
その恐ろしさを知らないから、気軽に反発できたのかもしれない。
誠吾の腕を掴むふたりの真剣さを思い出して、そんなことを考えてみる。
【……だって俺別に、あのひとの家来じゃねーし】
むしろ高橋寄りの人間だ。
子どもの頃から見知った人が、外国人にいいようにされるのを見たら反発くらいする。
【わたしは今回はフェリクス様を支持するわ】
【……でもゆーすけさん、昔のことちゃんと謝ってたし】
【アヤはキヨと似たような女の子なんだろう。子どもの頃キヨがタカハシから逃げ切れていなかったら、今のアヤはキヨだったはずだ。そう考えたら、フェリクス様は彼を許せなかったんだろう】
そうなのか? 一歩どこかが違っていれば、清乃がアヤになっていたのか。
想像できないが、そう考えてみれば誠吾の心もザワつく。
【でもあのひとも、春に姉ちゃん襲おうと】
【それは言ったらダメなやつだ】
勝手だ。組織ぐるみで棚上げしやがる。
だが確かに、まだ子どものような顔をした姉が地元のヤンキーに孕まされたと聞いたら、相手に悪感情を持たないでいるのは難しそうだ。
話を聞いた限りだと、アヤは望んで子どもを授かったわけでは無さそうだった。うっかり、とか失敗した、とか、たまに聞く話。
高橋は誠実に対応しようとしているように見えた。ならいいじゃん、と思ってしまうのは、誠吾が子どもだからか、男だからか。
でもそれも、清乃が当事者だったかもしれないと考えれば話は変わってくる。これは身勝手な感情だろうか。
【……アヤさんが不幸みたいな言い方しますね】
【もちろんそんなことは分からない。ただなんていうか、キヨは悪い奴が嫌い、だけどいい意味で他人との距離が遠いひとだろう】
【悪い意味でもそうすね】
清乃は個人主義な人間だ。
基本的に誰が何をしていようが、自分に影響がなければ冷たいくらいに気にかけない。
自分は男嫌いを貫くが、異性関係にだらしない友人に対してもフラットだし、他人の境遇に簡単に感情移入したりしない。
誠吾に口煩くするのは、自分が責を問われるのを厭うためだ。弟のためとか、そんなことは多分考えていない。
【そのキヨが、他人の結婚話に嫌悪感を露わにした。アヤという娘が、タカハシの被害者になったと思ったんじゃないか?】
【……あー……】
誠吾も思ったことだ。アヤは高橋のような男を選ぶ女性じゃない。悪い男に引っ掛かった。そういう感想を持った。
【普通なら女にも責任が、と言うところでも、明らかに弱い友人が相手ならそうもいかないだろう。世間擦れしていない女の子がタカハシのような男に強引に迫られて、最後まで拒否するのは難しいだろうからね】
【…………えええ。そんなこと考えてたら恋愛なんかできねーじゃん】
【セイは大丈夫だ。賢くて優しい子だから、大事なことはちゃんと分かるはずだ。まあそのアヤって子も大人なんだろうし、外野がとやかく言うことはない。ただ人間そう簡単に変われるものじゃないからな。セイはキヨと一緒にアヤのことを気にかけてあげたらいい】
簡単に言ってくれる。誠吾はまだ高校生だ。
【んー……】
【セイがタカハシが悪い人間じゃないと言うなら多分そうなんでしょう。でも男としてはクズよ】
カタリナがにこやかに吐き捨てる。
【……参考までにどのあたりが】
【キヨも言っていたでしょう。妊娠が分かって情緒不安定になっている恋人を置いて遊びに行く。タバコをやめる必要性に気づいてすらいない。学校を卒業したばかりの女の子を妊娠させる。そもそも、自分は友達の身代わりだと思わざるを得ないような子にちょっかい出すところがもう】
【好きになっても諦めるべきと】
【どうせタイプだったからと何も考えずに声を掛けただけでしょう。普通は避けるべき相手なのに】
難しい。恋愛するにも頭脳が必要なのか。
【セイはそんなこと考える必要ないって。ただフェリクス様のことを悪く思わないで欲しいんだ。君にとってのキヨは強い大人なんだろうけど、フェリクス様は護ってあげないといけない女の子だと思っているってだけだ。だからタカハシに釘を刺しておきたかった】
あのひとがか。やっぱり清乃に気があるのか。
【フェリクス様は昔からユリウス様命だから。従弟のパートナーとしてキヨを見ているの】
従弟の彼女候補、イコール、義従妹。そういうことか。
早くも身内扱い。
「まじかあ」
【キヨとユリウス様がそのつもりはないと言っても、聞かない人間がいるのよ。フェリクス様とか、今海ではしゃいでいる子どもたちとか】
第二王子に忠誠を誓う連中か。あるじの恋を叶えようと画策していると。
【あと国王陛下とか】
マシューがサラッと付け足した人物の名に、誠吾は溜め息をついた。
【……へーかが姉ちゃんをリクルートしてるって。フェリクスさんが】
【らしいな】
【…………俺、自分のことだけで手一杯な高校生なんすけど】
マシューが豪快に笑って誠吾の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。力が無駄に強い。頸がいてえ。
【今日の夜も勉強しろってキヨに言われてるらしいな】
【……ちなみに、おふたりはどういうスタンスで】
カタリナが寝そべったままサングラスを外した。誠吾は金髪美女の谷間からそっと目を逸らしつつ、視線だけ受け止める。
【わたしは陛下の臣だから、命じられたらそのとおりに動くわ】
「デスヨネ」
【だけど個人的にはキヨはうちに来るべきじゃないと思ってる。彼女が幸せになれる環境を整えてあげられないから】
ですよねー、だ。誠吾にもそれくらい分かる。
清乃もユリウスも分かっている。だから彼女たちは理性で感情をコントロールして、だけど無いものにできない「好き」を大切にしながら付き合いを続けているのだ。
【俺もそんな感じかなあ。キヨがうちに養子に来てくれるなら歓迎するんだけど】
「へー」
【そのときはセイも一緒においで】
このひとも油断ならんな。結局勧誘すんのかよ。大人こええ。
【遠慮しときます。俺も自分の彼女との将来を夢見たいお年頃になってきたんで】
【お。なんだ彼女いたのか】
【いねーよ。これから探すんすよ】
圧倒的経験不足な子どもの誠吾は、その場から逃げ出すことにした。
大人、といってもメンバー最年長のマシューだってまだ二十代だ。フェリクスなんか高橋よりも歳下だ。
気をつけてさえいれば、好き勝手される状況は避けられるはずだ。
彼らはいいひとだ。高橋だって決して悪いだけの人間じゃない。
ただみんな、大人も、誠吾たち子どもにもそれぞれ抱える事情があって、その事情が噛み合わないために敵になったり味方になったりするだけだ。
でも今このときは、夏休みを楽しむ、で目的は一致しているはずだ。
【頑張れよ】
美人な彼女持ちの大人は余裕で羨ましい。
【頑張ります。あーでも旅館で見かけた女子が海にいるとこ、昨夜部屋から見かけちゃって。運命じゃねと思って今朝から探してるけど、見つからないんすよ】
【へえ。それは楽しみだな。どんな娘?】
【後ろ姿しか見てないけど。多分同じ歳くらいで、白いワンピース着てた。旅館で見てないすか?】
にこにこしていた大人が怪訝な顔になる。
まあそうだよな。
【ふうん? 見てないと思うけど。それだけじゃなんとも】
【まあ、顔も見れたらいいなーってだけですけどね】
遊ぼう。
太陽の下で不貞腐れるとか、陰気な姉の真似はおしまいだ。
ガキはガキらしくアホみたいに騒いでやろう。
【気をつけて見ておこう。見つけたら知らせるよ】
【お願いします】




